第16話 帝国の終わり

 連邦が属国に反乱を起こされた。

 これで連邦は、王国への侵略どころではなくなるだろう。正式に停戦や休戦したわけではないが、事実上、2面戦争は終わった。

 残るは帝国だけだ。


「帝国で大きな変化が起きるでしょう。

 それによって、帝国は勢いを失います。

 王国は、親子の親、兄弟の兄、姉妹の姉たる者に力を貸すとよいでしょう」


 星の魔女が言った。

 その翌月、それは現実になった。


「皇帝陛下が崩御されました。

 皇太子殿下が即位することになっていましたが、その弟君が『帝位を譲る』との遺言状をもって即位し、皇太子殿下はこれを不服として『正当な継承者は自分である』との声明を発表。

 皇帝陛下も生前は皇太子殿下にあとを任せると話しておられたため、およそ半数の貴族が『遺言状は偽物ではないか』『本物だとしても強いられて書かされたものではないか』と皇太子殿下に賛同しています。

 自分は皇太子派の使者として、王国に協力をお願いするべく参りました」


 この情報を受け、王国は揺れた。

 王国としては、どちらに味方しても構わないのだ。もちろん、代価として侵略をやめれば、の話である。そして、侵略をやめるなら、侵略の償いをより多く差し出す側と手を組む方が、王国の利益になる。

 その一方で、呪詛や不死王を操る黒幕はどちらに与しているかも重要になる。償いとしては、その処罰をこそ最も要求したいところなのだから。


「強いられて書かされた……呪詛のような効果で、本心とは違う内容を書かされたとすると、黒幕は皇子派――弟側に居そうですね」


 星の魔女は、親子の親、兄弟の兄に協力しろといったが、親(皇帝)に協力するとしたら、生前の言葉に従うべきか、遺言状に従うべきか、ハッキリしない。だが、同時に兄に協力する方向で考えると、皇太子派に協力するべきだろう。そうすれば矛盾しない。


「これは、場合によってはコウモリを演じなければならぬな」


 陛下が、重々しく言う。

 つまり、途中で鞍替え――裏切ることも考えると。それは国内外から批判を受けるリスクを孕む。それは陛下も承知の上だろう。それでもやらねばならぬと……。


「では……」


「うむ。まずは皇太子派に協力し、内情を探るのだ。黒幕が与する派閥なら、不死王なども使っているだろう。これは、真実を知る好機だ」



 ◇



「貴国への侵略について、帝国の代表として謝罪する。もちろん侵略は私の本意ではない。

 父は――亡き皇帝陛下は生前、ある時期から急に人が変わってしまった。

 それは弟も、だ。そそのかされた程度で、帝位を我がものにしようなどと考える弟ではなかった。おそらく何者かが、父と弟を操っているのではないかと思う。

 ゆえに、我が方の目的は、弟を討ち取って帝国の覇権を掴むことではなく、その後ろにいる何者かを白日のもとに晒し、適切に処罰することだ。それは侵略と反乱によって被害を受けた貴国にとっても、同じではないか?」


「しかり。ゆえに我らは手を取り合えるでしょう」


 国王陛下と皇太子殿下との会談は、帝国側の拠点にて実現した。皇太子派は帝国南部を勢力圏としており、今や南朝と呼ばれる。なお、弟(皇子派)は北朝と呼ばれている。

 王国としては、南朝と組むほうが、北朝とじかに接することがなくなるので助かる。王国は帝国の南にあるので、南朝が緩衝地帯になってくれるわけだ。

 その南朝の代表が、王国に南下するというのは、一時的とはいえ「逃げた」と喧伝されかねない。政治的な影響が大きいので、今回は国王陛下が北上して南朝を訪問する形になった。

 もっとも、今後もし北朝に鞍替えすることになれば、そのときは南朝を挟み撃ちにする形となり、それはそれで戦略的優位性が保たれる。そして、そのときには、おそらく俺が陛下を連れて飛んでいくことになるだろう。



 ◇



「3倍の賠償金だそうだ」


 届いた手紙を指でつまんでヒラヒラさせながら、呆れたように陛下が言う。

 その顔には、冷笑が浮かんでいた。


「北朝からの手紙ですか?」


 王城、謁見の間――。

 集まった面々が「あっ(察し)」という顔をしていた。


「うむ。南朝が提示する賠償額の3倍を支払うから、北朝に味方しろという内容だ」


 陛下が追認すると、集まった一同に等しく冷笑が浮かんだ。

 南北朝はどちらも同じ程度の勢力だ。ゆえに拮抗しているし、ゆえに味方を増やそうと王国に協力を求めてきた。

 なのに3倍の賠償金など、払えるはずがない。いや、現実的には分割払いの期間が3倍になるだけで支払い能力はあるだろう。だが、その間の帝国は財政的に圧迫され、技術開発などに資金を回せず、国際社会から取り残される。

 後で自分の首を絞めることになっても、今この瞬間を解決せねばならない――そういう場面は確かにある。あるが、いくらなんでも絞め過ぎだ。露骨すぎて現実味がない。

 欲に目がくらんだ者なら、これを好機と見るかもしれない。帝国の脅威を長期的に取り除くチャンスだし、賠償金が多いのはシンプルにメリットだ。

 しかし、王国の面々はそこまで愚かではなかった。


「最初から果たすつもりのない提案でしょうな」


「覇権争いが片付いたら、改めて侵略を、という考えでしょう」


 覇権争いを片付け、残った兵力で王国への侵略を再開する――その段階で王国と帝国の戦力が拮抗したと仮定すると、王国は不利だ。帝国のほうが国土が広くて人口が多い分、王国より早く物資や人員を補充できる。つまり粘り勝ちを狙えるわけだ。

 そうして王国に勝ってしまえば、賠償金なんか踏み倒して、逆に王国から搾取できる。だから支払えないような賠償金を提示しても平気なのだ。


「けしからん態度ですな。誠実さのカケラもない」


「餌が大きければ食いついてくる、と我々をナメきっているようですな」


「ナメすぎて馬脚を現したようですが」


「しかり。こちらを馬鹿にした態度……黒幕は北朝に居ると見て良さそうですな」


「北朝を調べるのは、とりあえず討ち果たしてからでいいのではありませんか?」


 そうだそうだ、と貴族たちがヒートアップしていく。

 しかし、陛下が片手を挙げて制すると、貴族たちはピタリと黙った。


「よろしい。王国は、南朝と手を組むことにしよう」



 ◇



「準備は整った。これより打倒北朝に向けて進軍する!」


 国王陛下と皇太子殿下の号令によって、王国・南朝連合軍は進軍を開始した。

 南朝軍が正面から進軍していく間に、王国軍が北朝の背後へ回り込み、北朝本拠地を奇襲する作戦だ。つまり、さんざん擦りまくった従来通りの囮作戦を繰り返すわけである。


「ぐわっ!?」


「罠だ!」


「周囲を警戒しろ! ぎゃっ!?」


「攻撃だ! 敵の攻撃を受けている!」


 背後に回り込んだ王国軍を、トラップ地帯が待ち構えていた。

 あちこちで王国兵が罠にかかり、かなりの数が仕掛けられていることがわかる。

 同時に敵兵からの攻撃――弓矢や魔法による遠距離攻撃が飛んできた。こちらは散発的で、潜んでいる敵がそう多くないことを示している。だが、全く居ないのとは違って、それなりに警戒しなければならない。


「面倒な……足止めとしては効果的だが」


 散発的な攻撃を警戒しながら、大量の罠を警戒して進み、敵の攻撃を防ぎながら罠を解除して進まねばならない。それはとても面倒な作業だ。

 しかも南朝軍が本隊として囮を務めているので、王国軍は奇襲を急がねばならない。南朝軍と北朝軍の決着がついたあとで奇襲しても、北朝軍が帰ってきてしまう。



 ◇



「ぎゃーっ!」


 南朝の本拠地――全軍が進軍して空になった本拠地で、皇太子が暗殺された。


「帝国はいつから死者に帝位を与えられるようになったのかな?」


 北朝の本拠地――追い詰めた皇子(弟)がニヤリと笑う。


「兄上は、たった今死んだ!」


 王国軍の動きが止まる――

 南朝の味方をしていたのに、その旗頭が死んだのでは、自分たちに正義がない。正義のない戦いは、ただの暴力だ。もはや北朝と戦う理由はない――


「それがどうした?」


 ――はずがなかった。


「侵略してきたのはそっちだ。

 たまたま南朝と足並みを揃えることになったが、本来我らは反撃のために来た。今こそ、千載一遇の好機! ここで死ぬがよい!」


「なに……うぎゃー!」


 南北朝が共倒れになれば、帝国は荒れるだろう。だれも敗戦国の指導者になって、自分が主導したわけでもない戦争の責任をとらされたくはない。一方で、独立の好機と見る属国も多いだろう。戦後の兵力が少なくなっているタイミングでのそれらは、帝国を大混乱させるに違いない。

 いっそ王国が支配してくれれば、と思う貴族までいるはずだ。しかし管理能力の問題で、王国には帝国ほどの広い土地を支配する余裕はない。

 王国としては、放っておいても帝国の脅威はもうないのだから安心だ。後継者が決まったら――いや、それすら王国には関係ない。帝国という国家に責任を問うだけだ。


「あとは、黒幕だな」


 戦争は終わった。

 しかし、一連の騒動を引き起こした黒幕は、いまだに姿を見せない。

 不死王も、その他のダンジョンから連れ出された魔物も、今やどこかに姿を消している。

 待っているのだ。力を蓄え、蜂起すべきタイミングが来るのを。そして、おそらくそれは今だろう。3カ国が最も弱っている今だ。何が目的か分からないが、いずれにせよ、これだけの騒動を起こしたのだから、3カ国が邪魔になるのだろう。


「いっそう気を引き締めねばなりませんね」


 勝って兜の緒を締めよ。

 昔の人は、うまいこと言ったものだ。

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