第19話 女3人

「これはまた、立派にやったねえ」


 エリンに腐った剣を見せると、苦笑された。実際、俺の剣はまるで岩に何度も叩きつけたような有様で、刃こぼれだらけになっている。腐ったのを「刃こぼれ」と呼んでいいのなら、であるが。

 それを見るエリンは、どこかニヤニヤしているようにも見える。


「直せるか?」


 尋ねると――


「ついでに強化してやるよ。

 例の謎金属を加工する方法がみつかったんだ」


 予想以上の答えが返ってきた。

 これがエリン・ゲシュタルト。親方の中でも特に腕のいいドワーフの名工だ。


「マジか!? すげーな!」


 俺が全力で攻撃しても傷ひとつつかない素材だ。

 どうやって加工するのだろう? 特殊な条件を揃えないと無理ということなのだろうが……いや、特殊な条件なら、戦闘中にその条件が揃ってしまう心配はまずないだろう。


「ぜひ頼むよ」


 あの素材なら、今度は腐らないだろう。そんな単純な方法では毛ほどの傷もつかないはずだ。


「任せておきな。

 それはそれとして、あんたの兄貴が王女様と婚約したそうだね?」


「ん? ああ、そうだな」


 急に何の話だ?


「てことは、バランス的にあんたも、それなりに地位のある女と婚約しないとねぇ」


 あー……そういう……。


「それは……」


 そのとおりだ。

 そして、ここでいう地位とは、政治的な発言力という意味だ。エリンは近衛騎士団に多くの客を持つ工房の親方として、貴族社会からも一定の影響力を認められていたが、それは政治的な発言力ではない。物流的な発言力だ。いうなれば、あちこちの貴族に出入りしている大商人のような立場。あくまで平民として見られる。他より優先的に対処してくれる程度の影響力はあるが、貴族たちの政治的な主張をどうこうするほどの影響力はない。

 しかも客だった近衛騎士たちは、呪詛の効果を受けて反乱軍に加担してしまい、全員が処分を受けているので、しばらくエリンに注文するどころではない。まあ、しばらくしたら精神系の影響から身を守る魔道具が大量に注文されるだろうけど。


「星の魔女といい感じらしいじゃないか。そっちへ乗り換えたらどうだい?

 あたしは元々、謎金属みたいな面白い素材が欲しいだけだし、交際は隠れ蓑って話だったからね。囲われ女の1人ってことで構わないよ。伯爵の弟に嫁いでも、政治的なあれこれは専門外だし」


 貴族の妻となれば、社交界で人脈を作るのが仕事となる。工房との両立は無理だし、エリンはそういうタイプでもない。

 その点、星の魔女なら黙っていても占ってほしい連中が集まってくる。何もしなくても人脈と影響力を獲得できるのだから、貴族の妻としては理想的だ。


「まあ、確かに……。

 てか、囲われ女の1人って……他にも囲うみたいな言い方だな」


「受付嬢からも言い寄られてるんだろ?」


「なぜそれを」


 黙っていたのに。

 別にやましいことはないけど、聞かせて面白い話でもないなって。


「専門外でもこのぐらいは、ね」


「でも受付嬢は別にメリットないんだよな」


 それが断り続けている理由だ。


「おっぱいあるじゃん」


 こんぐらい、とエリンは自分の胸の前に手を添えた。そこにエリンの胸はない。まだお子様体型だからな。……あ、凹んでやがる。自分でやったくせに。


「けど、せっかく仲良くなったのに、なんか距離を取られたみたいで悲しいな」


「ばっ……!? 何いってんだい!? べ、別に距離を取るって話じゃないだろ……!」


 エリンがたちまち赤くなって慌てふためいた。

 こういうところが、女性として魅力的だと思う。慎みが大切なのだ。全裸で堂々と「ヤろうぜ」と迫ってくる女より、下着姿かもう1枚羽織って遠慮がちにアタックしてくる女のほうが、グッとくる。

 その点、星の魔女はエリンより大胆なようだ。まあ、引くほどじゃないし、もちろんこんなのは個人的な好みで、貴族的な要件とは関係ないが。


「なにをニヤついてるんだい。いい加減にしな」


 おっと。怒らせてしまったようだ。


「エリンはかわいいな」


「う……うっさい!」


「また来るよ」


 返事は聞かずに工房を出た。



 ◇



「そうですか。エリンさんが、そんなことを」


 夜。

 星の魔女を連れて空を飛ぶ。雲の上まで来ると、今日もよく星空が見えた。


「それで、どうするのですか?」


「エリンがそれでいいと言うなら、あとはあんたさえよければ、そうするか……と思っているが。

 この前の言葉は、本気と受け取っても?」


 私は構いません、と星の魔女は言っていた。

 あのときは冗談として受け流したが。


「そうですね。私も貴族ではありませんが、ジャックさんがよろしければ。

 ただ、貴族の妻としての働きを期待されているのなら、こうして星空に連れ出してくれる機会を増やしていただかないと」


「そうだな」


 占いを求める連中のために、それぞれの運勢を見極めるべく星読みを繰り返さねばならなくなる。星の魔女の占いが高精度なのは、星がよく見えるからだ。かつては故郷がそれを支えていたが、今や俺がそれを支えている。


「じゃあ、よろしく頼む。

 たぶん、実際には兄上に丸投げして逃げることも、かなりできるだろう」


 伯爵を継いだのは兄上だ。俺自身には爵位はない。王の食客という立場はあるが、それは陛下に要求されない限り貴族たちを相手にする必要がない立場だ。王が個人的に囲っている人材であって、家臣とかじゃないからな。


「そう願いたいですね。他人を占っても、あまり面白くないので。

 それでは、不束者ですが、よろしくお願いします。

 ああ、それから――」



 ◇



「ジャックさぁ〜ん! 私はぁ〜!?」


 冒険者ギルドに顔を出したら、いきなり受付嬢が半ベソで抱きついてきた。

 まるで置いていかれそうになった子供みたいな顔をしている。


「……はぁ」


 ため息が出た。

 メリットがないんだよなぁ。でも星の魔女から頼まれて――もとい、脅されてしまった。

 姉妹の関係を良好に保つには必要です、と。

 なるほど、姉を娶って妹を拒否すれば、俺とくっつきたがっている妹は面白くないだろう。この態度を見れば一目瞭然だ。


「わかったよ……」


 やれやれ、面倒くせえな。と、乱暴に言えばそんな感覚に陥った。

 実際には、手を出したからどうなるということもなく、別に面倒でもないし、貴族同士の付き合いに比べれば遥かに簡単なことだ。

 まあ、だからこそ、正直どうでもいいという感情が湧くわけだが。

 だから、ここはもう開き直ることにした。


「囲ってやるから、好きにしろ」


 囲うというのは、金銭を提供して養うということ。一般的にはその代価に体を要求するが、形式的には貧しい者の生活を支えるという社会貢献なのだから、別に手を出さなくても構わない。

 俺が面倒だと思うのは、この受付嬢、別に俺が養わなくても自分で生活していけるだけの収入がある。社会貢献にならないのだ。だが、そこは考え方しだい。余分な金を好きに使ってくれれば、経済が回る。それもまた社会貢献だ。


「マジで!? やったー!」


 急に口調が……素が出たのか?

 ……にしても、いっぺんに女が3人か。急に出費が増えたな。

 収入が、陛下から貰う食客としての小遣いと、冒険者としての稼ぎだから、将来が不安だな。戦えなくなったら、たちまち無収入になりかねない。

 金……カネかぁ……。


「すげえ……! さすがSランク冒険者だ」


「そこらのスケベ貴族とは言うことが違うぜ」


 ……うん?

 なんか周囲の冒険者達にヒソヒソされている。


「あ」


 囲ってやるから好きにしろ、と言った。

 代価を要求していない。制限もつけていない。

 受付嬢は、収入を増やしたくて俺に言い寄ってきているのであって、別に俺が好きなわけではない。

 つまり、受付嬢は何もせずに金だけもらえることになる。これは、教会に寄付するのとは違う。物乞いや浮浪児に金銭を与えるようなものだ。ただで貰えるなんて評判が広まれば、縁もゆかりもない連中に際限なくたかられる。それでは社会貢献にならない。単なる施しは、一時しのぎになるだけで、自立する助けにならないからだ。


「あー……そ、その代わり、相談がある。今は仕事中だろ。あとで聞いてくれ」


 受付嬢なんだから、いろんな依頼を見てきただろう。アイデアの引き出しは多いハズ。収入を増やす手段を考えてもらおう。目指せ、不労所得だ!


「オッケー! 任せてよ!」


 うんうん。よし、任せた。いっぱい稼がせてくれ。


「おいおい、これじゃ食客だぜ」


「大出世じゃねーか」


「王様の食客だからか? やることが違うぜ」


 情けなくも見栄を張り通せずに代価を求めたのに、なぜか評価が上がったようだ。解せぬ。あとで冷静になって評価が落ちるパターンじゃないだろうな?



 ◇



「なるほど、そーゆー、ね……」


「何がいいアイデアはあるか?」


「簡単なのは、不動産でしょうね。

 所有する土地や建物を貸し出して、その賃料を得るという……」


「なるほど。土地や建物を買うのに大金が必要だが、稼ぎが多い今のうちなら、ということだな」


「そうです」


「でも建物だと壊れたとかの問題が出そうだが」


「もちろん、それは出ますね。

 でも自分で直す必要はありません。工務店に頼めばいいですから」


「ああ、そうか」


「ふふ……冒険者の方たちは、なんでも自分でやらないといけないと思いがちですよね」


 たしかに。

 日常がそうだからな。武具でも服でも、ツギハギして補修する。どうにもならなくなったら新調する。修理を頼むというのが、あまりない。なぜなら、壊れたから街に戻ろうと思っても、戻る途中で戦闘になるリスクがあるからだ。その場ですぐ直さないと命にかかわる。

 なお、俺の剣みたいな最初から直しようがないものは例外。魔道具なんて、素人がいじれるようなものじゃない。


「管理人――借り主から壊れたなどの報告を受け、工務店に修理を依頼する。この役目は、ジャックさんがやらなくても、他に適当な人を立てれば事足ります」


「そこも外注できるのか。

 ……なるほど。別に戦うわけじゃないからな」


「そうです。

 必要なのは、識字能力と信用だけです。

 記録をつけるのは、納税の関係でどうしても必要になります。

 また、下手な人物に頼むと、経費を誤魔化して横領したり、工務店への発注をサボって評判を落としたりするリスクがあります」


「……てことは」


 俺は受付嬢を見た。


「お任せください。

 管理する土地や建物が少ないうちは、副業でも大丈夫でしょう。数が増えてきたら、ギルドをやめます」


「ギルドを、か。

 別の管理人を雇って分担する手もあると思うが」


「探しておきます。

 ただ、私自身、身の振り方を考えるなら、受付嬢より管理人がいいな、と」


「そうなのか?」


「安アパートだと借り主のマナーが悪い心配がありますが、それなりの値段で借りる物件になれば、それだけの財を成す人物というのは、相応に礼儀やマナーを身につけているものです。だから、ですね」


 たしかに。

 大商人ほど腰が低い。威張り散らすような商人は、たかが知れている。そう長続きしないものだ。


「その点、誰でもなれる冒険者には、無教養な無礼者も多いですからね……」


 ため息混じりに言う受付嬢。

 日頃のストレスがあるのだろう。命の危険はなくても、好き勝手には振る舞えない。どんな仕事でも、なにかしら大変な部分があるということだな。

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