献杯
* * *
その日の夜、中央塔上層にて。
鋼の壁に築かれた祭壇。
「
場内に満ちるのは悲嘆の息吹。すすり泣く声。嗚咽を噛み殺す歯ぎしりの音色。
祭壇に弔いの言葉を送る修道女は、機械の十字架に祈りを捧げ、そして告げる。
「──死者たちに」
「「「「「 死者たちに! 」」」」」
貧民街の聖女──シスター・カナイの
「……」
ナイトもまた、献杯の列に参じつつ、
水が貴重品扱いされる荒廃した街の中において、これが死者への最後の贈り物となるのだと、カナイは事前に教えてくれた。
祭壇場を後にする人々。
ナイトは最後まで祈りを捧げる姿を保つカナイの背中を振り返りつつ、彼らと共に場を後にした。
* * *
中央塔下層にて。
「プハー! 酒だ酒だ! 皆、今日は存分に飲み明かして、明日もビシバシ事後処理に励むぞ!」
快哉が上がり、黄金の酒精を満たした幾つものグラスが応じるように掲げられる。
「いや~今日はお手柄だったな、昨日の!」
貧困街・ウツ地区の顔役たる男の隣で、ナイトは借りてきた猫よろしく、小さく縮こまる。
「とくに! おまえが助けてくれた
「は、はあ。それは、よかった、です」
どう受け答えしたものか。しどろもどろになりかけるナイトに、ふと男が眉根を寄せる。
「そういえば昨日の。おまえさんの名前、まだ聞いてなかったな?」
「あ、自分、内藤ナイトって、言います」
「ナイト・オ・ナイト? 聞いたことねえ名前じゃねえか! うはははは! 気に入った! 飲むぞ飲むぞー!」
「あは、は……」
昨日の険悪ムードもどこへやら。
乾杯する前からすっかり出来上がっていた顔役の大男の酒豪ぶりに
並べられた肉料理。瑞々しい野菜や果物。どれもがこの貧困街では極上のもてなしの品であった。
今朝の機属による侵攻。それを防いでみせた立役者となったナイトを、貧民街の住人すべてで歓待してくれているのだ。感謝の意を伝える者の中には両手を握って泣き咽ぶものもおり、誰しもが機属の侵攻を押しとどめた少年への賛辞を惜しまない。
顔役は祝杯を干してナイトの隣に平然と座る修道女へも感謝を紡いだ。
「戦いが早く決着したおかげで、機属共の残骸も順次回収できてる。ナイトとシスターのおかげで、むこう半年は燃料と鋼材に困らなくなった。感謝してもしきれねえよ!」
打倒した機属の群れから取れる素材は、この貧民街において重要な資材たりえた。それをわずか数十分の戦闘で獲得できたのだから、これを賞嘆しない理由がないらしい。
顔役の男はナイトに対し「このまま街に住まねえか?」と提案してくれるが、
「それはダメだ」
あぐらを組み、骨付き肉を豪快に噛み千切ったシスター・カナイが、強く反対票を投じる。
彼女は続けて言う。
「ナイトの戦装は、ここいら一帯の機属を駆逐せしめた。あの〈ツェデック〉まで打倒できた以上、この区域はむこう一年は安泰だろう?」
「そりゃあ、そうだが……」
「私もようやく別の区域に巡回できる。他にも機属共の脅威にさらされた街はたくさんあるんだ」
ナイトは「私も?」という単語に首を傾げかけた。
顔役の男は残念そうに笑顔を沈ませる。
「そうかい……まぁ、確かに。聖女さまのいう通りだな。ナイト様とやらの力は、ここだけで独占していいもんじゃねえ」
納得と了解の意を示す顔役。街の住人達も肩を落としかけたが、せっかくの祝宴に水を差している場合ではない。
「おら皆! 飲んで喰え! 今日は俺の奢りだ! パーッと盛り上がれよ!」
再び打ち鳴らされる酒杯。笑声が弾け、小気味よい音楽とダンスが宴会場を満たす。
シスター・カナイはナイトと同じ果実水で喉を潤しつつ、街の住人が用意してくれた料理に舌鼓をうつ。
ナイトは茫然と、祝宴の席に身を置いてしまう。
ナイトは思い出す。
自分が打倒し停止させた機械の獣の群れ。それを確認した時の人々の快哉。
嬉しかった。単純すぎるが、自分が本当の騎士になったかのように思えて、嬉しかった。
ナイトはそっと席を外し、祝宴の場から抜け出して塔のバルコニーに佇む。
ふと、アイコンを操作する。自分のステータスウィンドウを確認すると、新たな項目が増設されていた。
特殊項目──『“機神”』
内藤ナイトが取得した、全高二十メートルを超える巨躯の人型機械。
荘厳かつ麗美な
しかし、
「こんなメカの登場するゲーム、あったっけ?」
しかも、敵は“機属”などとよばれる大型メカの怪獣たち。
ナイトのゲーム知識でも、このようなシステムやメカニック、設定を反映したゲームは存在しない。
だとすると。
(ここは本当に異世界で。だけど、俺だけがゲームのようなキャラクター……いや、プレイヤーに?)
そう考えれば一応の
異世界転移。
そのうえで神の加護──“機神”とやらまで手に入れることができたらしいナイト。
だが、
(称号が
さてどういうことなのだろう。
確認してみると、ステータスウィンドウの称号欄にも変化があった。
あの“
機属との戦い直前までは絶対になかった項目が三つプラスされているという事実。
(まさにゲームのごとし、だな)
だが。
ナイトは振り返る。
荒れた鋼の中央塔につどって祝宴を開く、この異世界の住人達。
彼らは彼らなりの生を謳歌し、この世界に生きる人々だ。
あれを見る限り、これはゲームなどではあるまい。
だが、ならば、自分は?
「ッ!」
唐突に襲い来た感情は、まぎれもなく「疎外感」だった。
それも、キラキラネームを馬鹿にされた時の何倍かにはなるほどの孤立感──
「……帰りたいなあ」
窓枠をぎゅっと掴む。
家は一体どうなっているだろう。
「どうした、ナイト?」
窓辺で涙を流しかける街の英雄を、シスター・カナイが心配して近寄ってきた。
ナイトは涙を拭い落とし「なんでもありません」と言って、修道女に微笑みを返した。
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