代償






   * * *




 二等機属〈タホール〉内。

 ナイトの病室にて。


『そんな、起き上がってはいけませんよ~! 施術してからまだ八時間と五十一分しか経っていないのに~!』

「だい、じょうぶ──なんて、こと、ない」


 ナイトは動かしづらい左半身を壁に寄り添わせるようにして、病室から抜け出した。

〈タホール〉の小型端末ボールが病室へと戻そうとするのを何とか押し返し、白い廊下を進む。


「──ジズは、使えないのか?」


 顕現コードにアクセスするが『エラー』の赤文字が吐き出される。

〈タホール〉が小型端末ごしに説明してくれる。


『ジズは現在、自己修復中なのです~。それも、鋼材や燃料が潤沢に備わっていないといけませんが~』


 つまるところ、今のナイトは本気で役たたずということらしい。

 それでも。


「せめて、カアスさんと、ツアーさんの、説得を」

『無理ですよ~。相手は使徒ですよ~。目的完遂のためならば手段を選ばない、最悪の壊し屋集団ですよ~?』

「でも」


 カナイと二人が殺し合う光景を想像するだけで、ナイトの心臓が凍り付く。

 漆黒の左手を壁に這わせ、動きにくい黒の左脚を引きずりながら、ナイトは前へ進む。

 そんなナイトの様子を見て、〈タホール〉は提言する。





   * * *




「この裏切り者が!」


 純白のパワードスーツの猛攻に対し、カナイは拮抗することができずにいた。


「くっ、この」


 現在のカナイのパワードスーツは、機関銃が外れ、強化装甲も三割減り、頭部装甲もないような状態下にあった。

 それでも、ツァーカブは攻撃の手を緩めない。


「害敵である機属にくみするのみならず、ナイト様を連れ去り儀式を破綻させた罪、万死に値しますわ!」


 同胞に対しての怒りが、彼女の敵意となって銃弾を吐き出させ、ビームソードの出力を急上昇させる。

 たった数合で、カナイのビームソードは使い物にならなくなった。 


何故なにゆえに十字架が半壊しているのかは知りませんが、それで手心を加えるほど、わたくしは安っぽい女ではありませんわよ!」


 カナイのパワードスーツがもろくも崩れ、ブースターが一基はがれ落ちて爆散した。

 さすがのツァーカブも頭部装甲内で鼻白はなじらむ。

 オアシスでツァーカブと互角の決闘をしてみせた頃とは比べようもないほどに、カナイは弱体化している。

 敵の手で弱体化手術を施された、にしては彼女の戦闘意欲・敢闘精神は以前と遜色そんしょくがないレベルである。

 一体、何が?


「教えてください先輩! ナイトさまは今どちらにいらっしゃるのです!」


 謎の青年──焦茶色の髪の男と空中機動戦を演じていたカアスが、当然すぎる疑問を呈した。


「そうですわ。重要なのは転移者様の、ジズの所在でしたわ──吐きなさい。そうすれば楽に殺して」


 ツァーカブは、それ以上を言葉に出来なかった。

 カナイの強化装甲によるタックルをしたたこうむり、数十メートルを吹き飛ばされたからだ。


「これは、私への罰だ」


 その独白は、カナイの悔悟かいごのように聞こえた。


「ナイトの居場所? 教えるわけないだろ? 見つけたかったら、広い広い〈タホール〉の中をしらみつぶしに探すこった」

「──本気で敵の手に落ちたようね。“狂信”とまで言われた貴女あなたが」


 ツァーカブの発する音質が劇的に変わる。


「いいでしょう。ならば、おまえをズタズタに引き裂いて、望み通り〈タホール〉の中を」

「待て!」


 タホールの中腹。駐機場部分。

 そこに、漆黒の左半身を引きずり、球形の機属に体を支えられる目標ナイトを発見した使徒たち。


「見つけましたわ!」


 瀕死も同然の元同僚を捨て置いて、ツァーカブはジズの中枢たる転移者をさらうべく腕を伸ばす。

 しかし。


『──照準よし、エネルギー充填よし、いつでもいけます~』


 漆黒の左腕が、長大な砲身に変形していることに気づけなかった。

 唯一気づけたカアスが警告を発した瞬間、ナイトの左腕が火を噴いた。



「──荷電粒子砲かでんりゅうしほう



 左の掌底からほとばしる光。

 回避しようとして間に合わず、直撃を受けて落下するツァーカブ。

 そんな彼女を、紅玉の戦闘機形態──カアスが受け止めた。

 だが、彼は信じがたい思いでナイトを見上げる。


「ば、」


 馬鹿な。

 あれは砲戦モード。

 本来であれば、十字架を扱う使徒にのみ許された力。

 それを何故、異世界転移者である内藤ナイトが備えるに至ったのか?

 カアスは正答を見いだせない。


「くっ。ツアー先輩、一時撤退します!」


 返答はなかった。

 カアスは教団本部に向かってブースターを急加速する。





   * * *




「はぁ……はぁ……はぁ……やっ、た?」

『え~、なんとか追い払えました~。作戦通りです~』


〈タホール〉の小型端末に支えられつつ、その場に倒れ伏すナイト。

 体中からだじゅうの体力をごっそりと削り取られたような気分だった。


「まったく。部屋から出るなって言っておいただろうに」


 見上げると、カナイを空中で抱き上げたバロンが、呆れ半分楽しさ半分といった表情で、異世界転移の後輩を眺めている。


「バロンさん……カナイさんは?」

「無事だ、とは言い難いな。さすがに無理をし過ぎだ。十字架を半壊させた状態で戦闘に出るなど、フツーに自殺行為だぞ」

「あのバロンさん」


 ナイトはおそるおそるたずねる。


「俺、〈タホール〉に言われて、ステータスウィンドウをあさってる内に、シスター・カナイと同じ砲戦モード……荷電粒子砲が使えることに気づきました。けど、これって、いったい」

「その話は、カナイを治した後にしようか。君は病室に戻っておきなさい。こっちは今、カナイの修繕が必要なのでな」

しゅう……ぜん?」


 およそ人類に使われるはずのない言葉を残して、バロンはカナイを〈タホール〉内の救護施設へと連れていく。

 ナイトはナイトで、襲い来る疲労感と疑問符の嵐に耐えきれず、その場で気を失ってしまい、〈タホール〉の端末で病室へ戻される羽目になった。






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