第21話 死のエネルギー

 回収したハゲネズミから情報が得られた。

 バーバ・ヤーガはアンデッドを集めて、小屋とは別の場所に送っていた。ハゲネズミは、そうとは知らずにホームレスやストリートチルドレンなどを集め、輸送し、販売していたらしい。つまり違法な奴隷商人というわけだ。

 ハゲネズミの直接的な取引相手は、バーバ・ヤーガだった。だから小屋には納品の報告とか代金の受け取りとかの手続きに訪れていたらしい。だが、自分が納品した人々が何に使われているのか――ハゲネズミは、ある日ふとしたきっかけで見てしまった。

 生贄の儀式と呼ぶにはあまりに淡々と、まるで家畜の屠殺場だったという。そして死霊術なしで起き上がる死体たち。アンデッドが自然発生していたのだ。戦場跡などで見られる現象である。バーバ・ヤーガは、アンデッドを集めるだけでは足りず、生産までしていた。


 見てしまったからには、次は自分が殺される。


 ハゲネズミは恐怖心にかられて逃げ出した。王国に回収されたのは、むしろ幸運だと思っている。たとえ囚人になろうとも、悪魔の手先に殺されるよりはマシだ。

 というわけで、尋問には極めて協力的な様子だそうだ。


「では、次はその『屠殺場』ですね」


「うむ。生きている者を殺してまでアンデッドを集めている、その目的は何か……調べる必要があるだろう。

 だが、いよいよ悪魔に近づいているようだ。調べるだけでも危険度は今までの比ではない。送り込んだ暗部からの連絡が途絶えたほどだ。

 しかし、途絶えてから2日後に、派遣したチームの1人から連絡があった。『屠殺場』の正確な場所を特定したほか、そこでおこなわれている事についても何か情報を掴んだらしい。

 ジャック。速やかに現地へ飛び、その暗部を救出してきてほしい」



 ◇



 山間部から平野部に出る、その境目となる場所に、切り立った崖が連なる岩場がある。現地の住民からは「悪魔のやぐら」と呼ばれている。

 神殿と教会の別を問わず、その宗教観によって、そもそも地上世界は天界と魔界(または天界と冥界)の境目にある、波打ち際のような世界だとされている。つまり、どちらの影響も受ける場所ということだ。

 で、基本的に地上世界は魔界(冥界)の影響が強く、地上のあちこちに魔物がいるのはそのせいだとされている。ただし、神殿や教会は天界の影響を引き出しているので、それらの施設がある町や村は安全だとされている。

 従って――というべきか?――神殿や教会が建てられない地形、つまり森や海は、平原よりも魔界(冥界)の影響が強いとされ、建築困難な山間部もそれに準じる。

 森がある山の斜面に形成された崖なんて地形は、悪魔が周囲を見渡すためにあるようなものだ……と、そんなふうに考えられているのである。

 実際、森や山や海には、平原よりも強い魔物が生息している傾向にある。まあ、実際には草食性の魔物が餌にする植物が多かったり身を隠しやすかったりで魔物が多く、それを餌にする上位種も集まるというだけの事だろう。その証拠に、山だろうが平原だろうが、洞窟の中にいる魔物は似たようなものだ。


「よく生きてここまで来られたな」


 崖の上で途方に暮れていた暗部を発見した。

 崖を降りるのは不可能だが、迂回するとなると森の中を通らねばならず危険だ……と。

 悪いことに、暗部はひどい怪我をしていた。歩くのがやっとで、戦闘どころか、走って逃げることもできない状態だ。


「ドラゴンスレイヤー……ははっ、どうやら死なずに済んだらしい」


 弱々しく笑みを浮かべる暗部に、回復魔法をかけてやると、緊張の糸が切れたのか気絶してしまった。

 そして、この暗部からもたらされた情報は、重大な内容だった。



 ◇



「悪魔の目的が判明した」


 王城に呼ばれて陛下の前に立つと、陛下がやたら重々しい空気をまとっていた。

 悪魔の目的――ろくでもない事だろう。陛下の様子から察するに、おそらく想像以上のろくでもなさだ。覚悟して聞かねばなるまい。

 ごくり、と集まった面々が喉を鳴らす。


「地上世界をまるごと消し去ろうとしている。

 人間を滅ぼすとか、地上を更地にするとか、そういう次元ではない。この世界そのものを消滅させようとしているようだ」


 意味がわからない。どういう状態を目指しているのか、ピンとこない。

 それに、世界を消し去るとか、どうやって?

 思わず周囲に視線を巡らせると、誰も理解できないようだった。


「正直、余もよく理解できておらぬ。

 国防大臣」


「はっ」


 呼ばれて、国防大臣が進み出た。


「ご存知のとおり、この世界は天界と冥界の間にある波打ち際の世界です。冥界ではなく魔界だという主張は、この際ちょっと置いておいてください。

 戦場跡に死体を放置するとアンデッドが自然発生します。これも皆さんご存知のとおりですね。なぜ自然発生するか――死体がもつ死のエネルギーが、大量に集まるからです。それによって、この世界に擬似的な冥界が発生するのです。冥界であれば、死者が動けるのも納得でしょう。つまりアンデッドとは、極小の疑似冥界だといえます。

 そんなアンデッドを、自然発生するよりはるかに濃密に集めると、そこに発生する疑似冥界は本物の冥界と区別できないレベルのものになります。つまり本物の冥界が現れるといっていいでしょう。すると地上世界が冥界に侵食され始め、世界の理そのものが塗り替えられていきます。

 つまり、侵食が進めば、地上世界はそっくりそのまま冥界になってしまう――地上世界は消滅するのです」


「つまり、集められたアンデッドと死体をすべて焼却処分しなければならない。それも、可及的速やかに。

 地上世界を冥界に塗り替えたあとで、さらに何かするつもりかもしれぬが、それはどうでもよい。少なくとも冥界の侵食が始まってしまうと、それを食い止める方法はない。その時点で我々人類の敗北が確定することになる。

 ここが総力戦となる。敵も防衛に全力を注ぐだろう。諸君、これが最後の決戦と心得よ」


 かくして、王国の総力をあげた大侵攻が始まる――


「具体的な『屠殺場』の位置と規模だが……場所はここだ」


 ――ことはなかった。


「悪魔の櫓のさらに奥地ですな。

 たしか、そのあたりは崖に挟まれた谷があったはず」


「その谷の端だ。

 規模だが、民家2軒分ほど。冒険者ギルドや、港町の倉庫などと同じくらいらしい。この王城でいうなら、エントランスホール程度の面積であろう」


「小さいですな。世界を滅ぼそうというわりに」


「死のエネルギーを、より濃密にする必要があるからだろう。

 こちらとしては、対応に動かす兵力が小さくて済むのはありがたい」


「たしかに。というか、この手の……少数精鋭による未開地行軍は、軍隊よりむしろ冒険者が得意とするところでございましょう?」


「うむ。ゆえに、冒険者に頼もうと思う。

 我が国最強の冒険者に、な」


 適材適所ゆえに。



 ◇



 というわけで、お鉢が回ってきたので出かけることになった。悪魔の櫓の、その奥へ。険しい山をあっさり飛び越えて、足場の悪い森を空からすんなり進み、川を発見して遡ると、谷が始まって、その奥に大きめの倉庫みたいな小屋があった。


「もっと警戒しているかと思ったが――」


 空から見下ろすからこそよく分かるが、警備兵がまったく見当たらない。見張りもいない小屋の前へ、なんの抵抗も受けずに降り立つ。


「とりあえず探知――ああ、なるほど」


 土属性の探知魔法を使うと、小屋の中に多数の死体を感知した。動いているものも――だが、事前の情報とこれまでの状況を考えれば、生きているとは思えない。


「焼き払うほうが得意なんだが……周りが森だしな。ターンアンデッド」


 そのうち必要になると思って、最近覚えた魔法だ。

 覚えたばかりの魔法は、威力が低く、規模が小さい。それは俺も例外ではない。ただし、俺の場合は魔力でゴリ押しできる。

 膨大な魔力を、無駄だらけの拙い魔法に注ぎ込んで、ターンアンデッドの威力と規模をむりやり拡大する。

 墓地のような雰囲気をまとう小屋に、突如として神殿のような魔力が降り注いだ。


「「ギエエエ!?」」


 探知した以上の悲鳴が聞こえてきた。

 ゴーストやそれ系の上位種がいたのだろう。奴らは基本浮いているので、土属性の探知魔法では感知できない。すり抜けている最中なら感知できるが。


「貴様ッ!」


 ドンッ! と爆発した小屋の中から、不死王が現れた。


「よくも我が野望を!」


「野望? お前も世界を消したいのか?」


「違う! 生前の姿を取り戻したいだけだ!」


「生前……」


「見ろ、この姿を!

 骨と皮だけで、まるきりミイラのようではないか!」


 バサッ、と羽織っていたボロボロの黒いローブをはだけると、確かにミイラみたいな体が出てきた。


「おう……てか、お前、女だったのか」


 女なら、姿にこだわるのは分かる気がする。

 10歳ぐらいの少女にサインをねだられたが、書くものを持っていなかったので代わりに頭を撫でたら、髪が乱れるからやめてくれと怒られたほどだ。


「この変態!」


 ばっ、と慌てた様子で体を隠す不死王。


「いや、お前が見せてきたんや」


 おっと、心の声が口から出てしまった。

 でも仕方ないだろう。勝手に見せて、勝手に変態呼ばわり。露出狂に見たくもないものを見せられて変態呼ばわりされた形だ。どっちが変態だよ。


「だまれ! もう許さん!」


 激高した不死王が、なぜか殴りかかってきた。

 なんの魔法も宿っていない拳で。強化魔法さえ使っていない。


「えええええ……」


 もちろん避けた。あっさりと。

 だって遅いんだもの。

 しかし驚いたのには、もう1つ理由がある。


「避けるな! この変態!」


 シュバババ! と連続攻撃(物理)してくる不死王の動きが、やけに堂に入っている。まるで生前は格闘家だったとでもいうように。

 だが、そんなことがあるか? 不死王は、一流の魔術師がさらなる魔法の高みを求めて、自分自身を改造アンデッドにした存在だ。

 戦場に出た兵士などが自然発生によってアンデッドになることはあるが、その場合はゾンビとかスケルトンとかゴーストとか、そういう下級アンデッドになる。いくら魔力が強かったとしても、自然発生で不死王になることはない。

 魔法であっても、エネルギーはより高いところから、より低いところへ流れるという法則は変わらない。不死王は人間より明らかに強いので、なろうと思ったらエネルギーを高いところへ持ち上げる工程が必要になる。


「ていっ!」


 いずれにせよ、魔法を使ってこないなら俺が有利だ。掴んで投げ技からの寝技、関節技を交えて俺の片手をフリーの状態に保ち、縄を取り出して縛り上げる――つもりだった。


「……むっ!?」


 掴んだ。

 しかし、投げられない。

 とんでもない体幹と筋力によって、投げようとする力を分散しつつ抵抗されている。まるで、地面に生えている木を投げようとするような感覚だ。訓練でよくやったなぁ……とか懐かしんいる場合ではない。


「これは……!」


 即座に離れ、仕切り直す。

 魔法を使っていないと思ったが、違う。強化魔法を、体からまったく漏れないように完璧に制御して使っているのだ。


「へえ……けっこうやるじゃん。

 グラっとしたのは初めてだよ」


「俺と同じスタイル……!」

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