第3話 泥沼の戦い

「家に帰ったら、妻も息子もいなくなっていたんです。

 周囲を探してみると、私の不在中に馬車で来客があったとの目撃情報を得ました。おそらく、それが反乱軍だったのでしょう。家族は連れ去られていたのです。

 そのことに気づいたのは、翌日でした。荷物が届いて……このぐらいの、箱でした。てっきり壺か何かだと思ったのですが……開けてみると、中には……中には、つ、妻の首が……ッ!

 奴らが殺したんです! 逆らったら息子も……!」


 回収された伝令の部隊長は、状況を正しく認識していた。

 事情聴取には協力的で、人質になっている息子にはあまり時間が残されていないことを悟っていた。協力的に話すのは、一刻も早く息子を救出してほしいからだ。


「……というわけで、部隊長の息子を救出してほしい」


「これで3度目になるが……毎回裏方仕事ですまない。

 だが表に出せないのだ」


 例によって王城である。陛下と国防大臣から説明を受けた。


「承知しております」


 ドラゴンスレイヤーの戦力に頼っていると思われたら、王国軍がナメられる。反乱軍の鎮圧に手間取っている今、周辺国からナメられるのは避けたい。侵略される可能性が上がるだけだ。


「ですが、たびたび『強力な魔物が突然襲ってきた』と見せかけるのは、いささか不自然かと。やっても、あと1度……おそらく、次に実行すれば反乱軍は、見せしめに人質を殺すと思います」


 敵にまったく気づかれず、一切の痕跡を残さずに、人質だけを救出できれば、反乱軍もこちらの仕業だとは断定できないだろう。だが、それは俺にはできないことだ。なんせ俺はただ強いだけで、隠密行動の技術がない。冒険者的な表現でいうなら、戦士と盗賊は別なのだ。


「さもありなん。

 そこで、残りの人質を一気に救出するための強襲部隊を用意している。そなたの活躍で稼いだ時間を使って、暗部が人質の所在を調べていたが、それと同時に強襲部隊を編成して人質救出作戦の訓練を繰り返していた」


「電撃的に強襲することで、人質に手を出す暇を与えずに、一気に敵を制圧する。これを、判明した収容施設に対して、同時一斉におこなう」


 陛下が概要を語り、国防大臣が補足した。


「それは……」


 何人かは死ぬだろう。

 だが暗部と伝令部隊を掌握した今、残りの人質は少しぐらい犠牲になっても仕方ないという判断か。非情なようだが、現実的に全員を確実に助ける方法はない。できるだけ多く、できるだけ高確率に救出するには、これしかない。


「……用意した強襲部隊より、収容施設が1つ多かったという事でしょうか?」


「いや。そなたに頼むのは『収容施設』ではないのだ」


「本来は軍事基地として建設され、実際に今も軍事基地として使われている。その地下にちょっとした牢があって、伝令部隊長の息子はそこに囚われている。

 つまり、強襲部隊では手に負えないほどの戦力が駐留している。仮にそこを制圧できる部隊を送り込むとなると、接近する前に発見されてしまうような規模になる」


「では今回は、あたかも強襲部隊が攻め込んだかのように偽装しつつ、人質を救出せよ、という事になるのですね?」


 ドラゴンスレイヤーに頼っていないアピールをするためには、俺の存在を隠すしかない。だが魔物を使って偽装すれば、さすがにもうバレる。代わりに何を? 都合よく強襲部隊が動くから、それに偽装すればいい。


「その通りだ。

 裏方仕事ばかりで、そなたの功績にカウントできないのが残念だが……そなたの貢献は、余の心のうちにとどめておくと約束しよう」


「反乱軍を鎮圧し、王国に平和を取り戻すためだ。

 どうか、よろしく頼む」


「もちろんです。

 近衛騎士団をやめても国王陛下に忠誠を捧げることに変わりはありません」



 ◇



 作戦は完了し、反乱軍に捕まっていた人質はまとめて救出された。

 また戦闘シーンが来ると思った? 騙されたな、お前ら。前回と似たような感じになるから全カットだ。2度まで敵を騙して動いたから、今回は読者を騙すことにしたのだよ。ふっふっふっ。敵を騙すにはまず味方からっていうし? あ、敵を先に騙したから順序が逆なのか。駄目じゃん。

 これで北部の領主たちは、反乱軍から離反し、王国の指揮下に戻る。もっとも、1度でも反乱軍に加担した事実がある者たちは、あとで大なり小なり処罰が待っている。いくら脅されていたとはいえ、そこは国としての体裁というやつだ。まあ、謹慎1週間とかそういう、実質休暇みたいな感じになると思うが。さもないと領主が大量に不在になり、代わりの人員を用意できない。

 ただし、実施は後回しだ。今はそれどころではない。


「東部貴族たちと西部貴族たちが、反乱軍に寝返った」


 信じられない情報がもたらされた。

 北部貴族たちは人質をとられていたから分かる。だが東西の貴族たちには、そういった異変は起きていない。いつの間に、なぜ? 反乱軍はどうやって寝返り工作を進めたのだろうか?

 いや、問題は「どうしてこうなったか」ではなく「これからどうするか」だ。王国は一気に劣勢に立たされてしまった。


「中央部と北部のみ……ほとんど3分の1になってしまったわけですね」


 王国の南は海が広がっている。

 北は帝国に接し、西は連邦に接している。この2カ国はいずれも大国だ。

 東北には帝国に接している砂漠地帯、東にはその砂漠地帯に接している共和国。

 王国の南は海なので、共和国と連邦の南も海だ。

 取り戻した北部はまだ荒らされた状態から立ち直れていない。なのに東西が離反したら、中央部しか残っていない。王国には「南部」と呼べる土地がない。そう呼ぶべき位置には、湾があるだけだ。

 ちなみに、王国の王都は中央部やや西寄りにあり、俺の故郷ランバー伯爵領はそこから東に進んだ位置にある。王都とランバー伯爵領には、海につながる運河がある。この運河は、かつて王城を建築するときに、ランバー伯爵領から丸太を運んだという。丸太はランバー伯爵領から運河を下って海に出た後、王都から流れ出る運河を遡上して王城へ向かった。

 運河は、今でも物流に使われている。だからこの2本の運河が戦場になるほど押し込まれたら、物流が滞って経済が麻痺してしまうだろう。現状はその1歩手前。かなりマズい。


「順調に反乱軍の勢力を削っていると思ったら、一転して追い込まれてしまったわけだが、まだ王国軍は負けてはおらん。ドラゴンスレイヤーに頼るのは、まだ今ではない」


「陛下……恐れながら、もう『王国軍がナメられる』などと言っている場合ではございませんぞ?」


「大臣、それは余も分かっている。

 だが、ここでドラゴンスレイヤーを頼って逆転するか、頼らずに逆転するか、その差は今後の王国のあり方を決定してしまう。

 いよいよ困ったらドラゴンスレイヤーに頼ればよい。そんな実績を作ってしまうと、そんな程度の考えで騎士や兵士になる者が現れるだろう。骨のない軟弱な軍では国を守ることはできぬ。

 今こそ王国軍の覚悟が問われる時だ」


「ははっ……!」


 心配そうに反論した国防大臣が、陛下の覚悟を聞いてかしこまった。

 負けるかもしれない。だが負けても最後の一兵まで戦い抜く。その姿勢こそが、戦後の処遇を左右するだろう。たとえ一時は敗戦国として不平等条約を強いられたとしても、100年後にはまた堂々たる独立国に返り咲けるかもしれない。いや、必ず返り咲いてみせる。そのための気骨を持つか捨てるか、今がその瀬戸際なのだ。

 さすがは陛下。目前の戦いに目を奪われてしまった国防大臣と違って、陛下の頭にはいつも国家百年の計があるということだ。進むべき方向さえ見失わなければ、回り道はしても迷子になることはない。


「……ジャック。そなたには、東部貴族を調べてもらいたい。

 なぜ反乱軍に寝返ったのか……この尋常ならざる状況変化の早さ。どうも反乱軍の後ろで糸を引いている者が居るような気がしてならぬ」


 西部貴族は暗部に調べさせるが、と陛下。

 俺は承知して、とりあえず父上に相談してみることにした。



 ◇



 父上から聞いた情報をもとに、東部貴族を調べてみることに。

 状況を聞いた父上は、兄上に領地を任せて王城へ向かった。父上も念話魔法が使えるのだが、1対1でしか念話ができない代わりに、射程距離がやたら長い。父上が王城に詰めることで、陛下や大臣らと直接顔を合わせて話し合い、その結果を兄上へ念話で伝えて即応できる。


「後は頼んだぞ」「それじゃあ、行ってくる」


 王都へ出発する直前、父上は珍しく兄上と俺を抱きしめた。

 父上には予感があったのかもしれない。俺たちは、まだそんなに急にどうにかなるとは思っていなかった。最後は父上と兄上が連携して、騎士団を率いて総力戦みたいな形になるだろうと思っていたからだ。

 最後に母上と視線を交わしてうなずき合い、父上は旅立った。

 そして、それが父上を見た最後になった。



 ◇



 東部貴族を調べるといっても、東部貴族の全員を1人ずつ調べる必要はない。貴族には派閥というものがある。それは地域によって分かれており、飛び地になることは事実上不可能だ。飛び地になると隣接する領地から兵糧攻めにされる。つまり東部貴族は全体が1つの派閥だ。東部に領地を持つ貴族たちという意味ではあるが、それがそのまま派閥の名称にもなっている。

 そして派閥というのは組織だ。組織にはリーダーがいて、それを補佐する幹部連中がいる。調べるべきは、リーダーと幹部たちだ。それ以下の構成員は、組織の動向に関与しない。細分化した実務を、歯車のように淡々とこなすだけの労働力だ。


「これは……」


 東部貴族のリーダーたる公爵の、その屋敷がある街に近づいたとき、俺は禍々しい魔力を見た。

 魔力は普通、肉眼では見えない。だが高密度の魔力は肉眼でも見える。逆に目に魔力を集中すると、普通の魔力でも見えるようになる。俺はドラゴンの血肉を平らげて魔力が強化されているので、目に魔力を集中しなくても常に魔力が見えている。魔力は遮蔽物によって隠されるが、紙や布をかざして太陽を見たときのように、不完全ながらも遮蔽物を貫通して見える。幽霊が壁や地面を空気のように通過できるのと同じだ。

 さて問題は禍々しい魔力。弱いから常人は気づかないだろう。よく訓練した者でさえ、他の魔力と見分けるのは難しいと思う。だが、白い布に黒いシミを作ったように、俺にはハッキリと見えてしまう。

 どうやら公爵邸の誰か――たぶん公爵本人が、呪われているようだ。急に反乱軍に寝返ったことを考えれば、服従や魅了の類の呪いだと分かる。北部で人質作戦をやっていたのに、東西では呪いを……? なんかチグハグだ。陛下が予想された通り、反乱軍の背後に黒幕がいる可能性が高くなった。

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