第15話 バランス
共和国が公国になり、停戦交渉は成功した。
三面戦争の1つが終わり、二面戦争になったのだ。状況は少し改善した。
残るは帝国と連邦。しかし、この2カ国をどうやって引かせるか……これは大きな問題だ。
「ジャックさんに指名依頼が入っています」
公国との関係は今、呪詛対策の共有やら、犯人探しへの協力やら、もろもろ含めて停戦の手続きが進行中。このまま順調にいけば、休戦を経て終戦に向かうだろう。
そんなわけでしばらく暇になったので、俺は冒険者活動に戻っていたのだが。
ある日、再び指名依頼の形で王宮に呼び出された。
「姉がお世話になっております。
ついでに私もいかがでしょうか?」
「ついで!?」
悪いが断った。
そんな、買い物みたいなノリで言われても困る。第一、星の魔女とはそういう仲でもないし。
◇
「暗部の諜報員が、連邦の属国に捕まった」
王宮で説明を聞くと、今回は捕虜の救出が目的だった。
「この諜報員は、王国が陥った窮地をあちらで再現することを目的にしていた」
「つまり、連邦で反乱を起こさせようと?」
いつの間にそんな事を……。目には目を、というやつか。王国がそれで苦慮したのだから、連邦も同じだろう。うまく行けば、連邦の侵略を止められる。
「うむ。連邦は、属国に大きな自治権を認めている。そうしなければ反乱を起こされるからだが、逆にそれ故いつまでも属国が帰化しない。反乱を煽るには好都合な土壌ができているのだ」
属国の自治権が大きい場合は連邦、小さい場合は帝国という。
帝国における属国は、もはや「国」と呼べるほどの自治権を持っておらず、たいてい植民地と呼ばれる。
「それが捕まったということは、バレて失敗したと?」
「いや、逆だ。
連邦本国の工作員だと間違われて、捕まった。その事で属国は『本国が自治権を取り上げる口実を作ろうとしている』と勘違いして、むしろ反乱を決意したらしい」
「なんと……」
うまく成りすました結果、うまく行き過ぎてしまったわけか。
「そこで、諜報員の救出にあたっては、連邦本国のふりをして、属国の勘違いを加速させてもらいたい」
「承知しました」
◇
諜報員が捕まっているのは、属国軍の野営地。しかし現地入りする前に、まずは仕込みだ。
連邦本国の軍事拠点を襲撃する。
「スリープクラウド」
この魔法は、指定範囲に霧を発生させる。多少は視界を悪化させる効果もあるが、重要なのは吸い込むと眠ってしまうという効果がある点だ。もともと広範囲を指定できるが、今回は軍事拠点をまるごと包み込んだ。
連邦兵が目覚めたときには、何が起きたのか分からないまま、時間だけが過ぎている。
「こいつが良さそうだな」
体格が似ている連邦兵から、服とナイフを奪って着用する。
それから、もう1つ。
「これだな」
遠隔操作できるタイプの「爆発する魔道具」だ。爆発魔法を封入した魔道具で、リモコンの操作によって任意のタイミングで爆発させる事ができる。
これで仕込みは完了である。
◇
いよいよ人質の救出だ。
というわけで、現地入り。
今回は、いつもと違った注意点がある。連邦兵のふりをする関係で、人間の領域を外れた強さを見せてはいけない。
「……とはいえ、いざとなれば力任せにゴリ押しできるという事実は、かなり心強いな」
探知魔法で敵兵の位置を把握しながら、
訓練すれば強化魔法なしで実行できるようになるが、隠密行動は俺の専門じゃないからな。とにかく、そのようにすると身体能力や魔法能力は普通なのに、超人的な成果を出せるようになる。
つまり、手順は複雑でも、1つ1つのやる事はシンプルだ。眠らせた敵兵を、人目のない場所へ運んで覚醒させ、尋問して情報を得る。
「お前たちが捕まえた本国の工作員はどこだ?」
「ほ、捕虜は……南西の丘にいる」
情報を得たら、再び眠らせて、できるだけ物陰に隠しておく。尋問した兵士にこっちの姿を見せてはいないが、後ろから拘束して、よく見えるようにナイフを突きつけてやったので、服の袖も視界に入っただろう。それらの特徴は当然、連邦本国のものと一致する。
起伏の小さい野営地の一角に、猛獣用サイズの檻が置かれ、捕まった諜報員はそこにいた。周囲の状況が見やすい丘の上なんかに設置するのは奇妙だと思ったら、すぐ近くに司令部があるというオマケ付きだった。なるほど、最も守りの固い場所に置いたわけだ。いくら周囲が見えても、ここから脱走するのは難しい。
当然、近づくのも難しいが、俺には関係ない。
「おい。助けに来たぞ」
「れ、連邦本国の……?」
怪我がひどい。かなり手厳しい尋問を受けたようだ。無理をさせると死んでしまう可能性がある。
となると、俺が味方だと説得して信用を得るのは無理だろう。服装も連邦本国の兵士だしな。
「信じなくてもいい。とにかく移動だ」
どうせ今ここで聞くべき情報もない。生きて帰って、自分で報告したらいい。
回復魔法をかけて怪我は治っても、失った血液は戻らないし、消耗した体力も回復しない。歩くのもヨロヨロで逃げるに適さないので、担いでいく事にした。
「馬はあそこか……スイッチオン」
ドンッ!
手元の装置を操作すると、事前に仕掛けておいた魔道具が爆発した。野営地の外周にいくつか設置しておいたものの1つだ。爆発に気づいた属国兵が、一斉に爆発音のした方向に注目し、周囲を警戒し始めた。全体的に、爆発が起きた場所へ慎重に近づいている。索敵しながら状況を確認するためだ。
爆発した魔道具の破片や、他にも仕掛けた魔道具は、今回の人質救出が連邦本国の仕業という物的証拠になる。服装と合わせて、偽装はこれで十分だろう。
「今のうちだ」
属国兵たちがあらぬ方向を警戒している間に、俺は馬を奪って人質とともに脱出。野営地を離れて十分に距離を取ったところで、馬を乗り捨てて人質とともに飛行魔法で一気に帰ることにした。
◇
「妹がそんなことを?」
上空なう。
星の魔女を連れて、雲の上へ来ている。
「ああ。
しかし『ついでに』と言われても、メインのあんたとそんな関係じゃないんだが……と思ってな」
「あら? 私がメインなのですか?」
「あっちがついでなら、こっちはメインだろ」
からかわれたが、スルーしておく。
星の魔女の政治的な立ち位置は微妙だ。よそから来たお客様。帰るのか居着くのか不明。今は故国が不安定だから、こっちへ身を寄せているという形。取り込んでも、そのメリットが安定しない。要するに、取り込む旨味が少ない。
もっとも、取り込むことで居着くなら、メリットは大きいだろう。そういう意味では、手を出してもいいかもしれない。ただ、実家で兄上より発言力が強くなるのは避けねばならない。不和の原因になる。
結局、今は控えるべきだ。
こうして考えてみると、エリンがいかに奇跡的に好都合な立場か、よく分かる。
「つれないですね。私は構いませんが」
「そうなのか? ……ああ、雲の上に連れて行けと要求しやすくなるからか。
でも、俺が構うからダメだ」
「そうなのですか?」
「これでも貴族だからな。
兄上が結婚して、しかも発言力が強くならないと、家庭内のパワーバランスがおかしくなる」
「そうですか。貴族って難しいんですね」
と、その日はそんな会話があった。
◇
その翌日である。
「殿下と婚約ぅ!?」
実家にて。
兄上が婚約すると聞かされた。しかも殿下と。つまり王女と。
「なんで急にそんなことに?」
「反乱軍に王城を占拠されたとき、脱出のために父上が命をとして盾になったのが1つ」
それだけなら、友人の父も同じだ。なんなら、友人は直接脱出の手伝いをしている。
「その後、陛下らをかくまい、反撃の拠点になったのが1つ」
地理的にたまたま選ばれただけだ。
まあ、運も実力の内というやつか。
「ジャックの活躍で、伯爵家として株が上がったのが1つ」
俺のせいか。
かといって、俺に降嫁すると言われても困るが。兄上が家を継いだんだからな。
「他に殿下の結婚相手として適切な相手がいないのが1つ」
呪詛にやられて反旗を翻す程度の忠誠心では論外ということか。その意味では友人も候補に上がるが、前述の通り、評価が我が家より劣る。
「今回の騒動でなんやかんや一緒に過ごす時間があって、何度か話すうちに恋仲になってしまったのが1つ」
「うぉい!?」
ほとんどそれが理由やないかい!
「まあまあ。
あ、そういえばお前の友人殿も、俺たちの婚約に合わせて、近衛騎士団の団長に就任するぞ」
「それはめでたいけども」
こちらも呪詛の影響で忠誠心の高さが明らかになったから、爵位や歴代の家柄よりも確実に信用できる。呪詛がもっと段階的に忠誠心を評価できるものだったら、近衛騎士たちにはわざと受けさせて試験代わりにするのもいいかもしれない。
……あ。いや、それより――
「……え? マジで?」
冷静に考えると、伯爵家の騎士が団長になるのは初めてだ。歴史的な偉業じゃないか。兄上の婚約がかすむほどに。
「陛下が王城を脱出するときに『近衛騎士団をやめる』と言ったらしい。その近衛騎士団が陛下に剣を向けたわけだから、友人殿もお前と同じく、近衛騎士団をやめることで国王陛下に忠誠を尽くしたわけだ。
で、王城を取り戻したので、近衛騎士団も再編をという話になったが、爵位の高い家柄の出であろうとも陛下に剣を向けるようでは話にならんということで、あのとき唯一正気だった友人殿に白羽の矢が立ったらしい」
「なるほど……」
「あと、もう1つ。
北の公爵がエリン・ゲシュタルトの工房に注文した魔道具……死を肩代わりする魔道具だったな? あれが公爵邸から行方不明になっているらしい」
「は?」
今度は急にキナ臭い話になった。
ああいう物は、公爵が肌身離さず持ち歩くものじゃないのか? 自分で使うつもりじゃなかったとか? 子供に与えるとか……いや、問題はそこじゃない。紛失して、今どこにあるか、だ。
「盗まれたとか?」
東の土下座公爵がいつの間にか呪詛の指輪をはめられていたことを思えば、その犯人にとっては盗んでいくほうが簡単だろう。
「そして敵の手に渡った、かもな。
不死王を操る黒幕が、不死王よりも不死身になった可能性がある」
最悪だ。
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