第11話 Aランク(後編)

「……遅いのではないか?」


 国王は、謁見の間でジャックを待っていた。

 しかし時間になってもジャックが現れない。

 緊張して腹が……と便所へ駆け込む者もいるので、5分は待ってみたが、まだ来ない。


「どうなっているのだ? 到着していないのか?」


「はっ……いえ、門番からは到着したとの報告がございます」


 玉座から出入り口までのびる赤い絨毯の左右に並ぶ近衛騎士たち、その最も国王に近い場所に立つ団長が、戸惑いながら答えた。


「ならば城内のどこかにいるわけだな?」


「はっ。おそらく……」


 困り顔で答える団長に、国王の顔つきが険しくなる。


「……『おそらく』? 所在を把握しておらんのか。

 王城の警備をあずかる近衛騎士の団長が、そんな事でどうする?

 今日のジャックとやら、元は近衛騎士であった上、ランバー伯爵の息子であるから、謀反の疑いはまずないと思うが……そうでなければ?」


「た、直ちに捜索をおこないます!」



 ◇



「――という事があったわけだが、いったいどこに居たのだ?」


 謁見の間。

 捜索の末に発見された俺は、ようやく陛下の前にたどりついた。

 いかにも不愉快そうにしている陛下に、かくかくしかじかと説明すると、陛下の顔がますます不快そうに歪んだ。


「……つまり、団長のいたずらで、という事か」


 じろーり。

 陛下の視線が団長に移る。

 団長は青い顔をしていたが、なおも見苦しくあがいた。


「いえ、これは……この者らが私を陥れようとしているのです! そう、そうです! もとは近衛騎士団に所属していたこのジャック、近衛騎士団に同期もおれば友人もおりましょう! その者らと共謀して、ありもしない事をでっちあげたのです!」


「……だそうだが、反論はあるか?」


 陛下が苦笑をこらえるような顔をして俺と友人に視線を向ける。


「はぁ……いささか無理筋がすぎる話かと。

 先程もこの友人から申し上げました通り、団長の行動は目に余るものがございます。私が在籍していた間も、仕事をすべて私に押し付けておりましたし、聞けばその間に自分は囲っている女のところへ通っていたとか。そもそも私が辞職しましたのは、この団長から横領の指示を受けたからでして」


「横領? ……ああ、ランバー伯爵から聞いていたあれか。

 たしか武具の修繕費やその他の消耗品を水増しして……」


「へ、陛下! それは誤解でございます! 私は横領などしておりません!」


 団長が慌てて叫ぶ。


「いえ、この団長はジャックがやめたあとも、別の者に指示して横領しておりました」


 友人が言う。

 そして、さっきの「どこにいたのか」という説明のために話したときには言わなかった事まで、洗いざらい団長の悪事を話し始めた。

 慌ててかき消そうとする団長だったが、周囲に居並ぶ近衛騎士たちが、陛下の顔色を見ながら「黙っていては自分たちまで共犯扱いになりかねない」と次々に口を開く。自分もこんな仕打ちを受けた、こんな場面を見た、と……それは、団長がいくらわめこうと、どっちが正しいことを言っているか明らかだった。

 収集がつかなくなってきたところで、陛下がすっと片手を挙げる。それで全員がピタリと黙った。


「……まあ、調べれば分かる事よな」


 あっさりと言った陛下の言葉に、団長が崩れ落ちた。

 陛下が望んだということは、直ちに捜査がおこなわれる。それは、証拠隠滅をはかる時間がなくなった事を意味する。


「嫌がらせについては分かった。

 そちらは詳しく調べてから沙汰をするとして……とにかく余の客人たるジャック・ランバーを閉じ込め、もって余の時間をこれだけ奪ったのは事実であるな」


 王の財産を奪った。しかも返せない性質のものを。

 ただの横領とは一線を画する重罪だ。

 団長は声も出せずに縮み上がり、青を通り越して白い顔をしていた。

 その白い顔が、白も通り越して土気色になると、団長は幽鬼のようにゆらりと立ち上がった。その目が、異様な迫力をともなって俺を見る。


「お前……お前のせいだァァァ!」


 団長が襲いかかってきた。

 抜き放った剣が、強烈な魔力を宿す。団長がエリンの工房に注文したという魔道具、グラビティソードだ。切り付けた瞬間に、その重量を増加する。剣の重さだけではない。体重を乗せた攻撃の、その重さを倍増するのだ。

 要するに、ドラゴンの爪を受けるようなもの。


「……ふむ」


 俺は瞬時に各種強化魔法をかけながら、周囲の近衛騎士たちを見た。驚きながらも、一部の近衛騎士は動き出している。陛下の客と団長――モメたら制圧するのは団長のほうだ。動き出した近衛騎士たちは、忠誠を忘れていない者たちだろう。動けなかった者たちは、騎士団での慣例に溺れて、忠誠を忘れてしまったということ。だが、動けた者たちでも、団長の一撃に間に合う者はいないようだ。


 ――ガキィン!


 手甲で受ける。

 両手で放った全力の一撃を、片手で受け止められた団長は、驚きの表情を浮かべた。並の戦士なら防御もろとも一刀両断、近衛騎士でもまともに受ければ無事では済まない代物だった。

 だがドラゴンの血肉を食べ続けて肉体も魔力も強くなっている俺は、単純な腕力でドラゴンの一撃を耐えられるレベルになっている。そこに近衛騎士団で鍛えた武術を上乗せすると、俺が感じる衝撃力は本来の半分以下になる。

 これが今の俺だ。もう器用貧乏だのパッとしないだの言われる筋合いはない。そのままいなし、押し込もうとしていた団長が姿勢を崩した瞬間に、引き込んで投げ落とす。衝撃で一瞬固まった隙に、剣を首元へ抜きつけた。


「動くな」


「――くっ……!」


 少しでも動けばブスリ。動きを止めた団長に、近衛騎士たちが飛びかかり、拘束する。

 両脇を近衛騎士たちにガッチリ固められて引き立てられながらも、団長は俺に向かって悪態をつく。興奮していて、土気色だった顔がいつの間にか真っ赤になっている。


「ジャック! 貴様! 俺をナメるな! なぜ最初から抜かなかった!?」


「陛下に剣を向けることはできない、と思ったまでです」


 俺の答えに団長がハッとした。

 やれやれ、どんだけ視野が狭くなっていたのか……。

 玉座に陛下。そこからのびる赤い絨毯。その左右に近衛騎士たちが居並び、団長はその中で最も陛下に近い場所にいた。そして俺は、近衛騎士たちに包囲される位置にいた。

 従って位置関係的に、襲いかかってきた団長に剣を抜いて応戦することは、その後ろにいた陛下に剣を向けることになってしまう。俺はそれを避けるために、剣を抜かずに応戦し、位置関係が入れ替わったあとで剣を抜きつけたのだ。


「へ、陛下……!」


 真っ赤になっていた団長が、サッと真っ青になった。

 俺は陛下の客としてこの場にいる。そんな相手に剣を抜いて襲いかかったのだ。それは陛下の顔に泥を塗ることになる。しかも、陛下がわざわざ謁見を許すというのは何らかの国益になると判断してのことで、ましてや陛下から召喚されてこの場にいるのだから陛下が見込んでいる国益の程度は大きい。団長はそれをブッ壊そうとしたことになる。

 つまり――


「愚かな……国家反逆罪の現行犯だ。

 近衛騎士団団長の地位を剥奪する。速やかに断罪せよ」


 団長は自分で断頭台に登ってしまったのだ。

 公爵の息子であって本人が公爵ではない団長――だった男。これほどの失態を犯しては、父である公爵からも勘当されるだろう。たとえ公爵がどんな子煩悩でも、家を守るためには、そうせざるをえない。そんな彼が、団長の地位まで失えば、もはや何も残らない。ただの平民どころか、奴隷以下の大罪人だ。

 燃え尽きたように真っ白になっている団長を、近衛騎士たちがズルズルと引きずっていった。


「……さて。だいぶ無駄な時間を過ごしてしまったな」


 ため息交じりに言って、陛下は俺に視線を向けた。

 俺はすぐに剣を納め、ひざまずく。陛下の前で剣を抜いたということ自体が、だいぶ危ない行為だ。事がすんだら、ただちに剣を納め、ひざまずく事によって、敵意がないことをアピールせねばならない。これが遅れると「そのまま陛下に襲いかかる」という意思表示にとられかねない。


「では、改めてジャック・ランバーに対する『ドラゴンスレイヤー』の称号授与式を執り行おう。

 Aランク冒険者ジャック・ランバーよ。そなたがドラゴンを討伐した証拠を示すがよい」


「はっ」


 収納魔法からドラゴンの首を取り出した。

 このときのために、首だけ切り落として血抜きを済ませてある。おかげで絨毯の上に収まるサイズになり、その絨毯を血で汚すこともなかった。

 なお、戦闘中に切り落とした口の先端と、剣の材料に使った牙の1本は失われている。それでも周囲からは「おお……!」と驚きの声が上がった。


「しかと確認した。

 ジャック・ランバーよ。見事である。そなたが確かにドラゴンを討伐したことを認め、そなたに『ドラゴンスレイヤー』の称号を与え、余の食客として遇する」


「謹んで承ります」


 陛下の食客になる。それは王城に一室を与えられ、そこに自由に出入りする権利を与えられることになる。爵位や領地をもらうより名誉なことだ。

 また、食客の地位を持つ間は、生きているだけでけっこうなお金をもらえる。労働の対価ではないので給料とは呼ばないが、実質は同じだ。

 もっとも、一切の労働が不要とまではいかない。陛下が要求したときには、力を尽くさねばならない。だが国軍を有する陛下が、ドラゴンスレイヤーとはいえ1人に戦力を要求することなんて滅多にない。それこそ再びドラゴンが現れたとか、政治的に「我が国にはこんな優れた戦士がいるぞ」とアピールしたい場合などに限られるだろう。

 とにかく、冒険者になった目的――上級貴族か王族とのパイプを作る――は、現時点をもって達成した。父上にもよい報告ができるというものだ。


「それから、団長……元団長の不正を糾弾し、その処罰に貢献したこと、見事であった。実は横領の証拠がつかめずに困っていたのだ」


 陛下がウインクする。

 証拠がつかめないは嘘だ。王族の評判を落とさずに処罰する方法が見つからなかったというのが本当のところだろう。しかし国家反逆罪での処罰となれば王族の評判は下がらない。隠したりもみ消したりする方が、確実に処罰するべき場面で身内に甘い、と問題になる。

 つまりは、同じ理由で「横領ぐらいなら握りつぶしていた」という裏事情があり、それをそのまま言うわけにはいかないから、「証拠がつかめない」なんて言い方をしたのだろう。

 もみ消したほうが王族の評判を落とさなくて済むような小悪にも、本当は処罰したいと思っていたんだぞ、という陛下のお気持ちの表れでもある。しかも、それを俺の功績に加えてくれると。

 ありがとうと言うべきか……いや、働きを褒められたのだから「当然のことをしたまで」とでも言うべきか? とにかく陛下に忠誠を尽くしてきて本当によかった。この喜びをどう言い表したものか迷っている間に、陛下は再び口を開いた。


「近衛騎士団をやめた理由も、ランバー伯爵から聞いている。

 見上げた忠誠だ。余はよい家臣をもって幸せ者である」


「ははっ……!」


 頭が真っ白になった。

 何を言われた? 俺の忠誠を「見上げた」と? 陛下が俺のことを「よい家臣をもって幸せ者」と? 夢か、これは? ついに……ついに俺の忠誠が評価された!

 気づけば涙が溢れていた。

 このあと、何をどうやって家まで帰ったのか覚えていない。

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