第22話 不死王
「俺と同じスタイル……!」
魔法で強化しながらの肉弾戦――いや、俺は武器も使うから白兵戦というべきか。とにかく接近戦だ。
「魔法戦士だね」
魔術師ではなく魔法戦士、その1つの形だ。てっきり不死王は魔術師だと思っていた。これは大きな誤算だ。接近戦に持ち込みさえすれば、あとはどうにでもなると思っていたが、とんでもない。むしろ、そこからが勝負だ。
パワーは不死王が上。
スピードは俺が上。
勝機はそこに……いや、違うな。スピードが上じゃなくて、動き方の違いだ。
「私は格闘家ベースだけど――」
視線を向ける、重心を移動する、足を踏み出す、体をひねる、腕を伸ばす――殴るためには、そのような行程がある。威力を出すため、エネルギーを伝達しながら、各部の筋肉でさらにエネルギーを追加していく形で、そなためには、より遠いところから順番に動かし、最後に拳にすべてのエネルギーを乗せるのがよい。
各部の筋力を完全に伝達し、ロスなく拳に加えていけば、強化魔法なしでも素手でレンガを砕くことが可能になる。これは、俺には無理なことだ。
「――お前は剣士ベースだな」
俺の場合は、視線を向けないし、足の運び・重心移動・腕を伸ばすといった動作はすべて同時におこなう。体をひねる行程に至っては、存在しない。ジャブとか直突きとか呼ばれる方法で殴る。動作の行程数が少ないのだから、同じ「殴る」のでも、俺のほうが速い――というか「早い」……いや「疾い」わけだ。その分、威力は低い。だが相手の動きに合わせてカウンター攻撃の要素を加えることで、威力を増すことができる。
ちなみに、俺の体術はそのまま剣術の動きだ。直突きは、剣を振り上げるときの動き。投げ倒すときは、袈裟斬りの動き。間合いは違うが、同じ動きをそのまま使う。そうすると、体術と剣術を別々に覚える必要がなく、武器のある・なしに関係なく戦える。
ただ、もちろん武器を使ったほうが攻撃力は高いが。
「そりゃ、剣持ってるし」
左手で腰の剣に触れる。
のんびり抜いている暇はない。不死王が格闘家だとわかった今、ただ抜剣するのは隙をさらすだけの自殺行為だ。
抜かないのではなく、抜けない。
動かないのではなく、動けない。
実力差がわずかだからこそ、そしてお互いに実力者だからこそ、こうなる。こういう状態になることがある、と聞いて知っていたものの、まさか自分がこの状態に陥るとは。
――すごい緊張感だ。
100分の1秒もあるかないかのタイミング、相手が動き出そうとする、まだ動いていない、今にも動き出すその瞬間を捉えて動かねばならない。見てからでは遅い。動く前に、今動くと察知して動くしかない。念入りに何度も訓練したダンスのように、ピタリとタイミングを合わせる必要がある。
だからこそ、動き出す瞬間を察知されないように動く技術もある。不死王も格闘家なら当然それを鍛えているはず。自らの動き出しに合わせようとしている相手に「まだ動かないぞ」と偽情報を与えながら動く技術。ヌルっと、まるで滑って転ぶような動き出しで、察知させずに動く――はずだ。その瞬間が、今まさに、すぐそこに迫っている。
「……――!」
今、
不死王が動き出すその瞬間を察知することに全力を傾ける。目から脳へ絶えず届く視覚の神経信号を飛び越えて、脳に直接「来る」という感触が届く。
――今だ。
頭でそれを感じた瞬間、体はすでに動き出している。脳が「動け」と信号を出すより早く、その信号が筋肉に伝わるより早く、まるで無関係に予定されていたかのように動き出す。
――バァン!
音を置き去りにする、不死王の全力パンチ。さっきまでとは明らかにスピードが違う右ストレート。後から聞こえてきた音は、衝撃波を伴っていた。
合わせて動く。タイミングは掴んだ! 剣も掴んだ! 引っこ抜く――!
――ギャリィィィン!
金属みたいな音を立てて、不死王の右腕が剣を滑る。小手を斬り上げるつもりが、まさかの
磨り上げは、その名の通り相手の剣を磨り上げてどかす技だが――重い! 不死王の右ストレートがどかせない!
「――っらァ!」
擦り上げるのを諦め、切っ先を下げて受け流しに移る。同時に踏み込んで横へ回り込む。そのまま剣を回して袈裟斬りに――
「甘い」
左手で防がれた。
ドラゴンの素材と、封印効果を宿す謎金属でできた剣を、素手で受けても切れないとは。
「こいつは参ったな……」
パワーでは俺が劣るのだから、このまま押し切るのは無理だ。
剣を掴まれる前に、すぐさま離れた。
もっと攻撃力を上げないと、あの手に防がれる。
攻防を繰り返しても同じこと。千日手というやつだ。あえて試して不死王がミスするのを待つというのも可能だが、俺のほうが先にミスする可能性が高い。なんといっても、疲れや空腹などの生理的反応がなく、不眠不休でいくらでも動き続けられることこそがアンデッドの強みだ。
活路があるとしたら――
「……ふむ」
あの手だ。手に防がれるのだ。
なぜ?
不死王はなぜ手で防ぐ? 素肌を剣より頑丈にできるなら、別に手で受ける必要はない。首でもどこでも受けられるはずだ。そうすれば、今だって左手で殴れたのに。
不死王は明らかに戦闘巧者だ。無駄な動きをするはずがない。なら、左手で防いだことには意味がある。どんな? 決まっている。そうしなければ防げないからだ。
「困ったな。こうまで拮抗していると、決め手に欠ける」
急所に当たれば、俺の攻撃は通用するのだろう。
しかし、不死王は急所に当てさせないだけの実力がある。俺の動きが剣術である以上、いくら疾くても「相手も剣を使う」という前提で磨かれた技術だ。ところが不死王は素手なので、手に何も持たない分、軽くて素早く、動き方も自由度が高い。つまり俺のほうが疾いにもかかわらず、不死王の防御反応は間に合うのだ。
もちろん、不死王の攻撃は俺には遅すぎて当たらない。俺が負ける心配はないわけだが。
「本当だな」
同意する不死王。
ミイラのような顔からは表情の変化は読み取れない。しかし声の調子からは、困っているというより楽しんでいる様子が感じられた。
「戦闘狂か? ちっとも困ってる声じゃないぞ」
「クックックッ! 力いっぱい動くのは楽しいぞ。
誰だって子供の頃はそうだった。お前もそうだろ?」
「それが目的ならスポーツでもやってればいいのに」
アンデッドの選手が出られるかは知らないが。
「スポーツだと緊張感が足りないからな。
遊びは危険な方が楽しいぞ」
キャンプファイア、ロッククライミング、水泳、などなど……自然に近いほど、単純なことが楽しい。文明に守られていないダイナミックさが、そう感じさせるのだろう。
少しだけ同意できるが、限度がある。
誰も彼もが冒険者や傭兵みたいに生活したいわけではない。それは生き方だから遊びとは違うという人もいるだろう。だが、冒険者や傭兵なんて遊びでもできる。ギルドや領主のところで登録して、やりたいときだけやればいいからだ。副業や趣味でやっている人もけっこういる。だが、たいていの人は「危ないからやめておこう」と考えるものだ。
「火遊びで興奮するタイプか。
だったら、どうして悪魔に挑まない? あれほど危険な相手もそういないだろうに」
「バカか? 倒したら願いを叶えてもらえないぞ」
「バカはお前だ。
倒して力を奪えば、姿ぐらい自由になるだろ」
悪魔の姿は、魔界では魔力が多いほど巨大になるという。俺が倒したドラゴンは、クジラのように大きかったが、あれが魔界だと小さい方に分類される。魔界のドラゴンは、山脈を枕にして寝るというから、地上の風景では比較するものが見当たらない大きさだ。
そんな悪魔が地上世界に出てくるときは、大きすぎる体が不便で、小さく変身する。人の姿だったり、動物の姿だったり、いろいろな伝承が残っている。
「だいたい、せっかく生前の姿を取り戻しても、地上世界が消えてしまったら意味ないだろ。見せる相手がいないんだから。
それとも、姿さえ戻れば引きこもっていても満足なのか? 引きこもるなら姿なんて関係ないのに」
「あっ……」
「は? え……なんだよ、その『あっ……』は?
まさか気づいてなかったのか?」
「……だっ、だまれ! お前を殺して私も死ぬ!」
不死王が殴りかかってきた。
くそ……子供か。
「お前はもう死んでるだろうが!」
時間稼ぎは十分だ。
剣が目覚めた。
まったく……この寝坊助め。
不死王の拳をかわして袈裟斬り。手で防ごうとした不死王を、その手もろとろ一刀両断。
「――!?」
信じられない。
表情の変わらない不死王が、そんな顔をした気がした。
謎金属の封印効果を強める方法――エリンが発見したそれは、個人で装備するには大きすぎる装置を必要とした。そこで採用したのが、ドワーフの国で見てきた「ました工法」だ。俺のは自分で手数を増やした劣化版だが。
ひそかに建築を完了し、剣の素材に使われた謎金属を起動した。その効果で、不死王の能力が大幅に制限される。防御力が下がれば、同じ攻撃でも防げない。
「な、何をした!?」
斬った不死王が、元通りに治ろうとしているが、少しずつ内側に曲げられているせいでうまくいかない。
「封印だ。
お前はその姿が気に入らないんだから、少しばかり変わっても構うまい? 悪魔を倒したときに、放出される魔力を吸収すれば、新しく好きな姿を作って復活できるだろう」
「私を安全装置に使うつもりか」
その通りだ。悪魔の力が放出されれば、地上世界は魔界に侵食されるおそれがある。冥界の侵食を防ぐためにアンデッドを掃討したのに、その黒幕の悪魔を倒したら魔界に侵食されるとか、それでは意味がない。
なので、悪魔の力を吸い取って封印しておけるゴミ箱が必要なのだ。
「いいだろう。だが約束を違えたときには、どんな手を使っても報復してやるぞ!」
めきめき、と木が折れるような音を立てながら、不死王は内側に折り曲げられて封印され、手のひらサイズの玉になった。
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