砂漠





   * * *




 十分もしないうちに街は地平線の彼方へと消え、すべてが青い大空と白い砂丘に覆いつくされる。

 バイクは北上する。北上し続ける。太陽は中天にさしかかり、容赦なく熱線を地上に降り注ぎ続ける。

 長い金髪を器用にヘルメットの中におさめた褐色肌の乙女は、いつもの修道服のままだが、ナイトには制服の上に新たに純白の外套や亜麻製のターバンが貸し与えられている。強烈な太陽光にさらされる砂漠行を耐え抜くための装備だという。だが、


「あの、シスター!」

「あ! なんだっ!」


 強烈なエンジン音がとどろくオフロードバイクの上、しかも防塵ぼうじん用の布マスクまでしてる二人は、自然と会話する声が大きくなる。


「自分たちが向かってるユダ地区っていうのは?」

「ああ。聖地エブスへの途中の街だ! 荒廃度合いはウツ地区とそんな変わんねえよ!」

「あの、その……シスターは、平気なんですか? いつもの修道服で!」

「ああ? 言わなかったか? 私が〈ミソパエス〉を展開している間は、そういうのは遮断可能なんだよ!」


 彼女のいう〈ミソパエス〉とは、彼女が日夜掲げ持つ機械の十字架──だが、それは今現在、どこにも見当たらない。

 答えはひとつ。この“オフロードバイクそのもの”が、〈ミソパエス〉の変形した姿のひとつなのである。

 修道女一人分を包むパワードスーツに変形できることを加味すれば、二人乗りのバイクになることぐらいわけもないのだろう。

 便利なものである。


「そう、ですか」

「安心しろ! 昨夜相談した通り、私の巡礼に付き合ってくれれば、上の連中とかけあって、元の世界に戻る方法とやらを探してやるから!」

「は、はい! ありがとうございます!」

「お。オアシスが見えてきた! あそこで小休止だ、ナイト!」


 少年の、何故か眼鏡がいらなくなった視力に、確かに緑の群生地が見て取れた。

 ナイトが応じる間もなく、〈ミソパエス〉のエンジンをフルスロットルにもっていくカナイ。

 ほどなくして、白い砂漠地帯に緑がぽつんと生い茂るオアシスにたどりつく二人。


「予想通り、だ」


 ヘルメットを脱ぎ払ったカナイが金髪をガシガシと掻き乱す。


「なにが、です?」


 水分補給しつつ、ナイトはたずねる。カナイが玉の汗を拭って応じる。


「ここまで一体も、機属との会敵がなかった。昨日の襲撃時に、ウツ地区一帯の機属全機が破壊されたとみてよさそうだ」

「それは、よかった、です」


 あの街の人々が平和に暮らせる姿を想起するだけで、ナイトの心は温められる。

 だが、


「シスター?」


 ナイトの眼差しを意識することなく、カナイは思案の渦にふけっている。


「予測はしてた──してたけど、それにしても全機がウツ地区を急襲奇襲する理由って──」

「あの、シスター?」

「……ああ、悪い。どうした?」

「いえ、その……これからどうするんです?」


 カナイは木陰の上に精密な紙の地図を広げた。


「いま、私らがいるオアシスが、このあたり。ユダ地区に入るのは……」

「どうかしました?」

「そういえば、ナイト。おまえ、眼鏡どうした? なくて平気なのか?」

「ああ、それが、いつの間にか、なくても平気になってって」

「……」

「シスター」

「いや、支障がないならいいんだ」


 ブツブツと考え込みつつ、水袋の水を少量だけ口に含むカナイ。

 彼女の疑念に耳を傾けかけた、その時だった。


『警告、警告、警告』


 機神のステータスウィンドウから鳴り響く警報音アラート

 それから時を置かずして響く、轟音。




「──────────────!!」




 オアシスの遥か遠方から、機械の悲鳴じみた音響が聞こえてきた。






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