逃亡





   * * *




 二等機属〈タホール〉内の病室で。


「ひとまず話を整理させてください」


 食事を終えたナイトとカナイは、バロンに対し現在の状況の整理を要求する。


「バロンさんの、というか、俺たちの目的地は、機属領アシリアで、そこで待っている“一等機属”に面談する、と」

「そういうことだ」


 焦茶色の髪の青年は首肯でもって応じる。


「一等機属は、機属領アシリアの王──“機属王”とも呼ぶべき存在だ。彼女の助力があるからこそ、今も俺は半機半人サイボーグの身で活動できている」

「えと、バロンさんの正体は、半機半人サイボーグであり、俺と同じ異世界転移者、なんですよね?」

「その通りだ」

「そして百年前、あの機神ベヒモスの保有者でもあった、と」

「そういうことだな」

「ええと……」


 どこから話を切り込めばいいのか分からないナイト。

 サイボーグとは何か。

 そも異世界転移者とは。

 何故、ベヒモスを奪われたのか──疑問の種は尽きない。


「ナイト。一番重要なことは、バロンが敵か味方かということだ──そのあたりはどうなんだ?」


 カナイが当然すぎる疑惑を呈した。


「敵か味方か、か。それは難しい問題だな」

「難しい?」

「俺は間違いなく天使マルアフ教団の敵だ。だからと言って、君らの味方かと言われると、正直微妙なところだ」

「敵の敵は味方──とはいかないと?」

「世の中そう単純ならば、な。第一、ここには教団の使徒様がいるだろう?」

「私のことか……」


 カナイの立場を考えれば、なるほどバロンが返答に困るのも納得がいく。


「いくら十字架を秘匿ステルス、いいや、今では半壊させ、ナイトの治療に五割をきょうしたと言っても、使徒は使徒だ。いつこちらを裏切り、教団に俺たちを売らないという保証はない」

「──五割を、供した?」


 なんの話だとナイトが問いただそうとした時、〈タホール〉内部で警告灯が明滅する。


「どうした、〈タホール〉」

『敵襲です~、ダンナさま~』

「敵襲だと? 馬鹿な。こっちは二等機属だぞ?」


 襲撃をかけるなどありえない。

 そもそも〈タホール〉は貧民街や廃墟都市を迂回するように飛空しつつ、ひたらす東へ進み続けていた。

 それが何故?


「映像、出せるか?」


 バロンの呼びかけに応え、〈タホール〉は外の状況をリアルタイムで立体映像化する。

 それを見たナイトが息をのみ、カナイが愕然と声を発した。


「カアスと、ツアー!?」





   * * *




「大司教猊下の仰せの通りでしたわね」


 紅玉の戦闘機形態のカアスに立ち乗りしつつ、純白の十字架を背負うツァーカブは独語する。


「『敵はおそらく、聖地から離れようとする機属の内に、二人をかくまっている可能性が高い。故に、その逃亡する反応を追尾探査さえすれば』」


 発見することは容易。

 ただ問題があるとすれば、相手は二等機属〈タホール〉であったこと。


「出し惜しみはナシよ。カアス、私は砲戦モードで一気に敵のコアをブチ抜きます。あなたはその間、敵の攪乱かくらんを」

「待て!」


 烈声れっせいが夜空の下にこだました。

 二等機属〈タホール〉の中からブースターを噴かして飛び出してきたのは、二人がよく知る金髪褐色の修道女であった。

 何故かパワードスーツが“半損”した状態のカナイが振るうビームソードに、ツァーカブは一合を交える。

 ツァーカブは驚愕しつつも、事実を事実として受け入れた。


「やはりいましたわね、この裏切り者が!」

「先輩っ! どうして裏切ったんですか?」

「私は……」


 何を言っても言い訳にもなりえない。

 それでも、言っておかねばならないことが、カナイにはあった。


「私は、ナイトを殺す教団のやりかたには従えない──それだけだ」

「何を馬鹿な!」

「先輩!」


 かつての同輩たちが絶望の色を声ににじませる中、


「よくぞ言った! シスター・カナイッ!」


 青年の声が夜の戦場を席巻した。

 同時に、彼の突き出した腕の先で、カアスが乗る紅玉の戦闘機が無茶苦茶な軌道を描き出す。


「これが、反重力機関の力っ?!」


 失速を余儀なくされながらも、なんとか体勢を立て直すカアス。

 ツァーカブが「何者か」と問いかけ、カナイとの間に割って入った闖入者ちんにゅうしゃを睨み据える。


「俺が何者かなど、至極しごくどうでもいいことだ」


 虚空に浮く青年──バロンは気安い声で告げる。


「悪いがお嬢さんたち。俺たちの道行きの邪魔をしないでもらおうか?」







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