難敵
* * *
「くそ! 最悪だ!」
カナイは毒づいた。
街の荒廃ぶりはウツ地区とは比較にならないほど深刻。
防衛を担う兵員の数も足りず、しかもそのほとんどが、現れた機属に対抗でき得る装備を保持していないという事実。
カアスが絶望に彩られた声色で、地響きをあげて行軍する巨柱の存在に言及する。
「どうしてユダ地区に三等機属なんて──ここは聖地のすぐそこだというのに」
この世界に転移してからというもの、ナイトは機属と異様なまでに遭遇する自分の運のなさにいよいよ嫌気がさしてきた。
ウツ地区では斥候〈ホフマー〉からはじまり、〈オメツ〉〈ツェデック〉など。
次はカアスとの邂逅で遭遇した六等機属〈カヴォート〉が三機。
そして、ユダ地区に侵攻する巨柱が十三。
ここまでくると何か運命的なものを感じざるを得ない。
──否、あるいは……。
ナイトは自分の頭に浮かびかけた可能性を即座に忘却の淵に蹴り飛ばす。
これは、考えてはいけないことだと。
「ナイト」
ドキリと胸が弾んだ。
これまでになく深刻な顔つきでいる聖女カナイは、ナイトの手を握って、懇願する。
「はじめておまえに頼む……力を貸してくれ」
「へ?」
「私らだけじゃ、あれはどうしようもできない……おまえのちからが、必要なんだ!」
「は──はい!」
ナイトはカナイの手を両手で握り返した。
三人は意を決し、中央塔を後にする。
* * *
ユダ地区の城壁守備に就いていた住人達──戦装保持者は、蜂の巣を突き回したような混乱の渦中にあった。
「なんだって三等機属なんてものが出現するんだ!」
「そんなこと知るか! とにかく迎撃態勢を」
「迎撃? バカ言うんじゃねえ!」
「あんなの聖地にいる聖騎士団でも相手になるかどうかだろ? 勝ち目なんてねえよ……」
動揺と惑乱、反発と絶望、様々な感情と言葉がやりとりされ、街の防衛部隊は完全に機能不全に陥っていた。
「に、逃げるしか」
「馬鹿! どこに逃げ場所がある!」
「中央塔にでも立て篭もれってか!」
「皆殺しにされるだけだぞ!」
「せ、聖地への応援要請は?」
「そんなものアテにならん!」
「とにかく街に近づけるな!」
「だが、実際問題、あんなモノとまともにやりあえる戦装なんて、ここにはねえぞ!?」
「いやだ、しにたくない、死にたくない!」
士気の低下は著しく、誰もが恐慌状態に陥りかけた時だった。
『聞けぇ! ユダ地区の衛士たちッ!』
通信機越しに聞こえる女性の──聖女の声に、全員が顔面を叩かれたように硬直する。
『接近する三等機属の群れは、私たち“三人”が引き受ける! おまえたちは他に出現する機属の可能性に留意しつつ、街の防衛に専念しろ! わかったな!』
通信を聞いた全員が、反射的かつ本能的に答礼を返す間もなく、晴天の青空を引き裂く〈ミソパエス〉と〈レリウーリア〉の姿があった。
「せ、聖女様たちだ!」
「そうだよ! あの方々がいらっしゃったんだ!」
「全員持ち場につけぇ!」
遅れて現実に引き戻された彼らは、希望と活力を取り戻した瞳で、自分たちに出来る
* * *
ユダ地区の衛士たちを焚きつけたカナイは、通信をカアスに絞った。
『先陣は任せたからね、カアス』
『無論です。安心して任せてください、先輩』
その一方で、
「大丈夫か、ナイト?」
カナイの漆黒のパワードスーツ〈ミソパエス〉内へ共に格納され、カナイの胸の中に抱かれる形となったナイトは、緊張のど真ん中にいた。
「だ、だいじょうぶ、です」
明らかに虚勢とわかる声を出してしまう自分を恥じるナイト。
だが、そんな少年をカナイは決して笑わない。
「無理するな。──三等機属〈スィムハー〉は、私でも手こずる怪物だ。しかも街を背にした防衛戦。緊張しない方がどうかしてる」
計器類のモニターに青白く照らされる金髪と褐色の肌、黄金の瞳は少しも物怖じすることなく、戦場を悠々と飛ぶ。
「私とカアスが最大限援護する。おまえは機神ジズとやらで、十三基の化け物を一基ずつ叩き壊してくれればいい」
簡単だろ、と
ふと、ナイトは突然たずねたくなった。
「シスターは、カナイさんは、怖くないんですか?」
その質問に虚を突かれたシスターは一瞬の間だけ考え込み、
「怖いよ」
と告げる。そして続ける。
「誰も守れないことが。何も護れないことが。それが、私は一番、怖い」
ナイトは思わず魅入ってしまった。「らしくないことをいってしまった」と笑う彼女は、そろそろ作戦開始だとナイトに教える。
少年は深呼吸をひとつつく。カナイがよく吸っている煙草の香りが、鼻腔をくすぐった。
「いくよ!」
「はい!」
ナイトは〈ミソパエス〉の内部から高空に放り落される。
すでに戦闘を始めていたカアス──〈レリウーリア〉を眼下に確認しつつ、敵の異質さに改めて心臓が凍り付く。
しかし、
「ジズ、顕現」
彼を中心として、赤い管が線を描き、分厚い装甲が人型がなしていく。
ユダ地区南の空に現れたのは、全高二十メートルの、真紅の巨人──
「はあああああああああああああああああああああああああああああッ!」
ナイトは、もはや慣れきった感覚と共に、機神ジズを操作する。
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