第20話 手がかり

 バーバ・ヤーガの小屋を発見した件から、およそ半月後。俺は再び王城に呼び出された。


「例の小屋だが、民間人が捕まっていたらしい。

 ジャックが小屋を見つける少し前に、小屋から逃げ出していたようだ」


 バーバ・ヤーガは、小屋を補修するために(他にも目的があるかもしれないが)来客を監禁することがある。本人が肉体的にひどく脆弱だからだ。魔法で直せばよかろうに、そういう魔法は使えないのだろう。で、逃げた民間人というのは、その手の犠牲者だろう。たぶん。


「ひどく混乱している様子らしく、近くの農民に保護されたが、気が狂ったと思われていて、扱いに困っていると教会に相談があった」


 そういえば反乱軍に対処している頃、民衆を呪詛から守るために神殿を味方に――あれ? 神殿と教会は、宗教が別だよな?


「教会に、相談があったのですか?」


「うむ。その教会から、どういうわけか神殿に助けを求めたそうだ。それで神殿から余のところに情報が来たわけだ」


「ああ……」


 王国では教会のほうが勢力が小さいので、孤児院だの炊き出しだのといった貧民救済の活動は小規模だ。ようするに、精神に異常をきたした人物のケアなんかできるほど、予算も人もないのだろう。

 反乱と戦争のせいで、王国の経済はかなり疲弊している。その影響もあるだろう。黒幕の悪魔め……コテンパンに叩いてやらなくては。


「その民間人をこちらに回収すれば、何か情報を聞き出せるかもしれない」


「それで、回収せよと」


「慌てるな。そのぐらいなら、そなたに頼むまでもない。

 場所的には帝国だが、今の帝国は旗頭を失って大混乱だからな」


「聞き及んでいます。なんでも属国が独立の動きを見せているとか」


 つまり連邦と同じような状態になったわけだ。抑圧から解放されれば、誰でもやりたい事は同じらしい。

 となると、侵略どころではないのはもちろん、王国からの侵入も容易い。暗部でなくても、斥候部隊だってバレずに――あるいはバレても帝国側がまともに対処できずに――かなり深くまで進めるだろう。


「その通りだ。

 なので、すでに回収は済んでいる」


「では……?」


「うむ。聞き出した情報から、新たな手がかりを得られた。

 バーバ・ヤーガの小屋を定期的に訪れる人物がいたらしい。何らかの関係があるのだろう。その人物を追ってもらいたい」


「面目次第もございません」


 つまりは俺がバーバ・ヤーガを倒してしまって手がかりを失ったので、陛下がその尻拭いをしてくださったということだ。もし俺が別の方法で手がかりを掴んでいれば、失敗の穴埋めができただろうが……その機会は失われた。そして別の機会を陛下自ら与えてくださった。

 なんとも情けない話だ。自分では尻を拭えず、陛下にお膳立てしてもらうなんて。


「何を言う。

 そなたが回収したバーバ・ヤーガの小屋を調べた結果、ここまでつながったのだぞ?」


「はい?」


 確かに小屋をまるごと収納して持ち帰り、証拠品として提出したが。

 最大の手がかりであるバーバ・ヤーガ本人を倒してしまったので、せめてそのぐらいは得るものがなければ……と思ったのだ。


「小屋を調べた結果、バーバ・ヤーガ以外に誰かが住んでいた痕跡があった。

 つまり、それが逃げ出した民間人だったわけだ。小屋からの気付きがなければ、その民間人も単なる精神錯乱で片付けていたところだ。ゆえにジャック、そなたの名誉は失われてはおらぬ」


「ははっ」


 怪我の功名ではあるが、というところだ。

 平伏するしかない。


「その話はこれまでだ。

 重要なのは、新しい手がかりについてだからな」


「はっ。今度こそ、目的の人物から悪魔の拠点をつかんでご覧に入れます」


「いや、そうではない。『追ってもらいたい』というのは、追跡せよという意味ではなく、捜索して発見次第回収せよという意味だ」


「回収」


「ドラゴンスレイヤーはその戦力こそを評価し、頼るべきだ。

 追跡は追跡の専門家に頼むべきで、それはドラゴンスレイヤーではない。

 ゆえに、先の失敗は、適材適所の原則に逆らった余のミスだ。今度は間違えぬ。捜索し、発見し、生け捕りにしてもらいたい。相手が抵抗しても、力ずくで抑え込み、引きずってまいれ。

 ただし、その際には勢い余って殺さぬように気をつけよ。口が聞ける状態であれば、たとえ手足の2~3本が無くても構わぬ。

 ドラゴンスレイヤーを使うなら、こう使わねば……と思うのだが、どうだ?」


「御意。狩猟採集こそ得意分野なれば」


 魔物に困ったとき、単なる討伐が目的なら、頼る相手は冒険者でなくても良い。領地の兵士や傭兵を頼ったってかまわないのだ。だが、倒した魔物の素材を回収するとか、邪魔な魔物を蹴散らして薬草などを手に入れるとか、そういうのが他でもない冒険者を使う意義だ。

 ゆえに狩人ともまた似て非なる存在だが、狩猟採集こそ得意とするところという意味では並び立つ。


「では、頼むぞ」


「ははっ」



 ◇



 というわけで、現地入りだ。

 軍隊ではよくコードネームというのが使われる。広く言えば、部隊ごとの番号もコードネームだ。第1部隊・第2部隊……という感じのアレだが、1から順番に番号を振ったのでは、敵に自軍の規模を悟られてしまう。そこで番号はなるべくランダムにデタラメに使われる。第5部隊とか名乗っていながら、総数が3部隊しかない、なんてこともあるのだ。

 そんなわけで、目的の人物にもコードネームが与えられた。本名がわからないという事情もある。


「しかし、ハゲネズミって……」


 顔つきがネズミっぽくて、頭がハゲているからだそうだ。

 ネーミングセンスに尊厳がない。誰が名付けたんだ? 王宮に出入りするレベルの貴族なら、名誉のために生き、恥によって死ぬ、というぐらい名誉とか尊厳とか誇りとか気位とか、そういうのを大事にする。戦力的あんぜんにも金銭的せいかつにも困らないから、他に困るものといったら、それぐらいしかないのだ。そこに忠誠心が入ってくるかどうかが、貴族と騎士の違いといっていいだろう。

 貴族は忠誠心ばかり高くてもいけない。たとえば税が払えずに生活に困っている村が、脱税のために隠し畑を作っていたとすれば、ルール通りに取り締まるのが忠誠だが、見逃して、村を発展させ、生活が立ち行くようにしてから、隠し畑のことを「新しく開墾した」と処理してやるのが理想的だ。領主にはそのぐらいの裁量の自由がある。


『偵察部隊からの情報だ。目的の人物ハゲネズミは、護衛とともに草原地帯を南下していった。

 周囲に身を隠せる場所がなかったため、それ以降の追跡は断念しており、正確な現在位置や、その後の移動ルートは不明だ』


 伝令部隊の隊長を中継して、念話魔法で最新情報が届いた。

 聞きながら、俺は飛行魔法で現地へ向かっている。事前のブリーフィングで、現地入りの到着地点が設定された。そこを作戦の開始地点として、その後の情報が届けられる。


『作戦開始地点から10時の方向、丘の上に帝国の属国が雇った傭兵団が陣地を構築している。独立戦争に備えて雇ったようだが、周囲の属国と足並みが揃わず、傭兵団はしばらく待機するしかないようだ。その間の暇つぶしに、ハゲネズミの護衛を引き受けたらしく、傭兵団の一部が動いている。

 その陣地に、ハゲネズミの護衛契約書があるはずだ。そこに護衛計画も一緒に書かれている可能性がある。まずは、そこを探してみるといい』


 教わったとおりに傭兵団の陣地に行くと、ちょっとした村みたいになっていた。建物はテントだが、共同の炊事場などが整備され、傭兵たちがのんびりと生活している。

 総数は100人ぐらいか。冒険者みたいに宿屋とかで寝泊まりするには、ちょっと大勢すぎる団体様だ。複数の宿屋に分散すれば泊まれなくもないだろうが、連絡をとるのに面倒が生じる。

 それなら、こうして自分たちだけの陣地を築いてしまったほうが、便利がいいというわけだ。周辺住民の迷惑とかも考えなくていいし、気が楽だ。魔物に襲われても、自衛のために戦うことにためらいはない。これが街にいたのでは、防衛戦の契約を結んでからという話になる。領主がケチって契約を結ばず傭兵団が動かなければ、評判が下がるのは傭兵団のほうなのだから風評被害も甚だしい。

 と、まあ、そんな陣地であるから、軍の拠点と違って侵入者への警戒などは、そこらの村と変わらない。歩哨に立つ者などはいないが、全員がお互いに顔見知りというのが最大の警戒網になる。


「楽なものだ」


 姿を隠せる者にとっては、なんの障害もない。

 光魔法で周囲の風景と同化すれば、かなり近づかないと発見されないのだ。


「これかな……ふむふむ、なるほど」


 団長のものと思われるテントを発見し、中を物色すると、いくらも物がない生活なのですぐに目的の資料を発見できた。

 この陣地の南東にある集落から出発して、陣地の南側にある草原地帯を進み、陣地の西にある大きな街へ。護衛として同行するのは、10人で構成される部隊らしい。


「つまり、現在地は南か」


 人目がある街に入られると、回収するのは面倒だ。騒ぎになってしまう。その前に片付けたい。



 ◇



 偵察部隊からの情報では、草原地帯を南下していったとのことだった。しかし契約書では、目的地が西の街になっていた。つまり、南下したあと、途中から西北西に進路を変えたということ。

 退却の際、軍隊では「まっすぐ逃げる」というのは絶対にしない。向かう先を読まれて、先回りされたり、引き離しても追いつかれたりするからだ。

 ではどうするかというと、ある程度進んだら45度だけ左右どちらかに曲がり、またしばらく進んだら45度曲がる。これを繰り返すと、そういうものだと知って追いかけていても、どのタイミングでどっちに曲がったのか、時間とともにどんどん分岐点が増えていき、すぐに絞りきれなくなる。つまり、いったん引き離せば、逃げる側がほぼ勝確なのだ。


「……何に追われているんだ?」


 転進――別の方向へ前進するというのなら、進路はまっすぐ取るだろう。今回がそうである可能性も残されている。

 だが、今までと違う行動――無関係の傭兵を新しく雇ったこと――から考えて、おそらく撤退だ。そして撤退なら、何かから逃げているということになる。たびたびバーバ・ヤーガの小屋に出入りしていたということは、何らかの期間契約があったのだろう。バーバ・ヤーガが消えても、黒幕の悪魔は残っているのだから、契約は継続のはず。仕事がなくなったから引き上げるだけ、とは考えにくい。


「探知魔法には感なし、か……」


 ハゲネズミの進路後方への探知魔法にひっかかる反応はなかった。


「とにかく回収するか」


 相手はただの傭兵だ。サクッと眠らせて、ハゲネズミを回収した。

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