処遇
* * *
聖地エブス。
神の御柱内──合議場にて。
「此度の失態、いかにして
薄暗い合議場に痛罵の響きがこだまする。
枢機卿の一人が、片膝をつく精悍な男に対し、毒のある言葉を投げつけた。
「今一歩のところまで、あのジズを追い込んだというのに!」
「せっかくの終末期再現の儀が未遂で終わるなど、この責任をいかようにして取るつもりか!」
大司教はそれを甘んじて受け入れる。受け入れるほかに処方がない。
シホンは片膝をつき、大理石の床に重い声を落とした。
「まったくもって痛恨の極み。かくなる上は、我が身に代えましてでも、ジズの足取りを掴む所存」
「はっ。信用に値せぬわ!」
「捜索は難航しているという話ではなかったのかね?」
「ヨルダ川の西あたりで反応が消失して以来、足取りはさっぱりだったか?」
「第一に! そのジズを取り逃がしたのは、貴殿の管轄下にあった使徒だということを忘れたか?」
「お言葉ですが」
大司教の隣で同様に片膝をつく、黒髪の女聖騎士団長の声だった。
「ジズを逃がした使徒は、我が聖騎士団所属の“狂信”です。そのことをお間違えの無いように」
「ええい! 今はそのような些末事などどうでもよいのだ、聖騎士団長!」
水を差された枢機卿らは不愉快気に顔を
「とにかく! 一刻も早くジズを再捕捉し、再捕縛せよ! 聖地のみならず、各地にいる使徒にも通達を出せ! ジズを聖地へ連行すべしと!」
「はっ──して、“狂信”の処遇は?」
「無論! 奴は異端認定だ!」
「生死は問わぬ! 見つけ次第、即刻抹殺──完全に破壊せよ!」
これは厳命である、と枢機卿らの意見は合致した。
いと高き教皇の座は、
合議場を後にした二人は、夜の廊下を並んで歩く。
「申し訳ありません、大司教猊下」
聖騎士団長シュミラーは謝罪の言をあらためて述べた。
「此度の一件。“狂信”を、カナイを御しきれなかった自分の不始末です」
「君が謝罪すべきことなど何一つとしてないぞ、聖騎士団長」
大司教シホンは謹直な姿勢のまま、堂々とした歩幅で廊下を突き進む。
「君は、教皇聖下の警護を最優先せねばならなかった。──
「しかし、それは──後進の育成を考えれば、正しい判断だったかと」
「いや。私一人で〈タホール〉を仕留めていれば、此度のような
あくまでも実直に己の非を責め続ける大司教の姿。
「それでは、私は修練場に顔を出した後で、執務室に戻る」
「わかりました。おやすみなさいませ、猊下」
一礼を送り、シホン大司教を見送る聖騎士団長。
シュミラーは窓の外の月夜に目を向ける。
(なんてコトしてくれたのよ…………カナイ)
* * *
地下修練場にて。
「以上をもって、“狂信”カナイは『異端認定』──ジズの『再捕縛』のため、使徒たち全員の動員が、正式に決定した」
修練場に集った“八悪”の使徒たち。
“強欲”ハムダン──
“傲慢”ヤヒール──
“色欲”ツァーカブ──
“憤怒”カアス──
それぞれがそれぞれに言いたいことを胸に秘めたまま、大司教の号令に耳を傾ける。
「敵は謎の力──おそらく反重力機関をもって、ジズを闘技場から奪取した機能あるいは装備を持ったものであり、現在も逃走を続けている。歯向かう場合は」
「殺していい、でしょ?」
わかってると先に告げる黒髪褐色の男装の麗人ヤヒール。それに対し、シホンは
「随分と物分かりが良くなったじゃないか」
「大司教猊下には勝てっこないから、ね」
「そういうことです、猊下」
先を促すようにハムダンが幼い声を
「カナイちゃん──いいえ、異端者カナイが反逆し逃亡した以上は、抹殺……破壊命令が下るのは必定です」
「その通りですわ」
ツァーカブは悠然と一歩前に踏み出した。
「教団を裏切るなど言語道断──決闘などもはや不要──同期である
言って、彼女は一歩を踏み出せずにいる後輩を振り返り見る。
「私は……」
カアスは何を言うべきか迷い、そして決意と共に面を上げる。
「私は、逃げ出した二人を追います。絶対に逃がしません」
使徒たちの足並みは揃った。
「よかろう──」
そのことを確認し終えた大司教シホンは、改めて使徒たちに作戦を布達するのだった。
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