第14話 共和国の終わり
黒梟騎士団が、共和国の馬の餌を焼き払う。
俺は帝国軍の補給線を叩き、エース卿らの本隊が帝国軍の前線部隊を襲う。帝国軍はたまらず撤退していった。
同じ作戦で、連邦軍にも痛打を与え、撤退させることに成功した。え? 連邦軍を叩くところは読んでないぞ、だって? すでに第1部より長くなってるし、同じ展開の繰り返しなんてダルいかなって。ね?
「うまくいったが、あとが怖いな」
やれやれ、とばかりにため息をつき、陛下が愚痴のように言う。
帝国や連邦は、今回のことで「次こそは」と思うだろう。まだまだ余力があるから、ここで停戦交渉を持ちかけても応じないはずだ。しかも不死王率いるレヴナントの群という戦力があり、それをダンジョンから引っ張り出してきた何者かも控えている。
「それに、敵も呪詛の影響下にあるらしいというのが厄介です」
共和国は馬の餌を失って動けなくなったので、この隙に停戦交渉を始めるのが理想的だ。白鯨騎士団の犠牲があったので、そのことで怒っているだろうが、同時に恐れてもいるはずだ。動けない間に攻撃されたら……と。
だから停戦交渉がうまく進む可能性がある。通常なら。
ところが呪詛の影響下にあるとしたら、無謀な行動をするかもしれない。反乱軍のように。
「陛下。提案があります」
うーん、と声を漏らすばかりで誰も意見を出さないので、俺が手を挙げた。
本来は、軍議に意見を出せる立場ではない(俺は社会的地位がないから)のだが、担当する部分が重大になりがちなので同席(傍聴というべきか?)を許されている。後で説明されるより正確に把握できるのが利点だ。
「聞こう」
「共和国に停戦交渉をおこないましょう。
護衛として私が同行します」
「それは……」「まさか……」
周囲の貴族たちがざわめく。
「ジャック。決裂したらその場で攻撃、などと考えているわけではあるまいな?」
エース卿が、確認するように言った。
その声に「それはマズイぞ」という色がありありと浮かんでいる。
さもありなん。使者というのは、その用向きの内容が何であれ、双方ともに無事に別れることが暗黙のルールになっている。どんなに不愉快な態度だろうと、無事に生かして帰さなければ、即座に戦争が始まってしまう。それは既に戦争中の場合でも、かなりの確率で守られる。
その後の国際社会で「かの国はそういう事をする」という目で見られるようになるからだ。だから停戦交渉の使者として出向いたなら、決裂したからといってその場で襲いかかるというのはマズイのだ。
「半分正解です、エース卿。
私が同行する狙いは、3つあります。
1つはエース卿が今おっしゃった通りのこと――これを『相手が警戒する』という点です」
「なるほど。相手の喉元に剣を突きつけながらの停戦交渉といった印象だな」
「実質的には降伏勧告か」
陛下とエース卿が言うと、周囲の貴族たちもなるほどと声を漏らした。
「2つ目の狙いは、相手を正気に戻すことです。
私が『解呪』を撒き散らしながら同行すれば、相手も解呪の効果を受けるかと」
「なるほど。持ち出さぬため、とでも言えば問題にはならぬか」
「城の魔法防御も、ジャックには歯が立たぬだろうな」
魔法がある世界なので、重要な施設には魔法対策も施されている。たとえば王城の中では全ての魔法が使えない。
ただし、そういう仕掛けを作ったのが人間である以上――エルフやドワーフも協力しているかもしれないが――無効化できる魔法の威力には限度がある。つまりドラゴン並の魔力までは防げない。
「3つ目は、より地位の高い人物を派遣し、こちらの誠意を示せるということです」
「なるほど。ジャックであれば、たいていの脅威には対処できるか」
「陛下! この私めに名誉挽回のチャンスをお与えください!」
東の公爵がジャンピング土下座で飛び出した。
共和国を警戒する役目は、東の辺境伯が直接の担当者(国境警備を担当している)だが、その伯爵は東部貴族派閥の一員で、東部貴族派閥をまとめているのは東の公爵だ。つまり東の公爵は、東の辺境伯の上司である。
ところが、そんな東の公爵は、呪詛の発生源である指輪をはめていた。その指輪はすでに破壊したし、東の公爵から広がった呪詛は消滅したが、そんな指輪をはめた経緯は不明のままだ。まあ、おおかた黒幕か、それに操られた北の公爵あたりから贈られたものだろう。いずれにしても、やらかした公爵という印象が拭えない。
てか、登場するたびに土下座だな、この公爵。土下座公爵だな。
「よろしい。停戦交渉の使者を任せよう」
俺が同行する以上、危険はないに等しい。
成功率も高いと思われるが、三面戦争の一面が終わるとなれば、交渉の成功は功績になる。国を傾けた呪詛の不名誉を、国を守る停戦交渉の功績で。まあ、バランスは取れている。
◇
共和国の議事堂は、大混乱に陥った。
突如として正気に戻った人々。
空を飛んできた使者と護衛たち。
中でも、気も狂わんばかりに混乱したのは、議事堂の警備兵だった。
ちなみに、共和国には「王」がいないので、他国の王城にあたる建物は「議事堂」と呼ぶ。ただ、対外的な示威行為のために建築様式は「城」だし、役割としては王城と同じなので、細かいことを気にしない人たちからは「王城」とか「城」とか呼ばれることがある。
そういった共和国独自の組織構造は、近衛騎士団とか宮廷魔術師という名称の組織が存在しないという事にもつながっている。共和国でも領主たちがそれぞれ兵力(騎士団)を持っているのは同じだが、議事堂は議長の所有物ではなく、国の所有物という扱いになっている。議長の所有物にすると、議長が変わるたびに場所を移したがったり(自分の領地へ置こうとする)、管理体制やその人員が総入れ替えになったりする弊害が生まれるからだ。
では議事堂の警備や管理はどうなっているのかというと、議会の下部組織という位置に置かれた「議事堂管理局」というのがあって、庭師・清掃員・警備兵などを含む様々な管理業務を一元的に担っている。
で、その警備兵だが、もちろん国家の重鎮たちを守る立場なので、他国でいう近衛騎士団みたいに精鋭揃いである。いち早く脅威を察知するための観察眼や探知魔法を覚えており、彼らは当然その察知した相手の脅威度も見抜く。
「あびゃあああァァァ!?」
「ど、ど、どどど、ドラゴン!?」
「ムリムリムリムリ!」
圧倒的に強大な魔力が、空を飛んで近づいてくる。
まるで太陽が落ちてきたような恐怖だ。
◇
いやー……本来、
泡を吹いて倒れている警備兵たちを見下ろし、俺は王国での俺の扱いが異常だと再認識していた。なんで王国のみんなは平然としているのか。
ともかく、議事堂の中へ。
一番大きい会議室の中には、大勢の貴族たちが集まっていた。
「賛成多数で、本案は可決されました」
パチパチパチパチ!
宣言と拍手が聞こえてきた。なんか会議中だったらしい。
階段状の半円形に配置された席は、劇場を彷彿とさせる。1人の男が、観客席に当たる部分から、舞台に当たる部分へ進み出た。
「ただいま大公の任を拝命しましたカリスでございます。
これからは公爵あらため大公として、共和国あらため公国の元首として、この国の舵取りに邁進してまいりたいと思います」
どうやら共和国は、たった今、公国に変わったらしい。つまり君主制になったということ。
戦争という緊急事態で共和制を維持するのはデメリットが大きいという判断だろう。意思決定が遅いと陛下も言っていた。軍隊では「兵は拙速を尊ぶ」という言葉がある。時間をかけて完璧な作戦を立てるより、拙くても早く動くほうが重要だという意味だ。拙い分は後から適宜変更して修正していけばいいが、早く動かないと、後から修正するための時間を失う。遅れれば遅れるだけ、間違いに気づいても取り戻せなくなるということだ。
「それでは、さっそく初仕事をお願いしましょうか」
軽く威圧――同時に「解呪」を撒き散ら――しながら言うと、国家の大変革に湧いていた貴族たちが一斉に静まり、俺たちに気づいた。
呪詛が解けて混乱しているだろうが、警備兵が気絶するほど魔力で威圧しているので動けないようだ。好き勝手に混乱させておくと、落ち着くまで待つのが面倒だから、これでいい。
「誰だ、君たちは?」
カリス大公が尋ねた。
貴族たちの具合を見ながら威圧を少しずつ弱めているが、まっさきに口を開けるとは、大公に選ばれるだけのことはある。
「お初にお目にかかります。王国からの使者としてまいりました。
まずは大公就任、おめでとうございます。
これを機に、我が国への侵略をやめていただきたい」
東の公爵が口を開いた。
ここからは土下座公爵の担当だ。名誉挽回、ぜひ頑張ってもらいたい。
「……なるほど。さもなければ、そちらのドラゴンスレイヤーが猛威を振るうというわけだな。白鯨騎士団を殲滅したように」
カリス大公が俺を見た。
警戒とともに、恨みの色が混じっている。息子だったな、あの団長は。
「侵略を続けるのであれば、こちらも自衛のために抵抗いたします。
ですが、今回のことは何者かが仕掛けた呪詛による影響が大きい。王国では、そのように見ています。3カ国が揃って全く同じ文面で宣戦布告してくるというのは、そういう事でしょう。
ですから、呪詛さえ解けば、元通り平和的な関係に戻る道もあるのではないか、と期待しているのですが……大公はどのようにお考えでしょうか?」
土下座公爵が尋ねると、カリス大公は自分の手を見た。
それから周囲を見回し、貴族たちの様子を確認すると、決然とした様子で再び土下座公爵へ視線を向けた。
「その通りだと思う。
我々がいつの間にか呪詛に操られていたとは、まことに遺憾である。そうでなければ、我が息子も死なずに済んだであろう。
たしか宣戦布告の文面には『王国滅ぶべし』と書いたか……。真に誅すべきは、その呪詛を仕掛けた犯人であろう。
王国では、すでに犯人を突き止めているだろうか?」
「残念ながら、未だ不明です。
帝国と連邦も呪詛にやられている様子で、反乱から始まった状況の変化を見るに、おそらく帝国に潜伏しているのではないかと思いますが、確たることは何も。
ただ、ダンジョンから魔物を引っ張り出し、不死王をも使役するほどの実力者ということは分かっています。人ならざる者かと」
そうした状況証拠から、最近では北の公爵の幽閉を解くべきだという動きも出てきている。悪魔の仕業だと叫んでいた北の公爵。あのときは荒唐無稽な妄言に思えたが、どうやら真実らしいと思えてきたのだ。
「まずは呪詛への対策が必要です。王国でおこなっている方法を共有しましょう」
「感謝する。
公国は停戦の要求を受け入れ、今回の騒動に関する協力を惜しまぬと約束しよう」
カリス大公の顔が、一介の公爵から国家元首へと、塗りつぶしたように変わっていった。まるで仮面だ。感情が読み取れなくなり、大公という役割を務める装置になったようだ。
もはや俺を見る目にも恨みの色は見て取れない。晴れたわけではないだろう。ただ、より大きな、重要なことを抱えて、塗りつぶしただけだ。国家元首という立場の重さを見せつけられたような気がした。
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