一章

出立





   * * *





 翌日。早朝。

 教会の一室で、ナイトは深呼吸をひとつ吐く。そして、告げる。


「ジズ──音声案内起動」

『はい。ナイト様、ご要件は?』


 機神ジズの機械音声が、ナイトの脳内に響く。


「戦闘データ、解析」


 ナイトの音声指示に合わせ、ウィンドウが指定の項目を映しだす。

 少年は眼鏡を失ってもなぜかクリアに映るようになった視界で、ウィンドウを眺める。


「質問──戦装〈ミソパエス〉について」

『〈ミソパエス〉──適合率は一万人に一人とされる、対機属戦術兵装。第八戦装とも呼称される、機械式の十字架』

「質問──機属〈ツェデック〉について」

『〈ツェデック〉──第十等級の機属に分類。指揮官機としての能力に重きを置き、その従属下にある機属の強度を三割程度、増強する。形状は多脚戦車型。三つ目の複眼が特徴』


 打てば鳴るように、ジズの音声案内は答えを返す。

 昨日から試行錯誤を繰り返すうちに発見した、ジズの隠し機能のひとつだ。

 ナイトは試みをもう一度、言の葉にしてみる。


「質問──この世界から元の世界に変える方法は?」

『……』

「ジズ?」

『……エラー。当方に、該当する解答は、なし』

「──だよなぁ」


 椅子に腰かけ、がっくりとうなだれるナイト。

 この異世界に来てからというもの、機神ジズを獲得できたことは何よりの収穫であったが、それが元の世界に戻れるという確証にまでは至れていないのが現状であった。いな──


(ひょっとすると、俺はもう元の世界には……)


 泥のような思考の底に沈みかけた時、部屋の扉をノックする音で、現実に意識を引き戻される。


「ナイト。そろそろ時間だ」


 ステータスウィンドウを閉じる。

 ナイトは頬を叩いて自分自身を叱咤しったする。


(シスターにも言われたじゃないか……まだ希望はあるって)


 思い出し、ナイトは彼女と共に行動することを選んだ自分の選択を“良し”とする。

 シスター・カナイの声に導かれるようにして、ナイトは荷物をもって扉を目指した。




   * * *




 旅支度を整えた少年と少女が二人、砂塵舞う黄褐色の街のはずれに佇んでいた。

 そんな二人を見送る群衆を代表して、一人の巨漢が握手を求める。

 応じるように、シスター・カナイが手を伸ばした。


「世話になったな、顔役……いや、エドム」


 再建を進めている貧困街の東端で、カナイは顔役の男と別離のあいさつを交わす。

 エドムと呼ばれた顔役は破顔してみせた。


「ああ。世話になったな、聖女さま。そっちの兄ちゃんも」


 ナイトは、街に数日もいなかった自分の顔に指を突きつけた。


「兄ちゃんがいなきゃあ、俺の妹と姪っ子は酷ぇ目にあってただろうさ。あらためて、礼を言うぜ」


 そう言って、彼が脇を見ると、先日ナイトが助けた母子が姿を現した。見送りに来てくれたのだろう。その両目は涙の輝きで満ち、赤ん坊は元気いっぱいにナイトの方へ手を伸ばし続けていた。


「いえ──そんな」


 エドムから餞別せんべつだといって握らされたのは、少なくない量の金貨袋だった。


「本当に助かった。……恩に着るぜ、ナイトの兄ちゃん」

「いえ、その……はい」


 カナイに「もらっておけ」と言わんばかりに微笑され、ナイトは金貨袋をポケットにしまう。


「二人とも、次の街まで──次の街でも、元気でな!」

「そっちこそ。街の再建、頑張りなさいよ」

「お、お世話になりました!」


 こういった時の定型句がわからないナイトは、あたりさわりのない言葉を吐いて頭を下げる。

 カナイとナイトは、オフロードバイクの座席に跨り、ターバンとゴーグルを身に着け、手を振った。

 二人は多くの人々に見送られながら街を後にした。







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