後編
第1話 反乱
これまでのあらすじ――
近衛騎士ジャック・ランバーは、団長が無茶いうので辞職した。
冒険者になったジャックは、順調にランクを上げて竜殺しに成功した。
ジャックは王の食客になり、トチ狂った団長は死刑になった。
――おわり。
ある日、いつものように冒険者ギルドにやってくると、受付嬢が俺を呼んだ。
「ランバー様、指名依頼が来ております」
こちらです、と差し出された依頼書を見ると、依頼主が国防大臣になっていた。国家規模の影響がある依頼ということ。実質的にこれは陛下からの依頼だ。
ちなみに、この受付嬢は最近、俺へのアピールが露骨になってきた。
「詳しい内容をご説明しますので、別室へどうぞ」
国防大臣からの依頼となれば、国防のための軍事作戦――機密情報が満載である。その内容は他人に聞かれないように別室へ……と、ここまでは当然の対応だ。ここからが受付嬢のアピールタイム。
案内された小会議室に、上等な紅茶と茶菓子が出される。受付カウンターにいた時よりもボタン1つだけ胸元を開き、わざと見せつけてくる。
俺が見ないように目をそらしていると、わざわざ回り込んでくるのだから徹底している。
「……黙って無視していても通じないようだから言うが、俺に単純な色仕掛けは通じないぞ? これでも貴族だからな。利権が絡まない関係というのは、あり得ない」
受付嬢はたしかに美人だが、それだけだ。付き合って俺や実家になにか利益があるかというと、何もない。これが支部長だったら、冒険者ギルドとの関係が深まり、情報が入りやすくなったり、戦力を融通したり、そういった戦略的互恵関係ができるのだが、受付嬢にそこまでの権力はない。
愛人を囲うのは慈善事業とみなされるが、それは「裕福な者が貧しい者を養う」という意味だ。受付嬢は「貧しい者」か? 答えはノー。普通に食っていける。わざわざ養ってやる必要がない。
まあ、こんなのは建前で、ほとんどの貴族は見目麗しい女を囲いたがるのだが……そのあたりも俺や実家は「堅物」だ。建前の通りに本音を貫く。どこまでいっても国王陛下に忠誠を。
「……失礼しました」
いそいそとボタンを締める受付嬢。
しつこく粘るようならどうしようかと思ったが、これなら安心だ。
「あんたと付き合って得になるようなら、また教えてくれ。そのときは考えよう」
受付嬢が支部長に昇進したとか、受付嬢の実家が商売で大成功したとか、なにかあれば再検討の価値がある。
「で、依頼内容は?」
「機密情報を含むため、国防大臣から直接説明したいとのことでした。
依頼内容としては、国防大臣に面会して話を聞くだけです。その際に国防大臣からなにか頼まれた場合、それを引き受けるか断るかは、今回の依頼の成否に影響しません」
わざわざ小会議室で話すということは、機密情報を含む話だ
機密情報にも、その機密性にいくつかの段階があるが、これはレベルの高い扱いのようだ。
◇
王城で国防大臣に面会を求めると、大臣の執務室ではなく、なぜか謁見の間に呼ばれた。すなわち話の席に陛下もいるということ。それだけ事態が深刻なのだろう。
顔を合わせると、挨拶もそこそこに本題に入る。
「地方貴族が独立を宣言して反乱を起こした。
その規模はまだ小さいが、厄介なことに加速度的に勢力を拡大している」
「反乱軍は、近隣の領主に対して、人質を取って脅している。
脅された貴族は、反乱軍に指示されて、さらに周辺の領主から人質を取る」
「なんと……」
陛下があらましを説明し、国防大臣が補足した。
むごい話だ。脅された貴族たちには同情を禁じえない。人質を見捨てるのは難しいが、かといって脅しに屈したら対外的には自分も反乱軍の一員。事情を知っても、協力して反乱軍に逆らうというのは難しい。
もし脅された貴族が、同じように脅された貴族と協力して反乱軍に立ち向かおうと考えたとして――「自分」はまだ聞いていないかたまたま選ばれなかっただけで、「相手」は相互監視の命令を受けているかもしれない。なのに王国を裏切って反乱軍に従った「相手」を信用できるか? まして人質の命がかかっている場面で。無理だ。
反乱軍の支配圏は放射状に広がっていくだろう。まさに加速度的。広がれば広がるほど、接する隣接領地が増えて、さらに勢力を拡大する。
「囚われた人質の所在、次に狙われている領主、反乱軍の内情……それらの調査や妨害工作のために、暗部は今、大忙しだ。負担しきれず法務局が協力しているほどにな。
ジャック・ランバーよ。今回そなたには、当局の手が回りきらない部分を手伝ってもらいたい」
法務局……ということは、特殊尋問官が使われているのか。
これは、よほどの事だ。しかし国体の維持を妨げる行為――偽造通貨の製造や反乱などは、殺人や放火よりも罪が重い。つまり、そもそもが「よほどの事」なのだから、その対応も「よほどの事」になるのは当然だ。
「北部を担当する暗部の部隊長……これも表向きは地方領主をやっているが、それが娘を人質に取られ、脅されている。
この娘が囚われてる収容所は特定済みだ。救出してきてほしい」
領主と領地軍あるいは領民に偽装している暗部……実際にそこに住んで暮らすことで、現地の風土をよく知り、暗部として動くときもバレにくい。だが今回は、その偽装が仇になったか。
「ただし、今後も他の収容所から人質を救出することを考えると、できるだけこちらの動きを悟られたくない。そこで、収容所は魔物に襲われたという事にして、人質は生死不明という形にしてもらいたい」
なるほど、俺が呼ばれたわけだ。
魔物を収容所まで連れて行って、収容所を襲わせ、なおかつ人質は無事に救出する必要がある。人質を生死不明の状況にするには、収容所を徹底的に破壊して掘り起こすのが困難な状態にしておくことと、敵兵の死体も誰のものか分からないほどバラバラにして人質のものかどうか分からない状態にしておく必要がある。
魔物のなすりつけ、暗殺の色が強い殲滅、施設への破壊工作、死体損壊……暗部はいつもこんな汚れ仕事をしているのか? 花形部署である近衛騎士団とは正反対だな。交流がないから知らなかったが、頭の下がる思いだ。
「それで私が選ばれたわけですね」
調教していない魔物を、目的地まで連れて行って、思い通りに加減して襲わせる。普通は無理だ。注意深く誘導し、混乱に乗じて人質を救出、その後に改めて破壊工作という手順を踏むだろう。
しかしドラゴンの血肉を平らげ強化された今の俺なら、力ずくで実行できる。嫌がる魔物をむりやり引きずっていける。ぶん殴って追い立てれば、収容施設を襲うだろう。強引に押さえつけて、いい具合に加減させることもできる。つまり俺にとっては単純な力仕事だ。
「その通りだ」
「むしろ、これに関しては暗部よりそなたの方が適任だろう」
「お任せください」
◇
現地周辺に到着した。
ここから魔物を引っ張っていって、人質を収容している施設を襲撃する。
ちょうど近くにダンジョンがあるので、そこから魔物を調達しよう。十分に強いことが前提だが、同じランクに分類される魔物でも、強い理由にはいくつか種類がある。
たとえばクマとハチはどちらも生身の一般人では手に負えない相手だが、クマを腕力で圧倒するような怪力の持ち主でもハチが相手だと逃げるしかない。
今回の場合、ハチ系よりクマ系がいいだろう。デカくて怪力でタフなやつだ。力任せに引きずったり押さえつけたりすればいいので、制御するのが簡単である。
それに建物を倒壊させても不自然でない。事後に調査や救助が到着したとき、建物が倒壊していると手間取るだろう。他の人質を探して救出するための時間を少しでも多く稼いでおきたい。
「おら、捕まえた」
「グギャアアア!?」
暴れん坊のタフガイ、ジャイアントダッシュタートルだ。ゾウのように巨大な亀である。しかもイノシシみたいに高速で突進する。デカい、速い、硬い。その甲羅は岩より固く、建物に叩きつけても、ほとんどダメージが通らないはずだ。
暴れて逃げようとする大亀を、力任せに引きずっていく。ドラゴンの血肉を平らげた今の俺には、さしたる抵抗に感じない。
「いい武器を手に入れた」
そのまま人質の収容施設まで引きずっていった大亀を、施設めがけて投げつける。
姿を隠す魔法を自分にかけて、投げた大亀に走って追いつき、その間に土属性と風属性の探知魔法で人の場所を把握。この段階では人質なのか敵兵なのか分からない。着弾寸前に再び掴んだ大亀を、投げた勢いを殺さないように振り回す。見た目には、ダッシュした大亀がつまづいて転んだような感じになるだろう。
ズガン! ボガン! ドゴン!
景気よく収容施設が倒壊していく。もちろん人のいない場所を狙っている。
慌てた様子の反乱軍兵士がわらわらと出てきた。探知魔法によって、その動きはすべてリアルタイムに把握している。動かないやつは人質だ。
「脅されて強要されてるだけかもしらんが……ゆるせ」
判別してそれぞれの脅迫材料を取り除いてやる暇がない。
大亀を振り回し、まとめて薙ぎ払う。赤い爆発が連続する。逃げそこねた蚊のように、敵兵が赤い汚れに変わっていく。砕け散った武具と肉片が散乱し、どれが誰のものか分からなくなる。
むごたらしい光景だ。冒険者が人や魔物を殺すときは、なるべく原形をとどめて殺す。それは倫理的な理由ではなく、剥ぎ取った素材が売れるとか、判別できれば懸賞金がもらえるとか、そんな理由だが……結果だけ見れば、まるでアンデッドの群を滅ぼしたような凄惨極まる地獄絵図である。
「これは正気を保つのが難しいだろうな」
あえて他人事のように言う。
誰がやっても、そうだろう。普通の戦場でさえ精神を病んでしまう兵士がいるのだから。俺だけじゃない。視野を広げ、別の部分を見ることで、目の前の問題から目をそらす。
俺は祈るように考え続けた。これは陛下への忠誠のためだ。俺が正気を保てれば、陛下への忠誠は本物だという証拠。
心の何処かで、これでは狂信者と変わらないと悟りながらも、精神を保つにはそうするしかなかった。そうすることで、眼前の光景を他人事として見ていられる。
「反乱軍に捕まった人質だな? 助けに来た」
施設の地下。人質を目視で確認した。
服装から貴族だと分かる。
「さあ、逃げよう」
鉄格子を腕力でむしり取って、手枷・足枷を握力で握りつぶす。
あとは脱出するだけだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます