第10話 Aランク(前編)
ドラゴンは殺した。鋼鉄大蛇も倒した。
その代償に、俺の装備はボロボロになった。噛みつかれたり吹き飛ばされたりしたのだから当然だ。ぶっちゃけドラゴンを相手に戦える装備ではなかったと思う。
「ドラゴンを倒した!?」「本当なの!?」「よく生きてたな!?」
家族もひどく驚いていた。
そして当然その証拠を見たいという話になり、俺は庭へドラゴンの死体を出してみせた。
そこへ、近衛騎士が1人やってきた。見れば同期の友人だ。
「勅令である」
友人が宣言し、命令書を取り出した。
俺たちは、彼の前へひざまずいた。今から友人が命令書を読み上げる。その内容は国王陛下の言葉そのもの。すなわち、読み上げている間は、この友人を国王陛下として接しなければならない。
「ランバー伯爵が次男ジャック。ドラゴンを打ち倒したとの
その功績をたたえ、ドラゴンスレイヤーの称号を与える。
よって、下記の通り王城へ出頭せよ」
日付は来月だった。
友人は命令書を俺に渡して、俺たちは立ち上がった。
「おめでとうございます。
近衛騎士団の仲間として、誇らしく思います」
「やめてくれ、気持ち悪い。
お前にへりくだられるとか、冗談じゃねぇ」
フランクに接していた友人に、急にかしこまられる気持ち悪さよ。思わず笑ってしまった。
「そう言ってくれるか。お前、これで陛下の客分になるんだぞ? 名前も覚えてもらえない一介の近衛騎士とは、天と地の差だろうが」
「関係ねーよ」
困ったように笑う友人に、俺は拳を差し出した。友人が拳を差し出し、軽くぶつけ合う。
「……にしても、すごいな。
これがドラゴンの……初めて見た。よくこんなのブッ殺せたな?」
庭に出していたドラゴンの死体を見上げて、友人が「ほぇ~」と間抜けな声を出した。
「運が良かったよ」
ちょうど家族も聞きたそうな様子だったので、俺はどうやって倒したのか話して聞かせた。いきなり噛みつかれて口の中に……と話し始めたとたんに、母上は卒倒しそうになっていた。
正直たしかに死んでもおかしくない状況だった。ほんのちょっと位置がズレていたら、その後のドラゴンが無理をしてでも飛びながらブレス連発とかしてきていたら、翼を奪う前に鋼鉄大蛇が出てきていたら……俺はきっと死んでいただろう。
「ほぇ~……おっと、もう戻らないと。じゃあ、また」
話し終わると、友人はまた間抜けな声を出して王城へ戻っていった。
俺はドラゴンの死体を再び収納し、その日は家族で祝った。
◇
翌日、俺はエリンの魔道具工房を訪れた。
ボロボロの格好で陛下の前に出るわけにはいかない。そして、せっかくドラゴンスレイヤーの称号を授与してもらうために謁見するのだから、ドラゴンの素材を使った装備で身を固めていこうと思ったのだ。
「……というわけで、ドラゴンの牙や鱗から、剣とか鎧とか作ってもらいたいのですが」
「貴重な素材に、晴れ舞台……そりゃ職人冥利に尽きる依頼だけど、期限が1ヶ月ってのはちょっと無理だよ。いくらなんでもねぇ」
「すみません、無理を言って。
では、可能な範囲は?」
「何か1つだけだね。
そもそも武具ならそれ専門の工房へ頼んだほうがいいよ。うちは魔道具工房だからね」
「だからご相談に伺ったんですが」
「は?」
「これを見てください」
俺は片手を差し出し、そこに魔力を集中させて玉を作った。
属性も術式も与えていない、単なる魔力の塊だ。ただし圧縮している。そのため通常なら肉眼では見えない魔力が、はっきりくっきり見えるようになっている。空気を鉄より高密度に圧縮したもの、という感じだ。制御を放棄するだけで、圧縮された魔力が解放――大爆発して周辺一帯が更地になるだろう。これに火属性と指向性の術式を与えれば、ドラゴンのブレスと同じものになる。
そういうレベルの魔力なのだ。そういうレベルの魔力を、これからの俺は武具に流して使うことになる。周辺一帯どころか武具なんて、チリひとつ残さず一瞬で消し飛ぶだろう。
「えええぇぇ!? 何ソレぇぇぇ!?」
エリンがぶったまげた。
しかし直後に、納得したような顔をする。
「……その魔力に耐えられる武具を、って事かい。
なるほど、他の工房じゃちょっと無理だろうね」
「そう思います。
これまで国内有数の魔力強者である近衛騎士たちの注文を受け続けてきたエリン・ゲシュタルト親方でなければ、この仕事はできないと思います」
他の工房に頼んでも、俺の魔力に耐えられるものは作れないだろう。
そっち専門の実力を持つエリンが、いつもより無理をして、かつドラゴンの素材を使うことによって、どうにか実用に耐えられるものが作れるかもしれないというレベルだ。
「ぐぬぬ……また厄介な。そう言われちゃ断れないじゃないか」
「どうにかなりませんか?」
「……泊まり込みで、しばらく手伝ってくれれば、なんとかなるかもしれないね」
「なりますか!」
「無理しないといけないとき用の魔道具を作ったんだ。これさ。
まあ、すぐに無理しなくてもいい納期でしか仕事を受けなくなったから、ずっと使ってなかったんだけど……」
と、エリンは左手にはまった指輪を見せてきた。
「そんな魔道具が……? いったい、どんな効果なんですか?」
「眠気や疲労感を無効化する……つまり不眠不休で働けるようになる魔道具だね。
ただし、感じなくなるだけで疲れはたまるから、3日も使い続ければ簡単な足し算もできないほど頭が鈍るし、使い終わると反動で爆睡するけど」
「なるほど。それで無理して作っていただける間、私が身の回りのお世話などを?」
「そうだね。それと魔道具に魔力を補充して、作業がはかどるようにバフもかけてもらおうか。それでどうにか、って所だね」
それでも成功率は低い、というのがエリンの顔を見れば分かる。難しい顔をしている。
「わかりました。よろしくお願いします」
「んじゃ、覚悟をきめようか」
エリンの顔から表情が消えた。
職人の顔だ。やるべき事が頭の中に整然と並び、あとはその通りに体を動かすだけ。不要なものは音だろうと光だろうと匂いだろうと、一切シャットアウト。その代わりに、いつも以上に作業の状況が分かるし、時間がゆっくり流れているような感覚になる。そういう集中力――騎士でも時々その状態になる事がある。ゾーンに入るというやつだ。
「まずは素材を出しな」
指示に従って素材を出す。
ドラゴンの翼からマントを、ドラゴンの牙から剣を、ドラゴンの鱗から防具を。今回作って欲しいのは、そんなところだ。材料はすでに剥ぎ取ってある。
エリンは収納魔法に驚くこともなく、淡々と作業を始めた。
俺もエリンに強化魔法をかけていく。指輪に魔力を補充して、まずは準備よし。あとは建物の中を見て回り、水分や栄養の補給、汗をふくタオルなどの準備ができるように、物の位置を確認していった。
◇
国王陛下に謁見する日になった。
あれからエリンは、3日に1回しか眠らず、ひたすら作業を続けた。俺も水分や栄養が手軽に補給できるように工夫したが、あとは持続時間が切れる前に魔法のかけ直しと、指輪への魔力の補充だけで、たいした事はしていない。とにかくエリンは頑張ってくれた。
その甲斐あって、ドラゴン装備は今日に間に合った。お互いに全力で取り組んだ成果だ。少しでも気を抜いていたら、間に合わなかっただろう。完成したときには、思わず抱き合って喜んだ。今、エリンはぶっ倒れて眠っている。なお、デザインにこだわる余裕がなかったので、シンプルな意匠だ。
「おっす」
「よう。来たな。バッチリきまってるじゃないか」
王城の門前には、友人が門番に立っていた。
今日も警備任務か。門番なら、先月のように使いっぱしりに出されることもないだろう。
「ドラゴンの素材で作ったんだ。時間がなくてデザインはアレだけどな」
「質実剛健って感じでいいんじゃないか?
それじゃあ、陛下のところへ行こう。間取りは覚えてるだろうが、一応ルールだし、俺が案内するからな」
「ああ。頼むよ」
友人のあとについて歩き出す。
城内で来客を案内するのは、その来客が敵だった場合に備えて監視の役目もある。だから俺が元近衛騎士で王城の間取りを知っているとしても、近衛騎士が案内につくのがルールなのだ。
「……ところで、団長は?」
「ああ、それな……」
友人の声が沈む。
友人はキョロキョロと周囲を確認して、謁見の間に向かうルートから少し外れた倉庫に入った。
「……そんなにヤバいのか」
友人の警戒ぶりに、俺は眉をひそめた。
そして、近衛騎士団での訓練や実務経験によって「仲間が周囲を警戒する」という場面では「自分も危ない」というのが刷り込まれていた俺は、このとき無意識に物陰へ身を潜めるような位置に立った。
「そりゃもう、ヤバいのヤバくねぇのって……」
友人は近況を語った。
俺がやめた後、団長はすぐに別の騎士を代わりに使うようになり、横領も始めたという。横領する金額を増やすためには、支給品の損耗を増やさなくてはならない。そのため近衛騎士団の訓練は厳しくなり、もはや訓練というより拷問だという。
「――それに、どう考えても訓練とは思えない事もされるしな」
と友人が言った直後、倉庫の扉が閉められた。
ガチャリと鍵をかける音までする。この倉庫は、鍵が外側にしか付いていない。閉じ込められたことを理解した直後、団長の声が聞こえてきた。
「そんな所でサボってるような奴は、しばらくそのまま反省してろ」
「えっ……団長!? 団長!?」
友人が抗議の声を上げるが、団長の足音はそのまま遠ざかっていった。
「言うが早いか……ってやつだな」
俺がやめた頃よりひどくなっている。あれで自分の異常さに気づいていないのだろうか? 一緒に閉じ込められた怒りとか、謁見に間に合わない焦りとかよりも、驚きと呆れが先に立つ。
「はぁ……困ったな」
友人は、巻き込んですまないと謝ってきた。
扉は王城の設備なのだから、勝手に壊して脱出するわけにもいかない。それは国王陛下の持ち物を壊すということ。命を賭しても陛下や王族を守るのが役目の近衛騎士団にあって、陛下より自分を優先することは、あってはならない。
誰かが通りかかるのを待って、呼びかけ、開けてもらうしかないだろう。
「いや、むしろラッキーかもしれないぞ」
俺がニヤリと笑うと、友人は怪訝そうな顔をしていた。
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