逆転
* * *
「いったい、なんなんだ、あれ?」
ユダ地区の防壁上にて。街の衛士たちは各々に戦装を構えつつ、遠方に見える景色に愕然と見入る。
「巨人? 機械の巨人が、機属と戦ってるのか?」
「なんでもいい。おかげで、奴等の足は止まった」
「けど、もしも──もしも一基でも街に近寄ってきたら──」
その時は終わりだと、誰もが実感をもって戦場を見渡す。
第三等級機属〈スィムハー〉──その暴虐ぶりは凄まじく、街の防壁など小石でも潰していくかのように、あの無限軌道に
「頼む。勝ってくれ!」
切実な祈りだった。
だが、その祈りも虚しく、機械の巨人は〈スィムハー〉のケーブルに鞭打たれ、砂漠の上に膝を屈した。
* * *
かに見えた。
「よし、掴んだぞ!」
機神ジズのコクピット内で、ナイトは誇らしげに笑った。
ジズの両腕に、機属から伸びたケーブルを保持して。
ナイトが睨んだとおりの結果である。
「攻撃に使うケーブルにまでは、防御障壁は張れない!」
あとは純粋な力比べ──パワー対決である。
「そのケーブル、全部ひきずり出してやる!」
ジズの両腕によって、一基の〈スィムハー〉が大きく姿勢を崩し、その底部を露わにする。これまで直立不動の存在であった敵の一基が引き倒されるのみならず、その体内ケーブルを限界近くまで引っ張り出された。
ナイトはすぐさま作戦に取りかかる。
いまの機神ジズでは、第三等級の機属に有効打を与えることはできない。
だが、なにも
ナイトは雄叫びと共にジズを疾駆させる。砂漠という悪路をものともせず、敵のケーブルを他の敵に巻き付け続ける。
やがて十三基の機属が、まるで一つの
「ぐう、ぅぅぅうううッ!」
無論、敵も無抵抗なままでいてくれない。
十三基分の自走する柱が、拘束を抜けようと足掻き続ける。
それでも、ナイトの操るジズは、ケーブルを掴む腕を緩めることはない。
「今だ!」
まんまと敵を拘束せしめたナイトは、通信回線越しに二人の仲間へ合図を送る。
「よくやった、ナイト」
砂漠に降り立つ金髪褐色の聖女。
「このモードは、エネルギー充填までの時間と手間がかかるのがネックだった」
堅牢なパワードスーツ形態から、攻撃性能に全能力を割り振った十字架の長砲身を腰だめに構え、カナイとカアスがエネルギーを充填していく。
「──全動力集中、出力照準、敵“
「了解」
カアスが
カナイもまた
「“荷電粒子砲”──発射」
漆黒と紅玉の十字架から、一条の光が発せられた。
その光は、瞬きの内に機属の群れを貫通し、爆発の破孔を開け、そして減衰していく。
光の軌跡にとらわれた機属たちは、見事に爆散し、ことごとく沈黙を余儀なくされる。それほどの高威力だったのだ。
ジズの内側で華麗な逆転劇を確認したナイトも、ほっと胸を撫で下ろした。機体の両腕にあるケーブルを放り棄てる。
『見事な作戦だったぞ、ナイト』
『本当にお疲れさまでした、ナイトさま』
漆黒と紅玉のパワードスーツ──カナイとカアスがジズの肩先に留まり、すべてが万事解決したかに思えた──瞬間だった。
『警告、警告』
ジズが警告音声を発して危険を報せる。
ナイトは咄嗟に両肩にいる二人を護るように腕を構えた。
同時に、残骸の山から発せられる光線がカナイのいる右肩を急襲するも、ジズの腕によってなんとか防がれた。
『ば、ばかな!』
『ま、まだ生き残りが?』
カアスの指摘は
十三基の残骸──爆炎の山の中から、唯一致命的な損傷を免れた個体が一基だけ存在したのだ。
「二人とも、さっきと同じ攻撃は?」
出来るかどうか確認してみるが、結果は
『荷電粒子砲は、一日一発限りの大技だ。それに』
『さきほどの砲撃モードで、通常戦闘にも支障が』
ナイトは爆炎の山から、僚機の残骸を踏み越えて現れる〈スィムハー〉を凝然と見据える。
いまのジズに、有効打となる攻撃手段は皆無。
そして頼みの綱であったカナイとカアスは──
『──仕方ない。最終奥義だな』
「シスター・カナイ?」
『こうなった以上、私が自爆してでも、奴を止めるよ』
「じ、自爆?」
およそ日常会話で出てくることのない単語に、ナイトは完全に虚を突かれた。
『先輩、だったら私が』
『
「待って。そんな、ダメだ!」
ナイトは本能的な忌避感に支配されるまま叫んだ。
「じば、自爆なんて、そんなこと絶対にダメです! 何か他に方法が!」
『あると思う? この状況で?』
カナイの声は至極冷静だった。
迫りくる黒焦げの敵。その圧倒的な威圧感。
ナイトは必至に状況を打開する一手を模索するが、思考は
金髪褐色の聖女は、冷徹に状況判断を下し終える。
『大丈夫だよ、ナイト。心配しなくても、聖地エブスまでは、カアスが案内してくれる。本当は私がおくってやりたかったんだが』
「待ってください、カナイ。だめ、ダメです、駄目ですってば!」
ナイトは操縦桿を固く握りしめる。
──ウツ地区で、大量の死を見た。
死には、あるていど慣れたつもりでいた。
それでもナイトは、自機の右肩にいる女性が死ぬことなど想像もしていなかったのだ。
『じゃあ、元気でな』
「待っ
カナイがいってしまいかけ、涙目の少年が尚も火止めようとした、その時だった。
新たな荷電粒子砲の光が、生き残りの〈スィムハー〉の核を、完全に爆散させたのである。
『……』
『……』
「……え?」
やったのはカナイでも、カアスでも、ましてやナイトの乗るジズでもない。
『──随分とまぁ、おもしろいことになっておりますわねぇ?』
通信回線に混入してきたのは、蜂蜜のように
それを聞いた瞬間、カナイは舌を出して苦い声を発した。
『うげ、その声は』
『お久しぶりですわねぇ、カナイ?』
「だ、誰? ていうか、どこから?」
ジズの望遠機能にアクセスし、射線から位置を特定した先にいた人物は、純白の十字架を背負っている。
その女性は純白のパワードスーツを展開し、ナイトの乗るジズの目の前まで一瞬で飛翔してきた。
純白の頭部装甲が開いた。
完成された女体美と、白い縦ロールの髪形をした色白の美女が、勝気な碧眼を向けて優美な挨拶を交わす。
「はじめまして、異世界転移者のナイト様。私の名はツァーカブ。気軽にツアーとでも、呼んでくださいまし」
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