第23話 突入
不死王を倒し、残るは悪魔だけになった。
冥界の侵食を引き起こすためのアンデッドもすでに殲滅している。だが、悪魔がこの期に及んで諦めるとも思えない。
「拠点はすでに判明している。
現地の戦力は不明だが、我々にとっては悪魔が自殺するだけで敗北になる」
死んだとき悪魔から放出されるだろうエネルギーが、地上世界を侵食して魔界に変えてしまう。悪魔とは、それほどの強者なのだ。
「奴のたくらみは阻止したが、それゆえ自暴自棄になっている可能性もある。
事態は一刻を争う。奴の拠点に突入し、悪魔を撃滅するのだ」
陛下の、おそらくこれが、生涯最大の大号令になるだろう。
王国は総力をあげて――というより、残存戦力をかき集めて、悪魔の拠点に突入する。
反乱、呪詛、三面戦争、そして地上世界を消し去る計画。王国は――のみならず、帝国・連邦・公国も――この一連の騒動に巻き込まれ、大きく疲弊した。帝国と連邦に至っては、今なお現在進行形である。騒乱罪、国家反逆罪、そしてもはや地上に存在するどの法律にも想定されていないほどの大犯罪だ。
「ジャック。そなたは一足先に行ってくれ」
「承知しております」
通常の部隊は、出撃の準備に時間がかかる。移動も、俺に比べれば遥かに遅い。
「ジャック……無理をしないで、と言うのは矛盾してるけど、なんていうか……無茶はしないでおくれよ」
エリンから指輪を借りた。
前にエリンが使っていたやつだ。不眠不休で動けるようになるが、感じなくなるだけで疲れも眠気もたまっていく。3日もすると簡単な足し算もできないほど頭が働かなくなるという。
が、俺は魔法で実体のない頭脳を作ることに成功している。指輪の効果と組み合わせれば、アンデッドのように不眠不休で戦えるはずだ。
「誰だって人生には困難なことが起きます。
あなたの星は、普通より困難の度合いが大きいようですけど、あなたもまた普通より輝きが強いのですから、ある意味では釣り合いが取れているのでしょうね」
占い師らしい慰めを言う星の魔女。
命運は尽きていない、まだ生き残れるということか。
「それでいうと、俺の周りにいる普通の人たちは、俺に巻き込まれて普通以上に苦労するんだが?」
冗談めかして答えると、星の魔女は肩をすくめた。
すでに今の状況がそうなのだから、否定のしようもない。
「まあ、なんとかするさ」
努めて普通に振る舞い、
「……」
最後に受付嬢とだまってうなずき合う。
冒険者をやっていれば、こんな場面もある。街を襲う魔物の集団に、冒険者ギルド総出で立ち向かうなんて話も、数年に一度は聞くことだ。ある意味、もっとも慣れている。
◇
飛行魔法で現地へ。
普段なら風や景色を楽しむ余裕があるが、今回は違う。悪魔が計画を邪魔されて怒り狂っているうちに到着しなくては。どうやって報復しようか考え、「そうだ、死ねばいいんだ」と気づいてしまったらアウト。冷静?になる前に到着し、怒りの矛先をこっちに向ける必要がある。
「むっ……!?」
前方に敵だ。
拠点周辺を警備しているのか。
「面倒な……」
警備兵に使っているのがレヴナントだ。
死体を始末しない限り、ターンアンデッドなどで祓っても復活する。
「まあ、突っ込むしかないな」
ここで立ち止まる選択肢はないのだから。
「喰らえ! 初手、必殺ビーム!」
光属性の
レヴナント警備隊が、一直線に焼き払われる。
直後、倒したレヴナントがすぐさま復活して現れた。
「……まあ、そうだよな」
レヴナントは前方――つまり悪魔の拠点の「奥」から出てくる。見た目は洞窟のようだ。地下に拠点を作るとは、なんとも悪魔らしい。
とにかく、レヴナントの存在の拠り所となる死体も、そこにあるということだ。
「ここで新開発、ホーミングボムの出番だ」
既存の爆発魔法を改造したオリジナル魔法で、実態のない頭脳の魔法をだいぶ簡略化して搭載している。いわば爆発魔法そのものをゴーレムにしたわけだ。
すると何ができるか。
「敵を追え、ホームングボム! 体当たりだ!」
自己判断による自動追跡だ。
命中するまで追いかけ続け、命中すれば爆発する。こんなものを大量にばらまくのだから、術者の俺はただ歩いて行くだけで敵の大群を殲滅できる。たちまち、あちこちから爆発音が響き、炎と煙が舞い上がる。倒したそばからレヴナントは復活するが、復活したそばから再び爆破するので、俺の足を止めることはできない。
ただ、大量にばらまくために頭脳を簡略化しているせいで、障害物を避けるという判断ができないのが欠点だ。ちょいちょい木や岩に激突して爆発している。レヴナントの知能がもう少し高ければ、石でも魔法でも投げつけて、自分に命中する前に爆発させるという防ぎ方ができてしまう。レヴナントの知能が低くて助かった。
「おっと……? 中は意外と人間くさいな」
洞窟の中に入ると、そこはかなり広く、明らかに人工的な防壁があった。
3つの塔が見える。どうやらしっかり砦の構造をとっているらしい。
砦というのは基本的に「防壁」「城門」「塔」「家」の4つを3重にして造られている。最も内側の「家」には城主・兵士・使用人が住んでおり、その「塔」には見張り台・射撃のための足場・倉庫という3つの役割がある。
その「門」のすぐ内側に、門番用の「家」と「塔」がある。さらに「門」の外側にも、付け足したように「壁」があり、「門」「塔」「家」が付属する。当然だが、外側の「家」に住む兵士ほど危険度が高く、身分が低い。
細かく述べると、もっといろいろな部分があって、それらは防衛戦の役に立つのだが、ここでは割愛する。
とにかく、そういうわけで砦の外から見ると「塔」が3つ、「壁」より高くにょきっと生えているのが見えるわけだ。洞窟の中で見張り台なんていくらも意味がないのに、それを3つも備えているというのは、射撃の足場・倉庫として使うのに必要なのだろう。つまり、しっかり砦の構造をとっている事がわかる。
「で……まあ、近づいたら射撃が来るのもわかるわけだが」
その前にこっちから攻撃してやろう。
ファイヤーストーム。周辺一帯を火の海にする魔法だ。風のように炎が吹き荒れ、屋内で使おうものなら通路を走るように炎が流れ込んで、曲がり角の奥など矢では届かない場所にいる敵も焼き払う。それに洞窟みたいな閉塞空間で使うと、酸素を燃やし尽くして酸欠で倒す効果も――って、相手はアンデッドだった。しかも敵の首魁は悪魔だから、普通に呼吸してるのは俺だけか。駄目じゃん。まあ、焼き払う効果だけでも十分だろう。凍らせたほうが良かったか? でもアンデッドには火のほうが効果的だからな。
「む……?」
しかし炎は防がれた。
不可視の壁に阻まれ、進むはずの前方へ進まない。砦の中まで炎が届かない。
悪魔が防御結界を張ったのか。砦をまるごと包むとか、すごい魔力だ。俺にも不可能ではないが、結界は大きくなるほど強度が下がる。俺がこの規模の結界を張ったら、今のファイヤーストームを防ぐのは無理だろう。
「運がいいんだか悪いんだか……」
ファイヤーストームで楽に焼き払うのが無理なら、突入して1体ずつチクチク攻撃していくしかない。悪魔め、面倒なことをしてくれる。
だが、防御結界があるということは、悪魔もそこにいる。生きているし、逃げてもいない。
「おらあ! どけどけ!」
砦に突入して、グリフォンやらヒドラやらの危険な魔物がわんさか居るのを、千切っては投げ、千切っては投げ。後からくるはずの部隊に、邪魔にならないように露払いだ。
おらおら、どけどけ(この世から)。
あ。ちなみに近づいたら飛んできた攻撃は、防御結界で防いだ。その防御結界は「ました工法」で多重に展開し、1つでは受けきれない攻撃エネルギーを、その内側にある複数の結界で受け流すようになっている。鱗と同じ構造だ。城壁や河川の護岸工事でも使われる。
「よいしょー!」
2つめの門を破壊して進む。ここが砦の最終防衛ラインだ。
復活を続けるレヴナントは、塔から出てきている。死体はそこか。倉庫の役割をもつので、納得できる配置だ。主力ではなく、無尽蔵の数を頼りに時間稼ぎをする役回りだと分かる。
まあ、主力として配置されていたグリフォンやらヒドラやらも、あまり時間稼ぎにはならなかったが。
「はい、おじゃましまーす!」
元気よく居館の扉を開ける。
戦闘でハイになっているわけではない。悪魔の怒りを煽るためだ。自殺させないために怒らせる。死んで困らせようとするのは怒りではなく恨みだ。怒りを買えば、直接殴ろうとしてくるはず。
「このッ、目障りな人間めぇぇぇ!」
狙い通り、悪魔は怒り狂っていた。
いいぞ、もっと怒れ。
ちなみに、頭と下半身が黒ヤギで、上半身の首から下は筋肉質な人間の男という姿だった。割と有名な姿である。
「とりあえず死ね!」
悪魔が殴りかかってきた。
ヒラヒラと避けながら、さらに煽っていく。
「あたりませ〜ん」
が、実際にはそんなに余裕でもない。
今回は事前に謎金属の起動を終えていて、すでに悪魔は封印効果で弱体化している。なのに、けっこうギリギリだ。あえて紙一重で避けているというより、ほとんど紙一重でしか避けられない。
「ナメやがって、このクソガキがぁぁぁ!」
ブチギレ悪魔の連続パンチ。
ヒラヒラかわす。風圧がすごい。衝撃波だ。
「ふははははぁ〜!」
余裕ぶってみせるが、攻撃したらすぐバレるだろうな。あんまり効かないだろうから。
後続部隊が到着するまで、およそ30日……もつかな、俺?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます