第2話 伝令の部隊長

 ある日――


「これを見てくれ」


 エリンが2つの魔道具と1つの金属を取り出した。

 魔道具は、よくある照明器具で、1つは光を出すもの、もう1つは光を遮るもの。昼夜逆転した生活になっている人には、どちらも馴染み深い。カーテンではいまいち暗さが足りなくて眠りが浅くなるのだ。

 金属は、俺がダンジョンから見つけてきた未知の素材だ。ドラゴンの鱗より頑丈で、破壊できず、加工方法が不明。しかしダンジョンの壁や床に使われていて、その一部が壊れていたので拾ってきた。力が足りないか、方法が正しくないか分からないが、どうにかすれば破壊も加工もできるはずなのだ。


「これが?」


「こうなる」


 俺が尋ね、エリンが答えた。

 2つの魔道具の間で、エリンがゆっくりと金属を動かす。

 光を出す魔道具は影響されないが、光を遮る魔道具は金属が近づくと効果を失うようだった。

 金属を離すと、また変わらず光を遮るので、遮断、妨害、封印といったような効果だと分かる。その最たるものは――


「……もしかして闇属性に特攻効果が?」


 聖水やターンアンデッドの魔法みたいに、聖なる攻撃というのは存在する。それらは闇属性に絶大な効果を発揮するが、それ以外にはショボかったり無効だったりする。聖水も、普通なら武器にかけてアンデッドへの攻撃力を確保するために使うが、人間にとってはただの水なので遭難したときの最後の飲み水にする冒険者もいる。

 しかし物理的強度の高いものは珍しい。というか、たぶん他にはない。ましてドラゴンを殺せる武器の素材になりそうな強度なのに、闇属性に特攻があるとなると、唯一無二だろう。闇特攻の物質は、たいてい変形しやすく、武具の素材に向かないのだ。

 例外的にミスリルはそれに近いが、あれは闇属性に特(特別に攻撃力を発揮)ではなく、魔力に特(特別に効果的)だ。魔力を増幅する効果が強く、魔法剣士に人気である。ただし魔術師や僧侶は、属性特化の宝石を使う。ミスリルより効果が高いからだ。


「今のところ、攻撃効果は認められないね。離せばもとに戻るからさ。

 あたしの予想では、極端に効果を弱めるんじゃないかと思う。闇に対して、濃霧で視界を悪くする、みたいな効果を持ってるんじゃないかな、と思うんだよね。

 ただ、その効果が強すぎて魔道具じゃ実験結果に差が出ないんだ。悪いけど、強い魔物で試してみてくれないかね?」


「闇属性の強力な魔物……エルダーリッチとかに近づければ、極端に弱体化するかも、ということですね」


「そういうこと。

 で、そうだとすると、加工法もかなり限定される。たぶん聖なる炎でないと熱を加えられないとか、そんな感じじゃないかな」


 俺は引き受け、試してくることにした。

 エリンと付き合うのは、この手のヤバい研究をこっそりやるためだ。バレたらどこの誰から狙われるか分からない。


 で、結論から言うと、この実験は成功した。報告したとき、エリンは嬉しそうに笑った。


「そうか! やっぱりな。

 よし、じゃあ後は任せな」


 バタン。

 ドアが閉まる。工房へこもって、加工方法の研究を始めたようだ。

 俺は放置された。ちょっと泣いていいだろうか。



 ◇



「北部の伝令部隊を率いる隊長を排除してほしい」


 王城にて、俺は再び国防大臣から依頼を受けた。

 前回は、北部を担当する暗部の隊長の、その娘を救出した。今回は同じ地域の、伝令の部隊長だ。

 暗部と伝令部隊は、どちらも情報を扱うが、その種類が違う。おおむね、表沙汰にできる情報を扱うのが伝令部隊、表沙汰にできない情報を扱うのが暗部といっていい。同じく情報戦を担当する部署だが、このように2つに分類できるわけだ。

 別の分類法もある。これも2つに分類するのだが、1つは情報収集で、もう1つは敵の情報収集を邪魔することだ。偽情報を流したり、情報を隠したり、あるいは情報伝達手段を破壊したり。暗部や伝令部隊を寝返らせるのは、相手の情報伝達手段を奪うことになる。しかも、そのままこちらの情報収集に使えるのだから一挙両得だ。


「知ってのとおり、北の国境は、その先が帝国だ。油断ならない相手を、外から監視する役割として、この部隊長は非常に優秀だった。

 しかし今は反乱軍に脅されて動いている。殺すには惜しい男だが、そのままにしておいては北部の反乱軍の動きをつかめない。あまりに優秀なので、暗部が入り込めないのだ。

 小部隊で実績を出してから、全軍に彼のやり方を広める予定だったのだがな……」


 と、国防大臣はため息をつく。

 そういうわけで、伝令の部隊長をさらってくる事になった。


 飛行魔法で現地の近くへ。これも燃費の悪い魔法で、常人ではほとんど飛行時間を得られない。魔法でむりやり揚力を得ているのだから当然だろう。物理的に滑空できる物体であればかなり燃費を改善できるが、常人が飛ぶならシングルベッド20個分以上もの大きな翼が必要になる。まあ、俺は魔力でゴリ押しするが。

 高台の上に着地して、伝令の部隊長が詰めている村を見下ろす。

 地図で見ると、少し離れた所にもっと大きな街がある。あえてこの村を選んだのだろう。少し観察していると、現在では伝令部隊の構成員だけで住んでいる村だとわかった。わざわざここに伝令部隊のための村を作ったのかもしれない。


「さすがに索敵はバッチリだな」


 村を見下ろし、俺は感心した。

 探知魔法は使わず、身体強化の魔法で視力を上げている。探知魔法を探知する魔法というのもあって、侵入者を探すときには役立つものだ。たぶんここの敵も使っている。それに、探知魔法を使わなくても魔力を見る方法がある。

 村を囲むように配置された農業用の倉庫を見張り台に使って、歩哨が2人1組で立っている。どの倉庫の上でも、2人が背中合わせに位置しており、死角がない。

 しかも探知魔法を複数使っている。姿隠しの魔法を使って近づいても、探知されてしまうのは確実だ。あれは光属性の魔法。別の属性の探知魔法には引っかかる。

 急襲して、相手に反応する暇を与えず、一気に隊長をさらっていければいいが、ドラゴンのパワーに任せて突っ込むような荒っぽいことをすると、うっかり隊長が死んでしまうかもしれない。

 ここは、1人ずつ眠らせていくか。



 ◇



「おつかれ」


 巡回警備の歩哨が、定点警備の歩哨と合流する。


「ああ、おつかれ。じゃあ、行ってくる」


 2人は役割を交代し、定点警備だった歩哨が巡回ルートを歩き出す。その先で定点警備に立っていた歩哨と交代して……というのを延々と繰り返す警備体制だ。

 同じ景色に慣れてしまって油断する――視界に入っているのに脳が認識しない状態になる――のを防ぐための方法である。また、同じ風景でも別の人が見れば何かに気づくこともある。


「……異常なし、と」


 定点警備を始めた歩哨は、左右を見回して両隣の歩哨を確認した。

 定点警備の歩哨が立つ地点は、その前後の巡回ルートの先にある定点警備の地点を肉眼で確認できる。つまり、単独で歩哨に立っていながら、実質的に3人組なのだ。


「……ふー」


 タバコに火をつけ、煙を吐く。

 タバコの健康被害は大きいが、ストレスを抑制する効果もまた大きい。もし生きて引退できたなら、精神を病むのと肉体を病むのと、どっちがマシか……かなり多くの人が、後者を選ぶ。

 世話してくれる近親者に感謝を伝えることもできないのは心苦しいし、肉体の衰えよりも狂乱状態のほうが、世話してくれる人に与える負担――放り出したくなる気持ちにさせる度合い――が大きい。

 もっとも、引退するより先に死ぬ確率のほうが高いのだが……と、自嘲しながら歩哨は再び両隣を見た。


「……異常な――あ?」


 右の歩哨、異常なし。

 左の歩哨、姿なし。


Z1ズールーワン! どこか!?」


 異常を認め、歩哨が声を張り上げた。

 仲間に伝える意思をもって声を発する。それが大声なのか小声なのかは問題ではない。条件を満たすこと――それのみが魔法を発動する鍵となる。

 念話の魔法。それも大勢に対して同時に送受信でき、かつ通信可能な距離も長い。それが部隊長を優秀たらしめる秘密だ。

 通常の念話は、1対1の個別通信。同時に複数の相手に送信しようとすれば、内容を人数分だけ複製して送信することになり、それだけ術者の負担が増える。

 ところが、この部隊長が独自開発したグループ通信の魔法は、仮想的な会議室を設置して、すべての送受信がそこを経由する形になっている。全員が仮想会議室にアクセスできるため、1度送信すれば全員が内容を確認できる。メンバーがどれだけ増えようと、術者の負担は変わらない。

 付近の歩哨が一斉にZ1ズールーワンの方向に注目する。

 しかし返事がない。


Z1ズールーワン! 応答せよ! どこか!?」


 再び呼びかけるも、やはり返事がない。

 見に行くか? などと普通なら考えるだろうが、そこは優秀と評される隊長の指揮下である。こういう場合にどうするかという事が、ルールとして決まっている。誰何する場合は2度まで呼びかけ、適切な応答がなかった場合は敵もしくは異常事態として、次の行動を実行すること。判断する余地はない。ゆえに迷うこともない。

 何事もなければ、それが一番いい。持ち場へ戻るだけだ。


司令部HQ、こちらZ4ズールーフォー! 異常事態発生! Z1ズールーワンが所在不明になった! 対応指示を求む!」


 念話魔法で部隊長に報告しつつ、声を張り上げて近くの仲間に直接報せる。仲間も念話魔法による報告は聞こえているが、声が聞こえることでZ4ズールーフォーの位置を直感的に把握しやすくなる。

 しかし、一番近い右の歩哨を振り向くと、さっきは居たはずの歩哨が消えていた。

 ちなみに番号がランダムなのは、そこから敵に情報を与えないようにするための工夫だ。1から順に番号を使っていると、部隊の規模が知られてしまう。番号と配置に規則性があったりすると、番号だけで位置まで特定されてしまう。そういった事から、ランダムにしておいたほうが安全なのだ。


「うお!? Z10ズールーテン! どこか!? Z10ズールーテン! 応答せよ! どこか!?」


 またも応答がない。

 忽然と消えてしまった。何が起きたのか分からない。しかし何かが起きているのは確実だ。姿も気配もないが、これはおそらく敵。


司令部HQ! こちらZ4ズールーフォー! 部隊が敵の攻撃を受――!」


 言い終わる前に、歩哨の姿はその場から消えた。



 ◇



 こっそり動くのは手順が多くて面倒だが、作業自体は単調だった。外側から順番に1人ずつ、玉ねぎの皮を剥くように順番に敵を削っていき、最後は部隊長。そして誰もいなくなった。

 おれの攻撃だということは、すぐに気づかれたようだが、圧倒的な身体能力で短時間に大きく回り込むのが効果的だった。東のやつがやられたと騒いでいる間に、西のやつをやる。いつ、どこから来るのか分からなければ、対処しようがない。


「さて、それじゃあ後始末といきますか」


 高濃度の魔力をひねり出し、火属性を与えてブッ放す。ドラゴンの炎のブレスと同じものだ。村は一瞬で火の海になり、建物は瓦礫も残らず蒸発してしまった。これで後始末は完了だ。

 部隊が消えれば、反乱軍は「離反した」とみなして人質を殺すかもしれない。だが部隊が拠点にしていた村が消し飛んでいたら、まずは攻撃されたと考えるはずで、離反したとは考えにくいだろう。

 これが俺の仕業だとバレる可能性も低い。俺はドラゴンスレイヤーとして「ドラゴンを殺した」ことは広く知られているが、その血肉を平らげてブレスと同じ攻撃が使えるようになった事は、エリンにしか教えていない。いくらドラゴンスレイヤーといえど、ブレスが使えるなんて誰が思うだろうか。完璧な隠蔽工作だ。ドヤァ。

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