真実






   * * *




 ナイトは凝然ぎょうぜんと、目の前の老人──ではなく青年を仰ぎ見る。


「“半機半人サイボーグ”?」


 さらに青年は驚くべき言葉を口にする。


「そして、ここは二等機属──“浮遊要塞”または“大砂嵐”と呼ばれる〈タホール〉の内部にある居住区画だ」

「き──機属の、なか?」

『ダンナさま~』


 間延びした機械音声が病室に転がり込む。


『お客様方にお食事をお持ちしました~』

「ありがとう、〈タホール〉」


 あらわれたのは、浮遊する球形の小さなロボットだった。

 それは見る者が見れば、機属〈タホール〉の縮小版とでもいうべき姿形に見えたことだろう。

 バスケットボール大のロボットは、ナイトとカナイへの食事──湯気の立つスープとふわふわのパンをテーブルに並べ終えると、『ごゆっくり~』と言って、そそくさと病室を後にした。

 ナイトは愕然としつつ訊ねる。


「今のも、機属?」

「ということだな。この内部空間の管理維持を任されている端末のひとつだ」


 ナイトは困惑を隠せない。

 清潔な病室も、真っ白な寝具も、ほとんど揺れを感じさせない建造物も、今まさに食事を運んでくれたロボットも、すべてが機属であるのだと言われても、即座に納得を得ることは難しい。

 そんな彼の様子に頷きつつ、「そのうち納得してくれればいい」と青年は笑って、ベッド脇の椅子に腰かける。

 そして、信じがたい言葉をナイトに向かって告げてみせる。


「おまえ、『ステータス画面を開けるだろう?』」

「……え?」


 見せてみろと超然とした口調に催促される。

 カナイが首をかたむけるが、ナイトはそれどころではない。


「あなた。な、なんで知って」

「いいから。やってみろって」


 ナイトは誰にも見えないはずのアイコンを震える右手でタップし、ステータスウィンドウを開いた。

 案の定カナイには見えてすらいないウィンドウの存在を、焦茶色の髪の青年はバッチリと視認している様子で近づいて来る。


「少しはレベルが上がってるな。だが、ジズの自己修復機能は──新しい鋼材……アダマンティンを運び入れる必要があるな。そこは〈タホール〉の内部工場に持ってこさせよう」

「あ、あなた。これが見えてるんですか?」


 ナイトは驚きを隠せなかった。

 いな。見えてるだけではない、

 彼はナイトのステータス画面を慣れた様子でスライドさせ、タップし、自分の目的の情報を引き出すことに慣れている素振りだった。

 青年はあっけらかんと告げる。


「それはそうだ。俺にも備わっている機能だからな」


 言うや否や、彼はナイトのステータスウィンドウとは別の空中──画面をタップした。

 瞬間、ナイトの眼にも、青年のステータスウィンドウを視認することができるようになった。


「自己紹介が遅れたな。

 俺の名はバロン。

 君と同じ“半機半人サイボーグ”であり、君が戦ったベヒモスの“元”騎乗者であり、“異世界転移者”の『先輩』だ」


 異世界転移者!

 その単語に身を固くするナイト。

 驚愕の情報量に圧倒される少年をおいて、バロンと名乗った半機半人の青年は、ナイトのステータスを総覧して渋い表情を作る。

 特に、称号ノーブルランク一覧の項目が、彼には信じがたい光景に映ったらしい。苦々(にがにが)しい声が唇の端からこぼれた。


「……なんだよこれ──最後の“半機半人サイボーグ”は今しがた新たに獲得したとして──“騎士の中の騎士ナイト・オブ・ナイト”“機神騎乗者”“貧民街の英雄”“異世界転移者”──称号ノーブルランクたった四つで儀式に参加させられたのか? こんな必要最低限の数で相手になるようなものじゃない、ベヒモスとレヴィアタンは。最低でも二桁は獲得してから挑む相手だろうに。せめて魔力を扱えるよう“救世主”や“世界救済者”、“世界の守護者”くらいは獲得しておく必要があるぞ。これでは有効打を与えられる武装を生成・装備できなくて当然だ」

「そ──そんなこと言われても」

「ああ、いや、君を責めてるわけじゃない。教団の連中の悪辣あくらつさが、鼻についたってだけだ」


 言われた教団連中──カナイは悄然しょうぜんと肩を落とした。

 バロンは正確に教団側の意図を見抜く。


「ジズの騎乗者を未熟なまま儀式に参加させて、それで終末期の再現を実現しようとしたわけだ。かえってもないひなならば容易に討ち取れると、そういう算段だったんだろう。まったく、相も変わらず小賢こざかしいというか、いやらしいというか、みみっちいというか」


 バロンが教団を批判するたびに、粛然と居場所を失うカナイ。

 そんな彼女を弁護するように、ナイトは呟いた。


「し、仕方がなかったんですよ。僕は転移してすぐ、カナイさんの保護を受けました。それがなかったら」

「……そうだな。俺もかつては、教団関係者に保護されるまでは、酷い生活を余儀なくされたからな。だが……」


 バロンはカナイを横目で睨み据えた。


「シスター・カナイ。俺はまだ、あんたのことを疑ってるぞ」


 バロンのかもし出す異様な雰囲気に、ナイトは一瞬だが呑まれかける。


「いくら十字架がそんな状態・・・・・になっても、あんたが教団関係者である事実は変わらない。何よりウツ地区では」


 対してカナイは、必死の形相ぎょうそうで抗弁してみせた。


「だから。あの時の私は、東区で戦闘中だったって言ってるじゃないですか」

「あの──何の話です?」


 ナイトは訊ねる。

 バロンは自分のステータスウィンドウを閉じて、ナイトに向き直った。


「少年。覚えているだろうか。ウツ地区の西区で、俺たちが護送バスで隣同士になった際のこと」

「……ええ」


 あの時。

 機属の襲撃でバスが横転し、老人(青年)は潰れて死体すら残らず、赤い飛沫を撒き散らした──

 しかし、


「あのとき。俺は君をひそかに回収するつもりで接触しようとした──が、結果は君の知っての通り。俺は義体を潰され、その時に浴びたサイボーグの血が、君の視力や身体能力を底上げする材料となった。が、問題はここからだ。機属は俺の邪魔をすることはない同胞どうほう。この〈タホール〉のように、な──つまり」

「それじゃあ、あのバスの襲撃は」

「そう。少なくとも俺が率いる機属の仕業しわざじゃないって話だ」


 ナイトは軋む左半身を押さえながらカナイの方を振り返る。


「ナイト、信じてくれ。私は本当に何もやってない!」


 カナイの黄金の瞳を見る。

 そこには虚偽の色は見て取れない。

 ナイトはきしむ左腕を押さえつけながら、言う。


「カナイさんは、あんなことしませんよ」

「ナイト……」


 心理的にそうであって欲しいと願う少年の様子に感化された様子もなく、青年は冷然と告げる。


「どうかな。君も、その女の正体を知れば、少しは意見が変わるんじゃないか?」

「カナイさんの正体?」


 いささか以上に興味をひかれるナイトは、カナイを振り返った。

 黙り込みスカートを固くつかむ修道女は、告げる言葉を探すように瞳を左右に動かす。

 だが、やはり言葉は出てこない。


「明かしたくないなら、それでもいいさ。どうせそのうち、いやでも思い知ることになるだろうからな」

「ナイト、私は……私は……」


 やはりカナイは何も言わない。癒えない空気をナイトは感じ取る。


「無理しなくていいです。カナイさん」


 ナイトは右手で、カナイの手を取った。


「カナイさんが言えるようになるまで、俺は待ちますから」

「──ありがとう、ナイト」


 ナイトは笑みを傾けた。

 カナイも応じるように、はにかんだ笑みを少年に見せてくれた。






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