第24話 悪魔
怒り狂った悪魔の連続パンチ(超音速)をヒラヒラと避け続け、煽って悪魔をもっと怒らせる。――が、その実態は、ギリギリでしか避けられないだけで、ヒラヒラなんて優雅なものではない。
「おのれ、ちょこまかと! 大人しくせんか! ブッ殺す!」
いい調子だ。
さらに舐めプをかましていく。
「自動戦闘モード」
30日の長丁場を乗り越えるために、ここからはちょっと手抜きだ。
エリンに借りた指輪の効果で、不眠不休で活動できる。ただし疲労や眠気を感じなくなるだけで、無効化するわけではない。そのため、3日もすると簡単な足し算もできないほど頭が働かなくなる。これでは眠気や疲れを感じなくても、まともに戦えない。
なので体を自動的に動かす。前にも使ったゴーレム魔法だ。ゴーレムの素材は、土・岩・木・死体など、自由に選べる。なので今回は、俺の肉体を素材に指定する。ただし、ゴーレムの知能ではまともに戦えない。敵を前にして「行け」と命じると、単純に前進するだけで攻撃せずに敵を素通りしてしまうほどだ。
そこで、以前に開発した実体のない頭脳の魔法(略して頭脳魔法と呼ぶことにする)を使う。頭脳魔法は魔法なので、いくら酷使しても疲れや眠気とは無縁だ。最後まで万全の判断力を維持できる。
頭脳魔法とゴーレム魔法を組み合わせれば自動戦闘モードが可能になる。だが俺自身が意識を失うと、頭脳魔法とゴーレム魔法が解除されてしまう。不眠不休で30日の戦闘を続けるには、意識を保つことが必要。エリンの指輪を借りた意味がそこにある。
(これで部隊が来るまでもちこたえられればいいが……)
普通に戦うより余分に魔法を使って動いているわけで、全力戦闘を続けると30日を待たずに魔力切れを起こし、自動戦闘モードが解除される可能性もある。
空間魔法に魔力回復ポーションを大量に収納してきたが、使う隙があるかも怪しいし、使えたとしても足りるかどうか。人間用のポーションでドラゴン並の魔力をもつ俺をどれほど回復できるか……かなりがぶ飲みしないと意味のある量を回復できないだろう。もちろん陛下に掛け合って、できるだけ効果の高いものを受け取ってきたが。
正直、これは賭けだ。
賭けになる事は、もう1つある。
エリンの指輪では、時間とともに脳の働きが鈍るのを防げない。ゆえに、もし俺の魔力が無尽蔵だとしても、俺は死ぬだろう。
眠らないと、人は死ぬ。
これは、特殊尋問官から聞いたので間違いないはずだ。特殊尋問官というのは、前にもちらっと述べたが、法務局所属の専門職だ。端的に言えば、拷問して情報を吐かせる。ゆえに、殺さずに痛めつける技術に長けている。
その拷問方法の1つに「眠らせない」というのがあるそうだ。判断力や精神力が鈍って、洗脳や尋問が通用しやすくなるという。
『――そのときは、やりすぎて死んじまったが。あれは俺の仕事歴の中でも最大の失敗だったな』
がはは、と笑って話してくれた。
特殊尋問官に聞いたのだ。素人でもできる方法はないか、と。特殊と付くだけあって、普通の尋問官というのも居る。軍が捕虜をとったとき、その尋問に当たる担当官だ。こちらは偶然その担当に任命されるだけの臨時職で、なんの専門性もない。なので勉強のつもりで聞いてみた。
人体の構造を理解するには勉強が必要だ。勉強したなら、もう素人ではない。素人でもできる方法といったら、眠らせない拷問だろう。彼はそのように答えた。ただし、やりすぎると……という話だった。
(いったい何度死ぬことになるのやら……)
死ぬのが避けられないなら、死んでから復活する方法を考えればいい。
光魔法の究極呪文といわれる蘇生魔法は、すでに覚えた。究極呪文といわれるだけあって、かなりの魔力消費を強いられる。常人には使えないわけだ、と納得せざるを得なかった。飛行魔法より消費が激しいのだから。
問題は、それを「死んでから発動する方法」だ。
自動戦闘モードと同様に、死んだらすべての魔法は効力を失う。しかし蘇生魔法は生前に使っても意味がない。だから死後に発動させる工夫が必要だ。
まず思い浮かぶのは、遅延だろう。魔法の発動を遅らせる。だが遅延そのものが、死ぬと効果を失う。なので今回使うのは罠化だ。特定の条件を満たすと発動する。近づくと、踏むと、前を通ると、扉を開くと……などの条件を指定できる。この条件指定に「死ぬと」を指定する。罠化した魔法は固定され、術者がどうなっても残る。数百年前の魔術師が作った隠し研究所に設置された罠が、現役で稼働しているなんてことがある。
特殊尋問官と話す機会を得たのは、正直そっちが主目的だった。条件指定に「死ぬと」を指定する方法を知りたかったのだ。死ぬと爆発するとか、死ぬと転移するとか、情報を与えないように「死ぬと〇〇」の効果を備えている奴を尋問する機会があっただろう。それを解除するために、術式を解析したはずだ。
「――セット完了」
俺の読み通り、特殊尋問官はその方法を知っていた。
そして聞き出すことができ、習得するのも難しくなかった。
唯一の不安は「試す機会がなかった」ことだ。せめて動物実験ぐらいは済ませておきたかった。
ぶっつけ本番だ。刻々と、その時が迫るのを待つ。悪魔の攻撃で死ぬのが先か、脳機能が停止して死ぬのが先か……くそ。まるで執行を待つ死刑囚みたいな気分だ。
◇
……はっ!?
くそ、また死んだ。
眠らないせいで死ぬより、悪魔に殺されるほうが圧倒的に早い。なんせ攻防が超音速で繰り返されるので、1秒あったら数百回も殴ったり防いだりしている。1分間生き延びるのが難しいレベルだ。
おかげで、もうすっかり死ぬことには慣れてしまった。慣れてしまえば余裕もできる。悪魔の強さを観察し、考察し、自動戦闘の裏で実験――試験的に魔法を作って試したり改良したり――を繰り返している。
その結果、だんだん死ぬまでの時間が長くなっているものの、まだ押し負けるばかりだ。しかし俺だってやられるばかりではない。悪魔の頭を吹き飛ばしてやったこともある――が、次の瞬間には元通りに復活しているので、有効打にならない。こいつ、どうやったら死ぬんだ?
「オラァ!」
よっしゃ! クリーンヒット! 1時間ぶりだ。悪魔の首が飛んだ。
しかし、ノックバックもしなければスタンもしない。瞬時に治る。まるで切られた事実が無かった事のように。悪魔でなければ確実に死んでいる攻撃が、クリーンヒットしていながら、まるで空振りの手応えだ。
「ふんっ!」
「ぐぼあ!?」
ノータイムで殴り返され、今度は俺の頭が砕け散った。
即座に、罠化した蘇生魔法が発動し、何事もなかったかのように元通りになる。
魔力をごっそり消費したが、悪魔の強さを観察して開発した新しい魔法によって、周辺の魔力を吸収し、即座に回復する。
悪魔も似たようなとこをしている。魔力を見れば分かるが、悪魔の魔力は無尽蔵だ。ただし周辺の魔力が減っていないので、悪魔が吸収しているのは、地上世界の魔力ではなく、魔界の魔力だろう。悪魔召喚に近い方法で、魔界から魔力だけを吸い出している。1個体が魔界すべての魔力を持っているようなもので、俺からすると、ただの人間が自然災害に立ち向かうようなものである。それも被害を防ぐというレベルではなく、災害そのものを打倒するのが目標なのだから無理ゲーすぎる。
「戦闘中にどんどん強くなっていくとは、厄介な人間もいたものだ。
だが、どれだけ強くなろうと、少数精鋭の弱点は大軍だ」
悪魔が周囲に魔物の大群を召喚した。
「チッ……そこに気づいたか」
気づかないように、あるいは気づいても無視するように、ちょいちょい煽って怒らせていたんだが。
魔物の群なんて、今やいくらいても脅威ではない。だが、倒すとなれば手間はかかる。ほんの一手間でも、それが悪魔との戦闘中となれば致命的だ。
『こちら
念話魔法を受信した。
「間に合ったか」
即座に起動する。鍵は俺の剣だ。
各隊が運んでくれたエリン特製の魔道具が、それぞれ正しい位置で起動し、魔術的に意味のある配置によって、音でいう共鳴のような現象を起こし、その機能が連鎖する。
「むっ……!? これは……!?」
初めて悪魔が動揺を見せた。
だが、もう遅い。
「まとめて死ね」
発動――まず範囲を限定するための結界が起動し、次にその結界の中に攻撃魔法が発動する。
魔法の名は、無限地獄。
その名が示す通り、無限の地の獄だ。使うのは土魔法。効果は重力の増幅。重さが一定の水準を越えると、物体はそれ自体の重さで押しつぶされる。重力崩壊という現象だ。潰れた結果、中心部は圧縮され、さらに重くなる。そして重力崩壊を繰り返し、さらに重く、さらに重く……つまり無限に重くなり続ける。
誰でも知っていることだが、重たい物体は移動させるのが困難だ。無限に増幅される重さで、移動できなくなる。移動だけではない。すべての行動が不可能になる重さだ。枷も檻もないが、まったく動けないのなら、それは監獄と同じ。
これが、対悪魔用の切り札として開発した魔法「無限地獄」だ。
アイデアは星の魔女からもらった。それを実現する技術力はエリンに、資金力は受付嬢に――よく支えてくれる、いい女たちだ。運搬は主にエース卿が担当してくれた。
「ぐおおおお! こ、これは……!?」
メキメキと生木を引き裂くような音がして、悪魔が潰れていく。
すると、潰れた肉の中から、ポロッと「死を肩代わりする魔道具」が出てきた。次の瞬間には肉もろとも潰されて壊れたが、見紛うはずもない。あの素材は俺が採取したもの。魔道具はエリンの作品だ。北の公爵に頼まれて作ったやつ……こんな所に。もしかして不死身の正体もこの魔道具だったのか? 自力で復活できない……? もしかして、実は悪魔の中では大したことないやつだったのか? 存在の格というか、強さの次元が違いすぎて、俺にとっては強敵そのものだったが。
だが、それももう終わる。
漏れ出た魔力が、地上世界を侵食し、魔界に塗り替え始めた。
「出番だぞ」
玉を取り出した。
それは不死王を封印状態にしたものだ。
彼女の望みは、生前の姿を取り戻すこと。そのためには、大量の魔力が必要だ。
「いただきまぁーす!」
封印状態から飛び起きた不死王が、漏れ出た悪魔の魔力に食らいつく。
時々、常人の10人分ぐらい食べる大食いがいるが、不死王の場合はそれどころではない。食べたものは即座に魔力に変換されるので、完全に文字通り底なしだ。
世界を侵食するほどの膨大な魔力も、不死王に食い尽くされ、失われた肉体を構築することに使われる。アンデッドという枠を超えて、生前の肉体を「存在する」という状態に書き換える。世界を侵食する力が、そのためだけに使われる。
「復ッ活ッ!」
ばばーん! どやっ! と仁王立ちになる不死王。
なるほど、取り戻したいと思うだけあって、たいへんな美貌だ。絶世の美女とか傾国の美女とか呼ばれても不思議ではない。
……のだが。
「……全裸で何やってんだ、お前は」
「この美しさを前に、言うことがそれか。
さすが私に勝った男は言うことが違うな」
「恥じらいのない女は好みじゃないんだ」
「やれやれ、つまらんな。
鼻の下を伸ばしてデレデレしてくれてもいいんだぞ?」
パチン、と指を鳴らしたとたんに、不死王の体は服を着ていた。
有り余る魔力で服を作ったらしい。
「長く苦しい戦いだったってのに、締まらないな」
ともあれ、決着だ。
帰って寝たい。死ぬことに慣れてしまった精神が元通りになるぐらい、食っちゃ寝しながら特に何もしないでダラダラ過ごしたい。
よし、そうしよう。陛下に断って、しばらく休ませてもらおう。
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