第17話 追跡

 王国を苦しめた三面戦争は終わった。

 しかし黒幕は姿を隠している。


「どうやって探し出すかだが……」


 うーむ、と集まった面々がうなる。

 なんの手がかりもないのだ。


「陛下。黒幕への手がかりではないのかもしれませんが、気になる情報がございます」


 そう言ったのは、東の公爵だった。


「公国からの情報で、公国のダンジョンから魔物が姿を消しているとのことです」


「不死王などと同じように、ダンジョンの外へ連れ出しているのかもしれぬな」


「御意。

 同一犯によるものだとすれば、これを追跡することで敵の拠点が判明するやもしれません」


「うむ……となると、公国のどのダンジョンで待ち構えればよいか?」


 公国にもダンジョンは複数ある。


「移動の観点から、いくつかのダンジョンが除外されます。速すぎる魔物や、地中に潜るもの、空を飛ぶものなどは、追跡が困難です」


「弱すぎる魔物は本拠地に行かず、別の拠点に配備される可能性もあるかと」


 陛下の問いに、国防大臣とエース公爵が答える。

 それを皮切りに、何人かの貴族たちが意見を述べた。強すぎる魔物を追跡するのは危険だとか、地理的に帝国に近いものがいい(帝国内に拠点がある可能性が高い)のではないかとか、エトセトラエトセトラ。


「お待ち下さい。

 我が弟であれば、それらの点は問題にならないかと」


 一通りの意見が出たところで、貴族たちは採択を仰ぐように陛下を見た。そこで兄上が待ったをかける。

 陛下の視線が、兄上に向いた。


「……その通りであるな。

 他国の領土へ派兵するのは問題もある。暗部を密かに、諸侯の言う通り、追跡可能で比較的安全かつ重要そうなダンジョンへ送り込んでみよう。

 そして、ジャックにはそれらの制限を無視して、最も可能性が高そうなダンジョンを見張ってもらおう」


「お待ち下さい。

 時間がたつほど、敵の戦力は増大する見込みです。可能性が高そうなダンジョンというより、順番的に近く狙われそうなダンジョンを見張るのはいかがでしょうか? それでハズレなら、また次のダンジョンを見張るということで」


 追跡して、黒幕がいる拠点じゃなかったら、引き返さなくてはならない。普通なら移動に時間がかかって現実的ではないが――


「なるほど。そなたの機動力なら、実現可能か。であれば、そのほうが早く判明しそうではあるな。

 ……星の魔女よ、どうか?」


「王国の命運は、明るい方向に向かっているようです」


 星の魔女は、あくまで占い師だ。予知能力者ではない。ゆえに占いに特有の、誰にでも当てはまりそうな言葉で、わりと何とでも解釈できる言い回しをする。

 そもそも星の配置や巡りから未来を占うので、あまり細かいことはわからないのだ。


「うまくいきそう、ということだな?

 危険がないのであれば、そのようにしてみよう。ハズレが続けば、いずれは重要なダンジョンの番になるわけだからな、いつかはアタリを引くだろう」


 そういうことになった。



 ◇



 ――そういうことになったのはいいのだが。


「よりによって、最初のダンジョンがこれかよ」


 上空から見張っていると、夜になってダンジョンから魔物が出てきた。

 なお、出入りする人物から犯人らしいやつを発見することはできなかった。多くの冒険者が出入りしていて、誰も彼もがダンジョンに何かを狙っているので見分けがつかない。

 で、問題は出てきた魔物だ。大量のコウモリ。おそらく正体は吸血鬼だろう。日光でダメージを受ける魔物だ。なるほど夜に出てくるわけである。

 倒すのは難しくない。トロル以上に再生能力が高く、不死身に近いが、物理・魔法ともに防御力は人間と同じぐらいである。再生能力に頼っていると言ってもいい。攻撃面――身体能力や魔法能力こそ人間より上だが、ドラゴンに比べれば雑魚だ。大量のコウモリに変身していても、ブレスで焼き払えば一発である。

 だが今回は追跡が目的なので、気づかれてはいけない。となると、急に面倒になる。

 コウモリ形態では、本物のコウモリと同じように超音波で周囲を探知できる。上空から見下ろして追跡していたのでは、むしろ目立つというものだ。なので地上から追跡することに。木陰に隠れるなどすれば、超音波の反響はごまかせる。


「こういう場合、遮音結界って、どうなんだろうな……?」


 ふと湧いた疑問を口にするが、答えてくれる相手はいない。

 遮音結界は、その名の通り音を遮断する結界だ。結界の中の音を外に漏らさないし、外の音を中に伝えない。周囲に人がいても会話の内容を聞かれない(読唇術で読まれることはある)し、やかましい場所でも大声を出さずに会話ができる。

 音を遮断するということは、遮音結界に当たった音は、完全に反射されるか、または消えるはずだ。反射するなら超音波による探知からは隠れられない。消えるなら、それはそれで目立つ可能性がある。あるはずの反射が、そこだけ無いからだ。


「試してみたいが、わざと失敗するわけにもいかんな」


 今度、暇をみつけて調べてみよう。でも超音波で探知する魔法がないから、どうやって調べようか……?

 そうだ。何もない平原とかで、170メートルぐらい離れた場所に遮音結界を設置して、大声を出してみよう。同じ距離に同じ大きさの土壁を設置して比較すれば、反響の聞こえ方でわかるだろう。音は秒速340メートルぐらいだから、1秒ぐらい遅れて反響が聞こえるはずだ。


「……あっ」


 そんな事を考えながら追跡していたら、何もない平原に来てしまった。

 身を隠す木陰がない。


「「……!」」


 コウモリたちが俺に気づいて、たちまち姿を消した。

 吸血鬼の変身能力その2「霧」だ。


「しまった……」


 こうなると面倒だ。霧は薄まれば目視できず、薄まった霧を探知する魔法はない。

 じゃあ、もう諦めて倒してしまおう――というのも難しい。戦闘能力はコウモリ形態よりさらに下がる(霧形態のままでは攻撃手段が一切ない)が、霧なので物理攻撃は無効だし、魔法も実質的に無効だ。わずかな風で流れるので、ドラゴンのブレスでも命中する前に熱風で流され、一部でも命中しない可能性がある。わずかでも残れば、そこから完全に復活できる。


「いや、むしろ好都合か」


 霧になったということは、コウモリではなくなった。コウモリでないなら、超音波による探知はできない。あれは魔法で擬似的に真似しているのではなく、コウモリの肉体に備わる能力だからだ。

 超音波で探知される心配がなくなったので、開き直って飛行魔法で上空へ。

 夜なので暗くて、霧はよく見えない。水属性の探知魔法で、霧を探知。水魔法による探知は、水を介して、水に触れているものを探知できる。直接「水があるか」を探知できるわけではないが、「そこを探知できる」という結果を通して、「そこに水がある」という事がわかる。

 そして「水」とは、液体の水をいう。気体では駄目だ。では霧は液体か気体か? 答えは液体だ。霧とは、大気中に多数の微水滴が浮かんでいて、視界を悪くする現象である。見通せる距離が1キロメートル未満を「霧」といい、1キロメートル以上見通せるときは「もや」という。微小でも水滴は水滴。すなわち液体だ。


「ほう……吸血鬼の霧形態は、こうやって飛んでいるのか」


 飛んでいるということは、通常なら向かい風にさらされる。しかし霧から得られる探知結果は、追い風だった。霧に変身することで浮遊状態を得て、風魔法で追い風を起こして自分自身を流しているということ。飛行魔法よりはるかに燃費のいい方法だ。

 ただし、俺が真似しようとしても霧に変身できないので、重力を打ち消す魔法を別で使わなくてはならない。体が浮くほどの強い上昇気流を起こすか、それとも重力魔法で打ち消すか……いずれにせよ飛行魔法よりいくらか燃費はよくなるが、飛行速度は遅くなるだろう。総合的に考えると、あまりメリットがないな。

 なお吸血鬼は、同時に風属性の探知魔法も使って、進路を決めているようだ。肉体を霧にしているので、目や耳といった器官がなくなっている。その代用だろう。

 ……となると、変身しているときは、どうやって思考しているのだろうか? コウモリに変身すると脳が小さくなって高度な情報処理能力が失われるはずだ。複数になるから並列処理しているのか? でも物理的につながってないが、どうやって? 念話かな? もっと不思議なのは霧形態だ。脳がない。うーむ……。


「おっ……? 目的地かな?」


 吸血鬼たちが霧形態から別形態に変身し直したらしく、探知魔法が切れた。

 風魔法で探知――空気を介して、空気に触れているものを探知する――吸血鬼たちは小屋の中で人型に戻っていた。


「バーバ・ヤーガか……」


 鶏の足の上に立つ高床式の小屋。小屋の中には無数の骸骨が転がっている。

 この特徴――本人は不在のようだが、バーバ・ヤーガだ。魔女とも悪魔ともいわれるが、ときに人を助けることもあるという。極めて気まぐれなのか、人間には理解できない彼女なりのルールがあるのだろう。


「……ふむ……?」


 2つの疑問がある。

 1つは、本人がどこへいったか。いずれ戻ってくるつもりなら単なる外出だが、別の拠点に移動した可能性もある。前者なら待っていれば戻ってくるが、後者なら手がかりなしだ。

 もう1つは、黒幕がバーバ・ヤーガなのか? バーバ・ヤーガに関する伝承はいずれも、彼女の奇妙な小屋を訪れた者にのみ、彼女が直接その能力を振るう。国を相手に大暴れするような性格ではないのだ。

 もしかしたら、黒幕はバーバ・ヤーガの小屋を訪れて助力を得ているのかもしれない。あるいは逆に、この恐るべき魔女から追われているのかもしれない。そう考えるほうが、バーバ・ヤーガの性質からすると自然だ。


「この小屋は、調べる価値がありそうだな」


 中には複数の吸血鬼がいるが。

 小屋を荒らさないように倒さなくてはならないが。

 ――俺にとって、さして難しいことではない。



 ◇



 何もせず、朝を待つ。

 すべてが白い騎士が通り過ぎると、朝になった。

 残念ながらバーバ・ヤーガが戻ってくることはなかった。

 すべてが赤い騎士が通り過ぎると、昼になった。

 太陽の位置が十分に高くなり、この小屋を取り囲む森の中にも木漏れ日が届くようになってきた。

 時間切れだ。次にすべてが黒い騎士が通り過ぎるだろう。その前に事を済ませなくては。

 3人の騎士は何をするでもなく通り過ぎるだけだが、白い騎士が通り過ぎると必ず朝になり、赤い騎士が通り過ぎると必ず昼になり、黒い騎士が通り過ぎると必ず夜になる。それらの騎士は、朝・昼・夜の化身なのだ。そしてバーバ・ヤーガの近くでのみ目撃される。つまりバーバ・ヤーガはまだ近くにいる。拠点を移していない可能性が高まった。


「んじゃ、始めるか」


 氷魔法で氷の板を作る。表面は磨いたように滑らかに。

 そして氷の板の位置と角度を調整すると、氷の板に当たった日光が全反射を起こして、小屋の中に日光が注ぎ込まれた。


「「ぐわーっ!?」」


 燃えるという過程をすっ飛ばして、吸血鬼たちの肉体が灰になり、崩れ去った。

 さすがは吸血鬼の最大の弱点だ。効果抜群である。

 あとは、すべてが黒い騎士が来る前に、小屋の中を調べてしまおう。バーバ・ヤーガは黒い騎士とともに戻ってくる。

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