治療
* * *
ナイトは夢を見ていた。
家に帰る夢を。
ただいまと玄関扉を開け、夕食を用意していた母がおかえりなさいと迎えてくれる。息子の高校卒業を祝してごちそうを用意してくれていた。母の手作りハンバーグは、お店のものよりも
「ごめん、な、さい」
涙が両目を濡らす感覚と共に、ナイトは目を開いた。
照明の白色灯が、網膜を焼きそうなほどに
「──気が付いたか、ナイト」
語りかける声は、家族の誰のものでもない。
そこは家の──自分の部屋の天井では、ない。
真っ白な鋼鉄で出来た、見たことのない天井だった。
ナイトは首だけを動かし、声の主を見やる。
「……カナイ、さん?」
鼻をかすめる薬品の匂い、鋼鉄の広大な空間の中で、見慣れた金髪褐色の修道女の姿を確認できたことだけが、唯一の救いだった。
彼女がいなければ、ナイトは
自分はどうなっているのか、さっぱり分からない──思い出すことができないでいるナイト。
そんな少年に対し、カナイは慎重に言葉を選びながら語りかける。
「ナイト。頼む。どうか落ち着いて聞いて欲しい」
「ここは、いったい……あ、え?」
視線をさまよわせて、肉体の違和感に気づく。
左半身の感覚が重い──重いのと同時に、何か冷たくも感じる。
血液の巡りが悪いどころではなく、血液そのものが巡っていない感覚に、脳髄が混乱を覚える。
「ナイト。あんたは治療を受けるために、ここへ運ばれた。けれど……」
「…………なに、これ?」
呆然と左腕を──機械で構築された漆黒の義手を、自分の顔の前に持ってくるナイト。
カシャカシャと漆黒の指が、ナイトの意思に合わせて駆動する──悪い夢を見ている気分だった。それもとびきりの悪夢を。
布団をおそるおそるめくると、左脚も漆黒の義足になっていることに気づけた。
そして、それだけではない。
左の脇腹や胸部を右手でおさえると、金属質な感触が伝わってくる。
カナイは
「あんたをジズの胸から引っ張り出した時には、左半身が欠損していた。本当ならショック死していて当然の負傷だったが、ジズの生命維持機能で……だから」
「なにこれ、なにこれ、なにこれ、なにこれッ?!」
右手で頭を掻きむしり、完全にパニックを起こすナイト。
カナイの腕が抱き寄せるようにしても、混沌化する意識はそれをはねのけて拒絶する。
「あああああアアアアアあああああああアアアアッっ!」
左腕がない。
左脚がない。
左の胸も、腹も、腰も、何もかもが、漆黒の機械に置き換わっている。
「ナイト、頼むから落ち着いて!」
「これが落ち着いていられるかァッ!」
落ち着かせようとするカナイを衝動のまま突き放し、絶叫を病室内にこだまさせるナイト。
少年は絶望にまみれた声音で
「こんな身体になって! いったいどうやって家に帰れっていうんだ!」
「それ、は……」
カナイが重い沈黙の
ナイトは希望を失った眼から溢れる涙を抑えきれず、
「ああ…………俺は、もうぅ、帰れないっ…………とうさん、かあさん…………あああ、あああああっ」
あまりにも非情に過ぎる現実。
内藤ナイトの身体は、そのおよそ四割が、機械のそれになってしまった。
「──ごめん、ナイト」
カナイが独語するように謝罪の言葉を述べても、ナイトの耳には届かなかった、そんな時。
「おお。起きたか、少年」
「あああああ……、あ?」
悲嘆にくれるナイトは、唐突に病室を訪れた声に顔を上げた。
遠慮なくナイトのベッド脇まで歩み寄ってきた人物は、白衣ではなく黒衣を身に纏っていた。
「予想通りの反応だな。気に病むなとは言うまいよ。俺も最初はそうだったからな」
自動扉を開いて現れたのは、日本人の肌と焦茶色の髪、宝石のような氷色の瞳が目を引く青年。
黒衣と手袋を身に纏う彼とは初対面のはずが、ナイトは奇妙な既視感を彼に覚えた。
「あ、あなたは」
「ウツ地区以来、ではないな。聖地エブスでも、俺を追いかけてきたんだったか?」
そう。
ナイトには、その人物の顔に見覚えがなかった。だが、声には聞き覚えがあった。
あの日、ウツ地区から避難しようとした護送バスで、隣に座っていた老人のそれ。
「なんで……生きて? いや、その姿は? え?」
「ああ、この姿では初対面だったか。……これでどうだ?」
青年はウツ地区で出会った老人に早変わりしていた。
そして、老人から再度青年の顔に逆戻り──まるで手品のようにも見える転変ぶりに、ナイトの頭は余計に混乱を余儀なくされる。
そのまま青年は、
「しかし、
言って、老人ならぬ青年は、手袋の内に隠していた両手を外気にさらした。
そこにあるのは人肌ではなく、鋼鉄の無機的な輝きだけ。
ナイトは当然すぎる疑問を呈する。
「ぎ、義手?」
「いいや。違う」
ついで青年は、黒衣の首元をさげて胸元をさらしてみせた。
そこも、鋼鉄の色彩に覆われていた。ナイトの義手義足どころの話ではない。
彼はあっけらかんと、
「ごらんの通り。俺は“
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