巡礼





   * * *




 二台に増えたオフロードバイクは、順調に北上し、ユダ地区の街を目視できる範囲に捉えた。


「行くよ」

「はい」

「ええ」


 カナイ、ナイト、カアスの三人は頷く。

 三人を乗せた二台のバイクは、やがて街の門の前で制止の声を受けた。


「止まれ! 何者か? 何用でユダの地に足を踏み入れる?」


 守衛塔にいる門兵の声には余裕の色がない。

 外からくるものを隔絶する拒否感が見え透けるようだった。

 それに対し、シスター・カナイは朗々と告げる。


「私らは巡礼の使徒シャリアッハ天使マルアフ教団の聖徒だ」

「な、あなた方がっ!?」


 にわかにざわつく門兵たち。

 続けざまに、彼女はその確たる証拠として、オフロードバイクを元の機械十字に戻して証とする。


「我々は聖地エブスへの帰還の途の真っ最中だが、この街の首長、あるいは顔役と面会したい! わかったら門を開け!」


 ほどなくして、街の門はナイトたちの前に開かれた。

 ウツ地区と似た、中央に塔の残骸がそびえる街の中は、砂塵と泥土と鋼鉄、そして血のいりまじった臭いに包み込まれている。

 案内人役を務めてくれる守衛長が、カナイたちに対し街の近況をつぶさに語ってくれた。


「見ての通り。我々は物資不足で困窮しております。使徒さま方をお迎えする準備もできず、誠に申し訳ございません」

「そうか。いや、気にするな。もともと歓迎の式典など期待していなかったからな」

「はぁ。せめて給水プラントを回す燃料でも確保できれば、マシにはなるのですが」

「そうか。だが安心しろ。一両日中に、じゅうぶんな燃料は私らが供給する」

「は? いえ、ですが、どうやって?」


 カナイはそれに答えず、かわりに「燃料だけじゃない。期待しておけ」と守衛長の背中を叩いて、先を急がせる。


「…………」


 カアスの隣を歩くナイトも、街の荒廃ぶりを目の当たりにして何も言えない。

 ウツ地区は確かに荒れた街であったが、人々の目には活気が満ちていた。だが、ここにはそれがない。誰もが今日を生きていくだけで精一杯といった風情だ。


(なんとかしてあげられるのか──俺が──)


 にわかには信じがたい思いを胸に秘めつつ、ナイトは足を進める。

 ふと、隣で紅玉の十字架を担ぐカアスが、小声で話しかけてきた。


「ユダ地区は、聖地エブスの比較的近郊ということで、機属の侵攻が少ない土地ですので、民が自発的に外へ撃って出て、機属を狩る以外に資源を得る方法がない街なのです」

「そんな」

「場合によっては、聖地から、いえ教団から支援物資を援助することもあったそうですが、それも──」


 カアスは言葉を区切った。

 守衛長が案内した貧相な小屋の中に、カナイが入り込んだからだ。

 二人もその後に続く。薄暗い空間と埃っぽい空気が、一同を迎え入れる。


「……お久しぶりでございます、カナイ様、カアス様」


 部屋の奥に座っていたのは、枯れ木を思わせる老人だった。髪は全て白く、足が悪いのか杖が傍にある。身に着けるものも必要最低限のものばかり。とてもではないが、街の最高位に位置する人物だとは思えないほど、その声量はかぼそく貧弱だった。

 その老人がナイトと目を合わせる。


「? そちらの方は?」

「は、はじめまして。自分はナイトって言います。えと……」

「私の名はジフと申します。この街の顔役にして長老にございます」


 ナイトは嘲弄に歩み寄り、膝を折って握手を交わした。

 しかし、長老ジフは解せない表情で修道女の方を見る。


「して、カナイ様。この新しい少年はいったい? 使徒さまというわけではなさそうですが?」

「ああ。ナイトは私らとは違う。証の十字架も持ってないしな。だが」


 カナイは直截的に断言する。


「この街を救ってくれる・・・・・・ヤツだ」

「なんと!」


 よたよたと腰を上げる老爺ろうやを、ナイトはかろうじて腕を回し支える。


「そのようなことが、本当に、この少年に?」

「私の言葉を疑う気か、ジフ?」

「いいえ滅相もありません──ただ」

「論より証拠だ。ナイト、出してみせろ・・・・・・


 カナイに命じられるまま、ナイトはあるものを“空間から取り出す”。


「こ、これはいったい?」


 混乱する長老の前で、ナイトは次々と“ポリタンク”を引っ張り出して整然と並べる。

 カナイが含み笑いを浮かべ、告げる。


「六等機属〈カヴォート〉の残骸から採取した高等燃料だ。まだまだあるぞ? 早くプラントに案内した方が、街のためになると思うが?」






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