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* * *
「それで。おめおめと逃げ帰ったというわけか?」
「申し訳ございません、シホン大司教猊下」
聖地エブスの地下修練場にて、事の
ちなみに。ここにはいないツァーカブは、先の戦闘によるダメージが大きく、会議には不参加となっていた。
「して。カナイの十字架が半壊していたこと、間違いないのだな?」
「ええ。それは確実でございます」
それを聞いた大司教は肉食獣じみた笑顔を浮かべた。
「大方。敵の手によって弱体化・位置測定機能装置の除去手術でも
それだと内藤ナイトが砲戦モード・荷電粒子砲を扱えたことの説明がつかない。
機属の技術体系は未知数。それによるものかと当たりをつける大司教。
彼は重々しく頷き、探査に秀でた使徒の名を呼ぶ。
「ハムダン。交戦記録から割り出した敵の経路は?」
「はっ──おそらくですが、このままですと機属領・アシリアへと向かうものかと」
大司教は顎髭を撫でて
ひとりの使徒が意見を発した。
「機属領に逃げ延びられたら、いくら私らでも追撃は不可能、ってもんですよ」
男装の麗人・ヤヒールがいうことは正しかった。
機属領とは、機属の領地領域であり、人が踏み入ることができない場だ。いかに使徒の力をもってしても、進撃・進軍は絶対に不可能と言われるほどの大量かつ高位の機属が群れをなしている──
「事は急がねばなるまい」
シホンは決断を下す。
「現状、アシリアまでの道中に存在する・または移動できる使徒は?」
「四名おりますが……まさか、猊下」
ハムダンが異論をはさむ余地もなかった。
「“
大司教は決意も新たに粛々と述べる。
「なんとしても、ジズを我が教団の手に取り戻さなければならぬ」
* * *
三日が経過した。
『まもなくギレアド地区を通過しま~す。このままバシャン地区を東進し、アシリアを目指しま~す』
音声ガイドが要塞内部に響く。
〈タホール〉内での生活にも慣れてきた。
ナイトは、要塞内のリハビリテーション施設にいる。
漆黒の義手義足となった体に、一日でも早く慣れようと歩行練習機の中で奮戦。
当初こそ引きずるようにしか駆動できなかった左半身も、今では普通の身体と遜色ないレベルで動かせるまでになった。
歩行練習を終え椅子に身を預ける。
「大丈夫か、ナイト」
「ええ。大丈夫です」
そして、気になっていたことを口にする。
「……カナイさんの
「──隠す意味もないな。日に日に悪くなっている。早く機属領に到達できればいいのだが」
「……そう、ですか」
──三日前。
カナイは戦闘後、唐突に意識を失った。
バロンが言うには、「使徒の十字架を壊したのが原因だ」とのこと。
ナイトは無論たずねた。「十字架を直す方法はないのか」と。
「それはできない」とバロンは断言した。
「十字架を直すことは、教団にこちらの位置を教える行為であり、何より、ナイトの生命維持機能に重篤な欠損をもたらすことになる」
「俺の、生命維持機能?」
バロンは簡潔に答えた。
「今のおまえの左半身は、カナイの十字架の一部を素材に使って、どうにか繋ぎわせている状態にある。つまり、おまえたち二人は、ひとつの命を共有している」
「命を共有?」
「そう。使徒にとって、十字架は命に等しい。その命を割り砕いて、カナイは
「そ、それって、危険なんじゃ」
「危険も危険、大危険だ。普通ならやる奴なんているわけがない。だが、カナイはそうすることを選んだ。『それが自分への罰だ』と。ただそれだけだ」
ナイトは得心がいった。
そして、感動とも感謝とも言い難い、複雑な感情に支配された。
「それじゃあ、俺がカナイさんの荷電粒子砲を使えたのも」
「そのパーツをおまえさんが取り込んだからだな。その代わり、カナイは使徒としての万全の状態は維持できない。常に半死半生の状態を味わいながら活動し続けることになる。だというのに、戦闘行動まで取ろうものなら、ブッ倒れて当然って話だ」
「そんな……」
自分が目覚めた直後のことを思い出すナイト。
気丈にふるまっていたが、その実、十字架を半壊させた代償に抗い続けていたことを知った今、カナイがどんな思いでナイトに寄り添ってくれていたのか──
しかし、バロンは冷厳に言い捨てる。
「忘れるなよ。あいつはおまえを騙し、聖地へ連れ込み、殺し合いの場へと引き出し、半機半人の肉体に変えた、張本人だ」
「そ、そんな言い方」
「事実だ」
バロンは油断するなと静かな声で忠告する。
「あいつはまだ、おまえに秘密にしていることがある。それを忘れるな」
それが三日前のこと──
ナイトは、漆黒の義手義足を眺める。
カナイから
ナイトはリハビリを切り上げ、シャワーを浴び、カナイが寝込んでいる集中治療室へと向かう。
右手で杖を突く作業も慣れたもので、〈タホール〉の居住区画でも中心に位置する治療エリアも、すっかり歩き慣れてしまったものだ。
「カナイさん……」
ガラス窓から見えるのは、ベッドの上で管に繋がれ、微動だにしない金髪褐色の乙女。かすかに上下する胸の動作で、かろうじて呼吸していることが見て取れる。治療室内は〈タホール〉の小型端末である機械類が
ナイトは切実に思う。
「ジズが、俺が、もっと強ければ……こんなことには……」
もしもの話に意味はないと分かっても、ナイトは思わずにはいられない。
「──カナイさんが俺に秘密にしていることって、何なんですか?」
ガラス窓越しに聞こえているはずもない問いを投げるナイト。
その時だった。
『敵襲~! 敵襲~!』
警告灯が赤く明滅し、〈タホール〉内に緊張が走る。」
「ナイト!」
「バロンさん!」
焦茶色の髪の青年──
ナイトはたまらず声をあげた。
「敵襲って、まさかまた」
「ああ。十中八九使徒サマだろう──だが、この機体反応の数は」
「?」
バロンはステータスウィンドウを閉じる。
「とにかく。おまえはこの区画を、カナイの傍を離れるな。連中の目的は言うまでもなく“おまえ”だ。戦闘になれば外周部は危険地帯になる可能性が高い──この間のように、荷電粒子砲で追い払えるなんて考えるなよ。いいな」
それだけを言い置いて、バロンは〈タホール〉の小型端末群を率いて外へと向かう。
ナイトは
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