内藤ナイト~異世界“機甲”物語~

秘灯 麦夜

序章

名前






   * * *





 ふざけた名前だ。

 少なくとも俺は、そう思って生きてきた。

 俗にいうキラキラネームというやつ。まったく。うちの親は出生届を出す際に、常識というものをどこかにおいてきたとでもいうのだろうか。


 内藤ナイト。


 この名前のおかげで──というか“せい”で──子供のころからよくからかわれた。いいや、今でも。

 姓は、まぁ、普通によくある部類であるが、よりにもよって名前が、騎士ナイト、とは。もはや狙ってやったとしか思えない。

 無論のことながら、俺はこの名前が嫌いだ。


 大嫌いだ。


 初対面の人間には首を傾げられた上で、あとでこっそり笑われる子供の気持ちが分かるだろうか?

 わかるわけがない。

騎士ナイト様、騎士ナイト様」と揶揄やゆされ、いじられ、いじめられる子供の気持ちが分かるだろうか?

 わかってたまるものか。


 おかげで高校を卒業する今になっても、本当の意味での友人は作れたためしがない。

 名前は親からの贈り物と聞くが、これほど最悪な贈り物など、受け取りたくはなかったと断言できる。

 タイムマシンでもあれば、時間をさかのぼって、別のものに書き変えろと強く要求したいくらいだ。

 何がナイトだ。

 ふざけているとしか思えないだろう。


「はぁ……」


 眼鏡の位置を直す。

 本当に、日本という国はどうかしている。

 こんな名前の子どもが、キラキラネームが一時期流行したというのが信じられないほどだ。ペットの命名じゃあるまいに。そのうえ、本人の意思のみでは、改名は難しいときている。


「──何が騎士ナイトだ」


 ひとり公園の石ころを蹴ってさ晴らし。

 もっと普通の名前だったら良かったのに。

 普通に大人や老人になっても恥ずかしくないような、“フツウ”の名前が欲しかった。周りの同級生や知り合いに馬鹿にされない、普通の名前。


「あーあ、時間が戻りさえすればなあ!」


 言ってみたところで、どうしようもない。

 そのどうしようもなさに深く溜息をつく。 


「……帰るか」


 正直、反抗期の盛りというか、こんな名前を与えた両親の待つ実家に帰るのは苦痛でしかない。顔を合わせるのも不快の極みだった。


「ん?」


 高校からの帰り道。

 ふと顔をあげると、横断歩道で遊ぶ童女が目に入った。

 周囲を見やるが、親の気配がない。

 迷子か何かだろうか?


(おいおい、危ないな)


 周りの車は幼い女の子を避け、徐行運転で進んでいくが、一台のトラックが速度を落とすことなく、童女のいる横断歩道へ。


(まずい!)


 ナイトは反射的に走り出していた。学校鞄を放りすて、トラックに轢かれかけている童女のもとへ。

 何とか童女の盾になれる位置へと到達できたが、……そこまでであった。

 少女を突き飛ばし、なんとか車体の軌道から脱することに成功したまで。


(ぶつかる!)


 ヘッドライトの光に腕を交差させる。

 激しいブレーキ音が夕闇の空をつんざく。

 ついで、とんでもない衝撃に見舞われるものと覚悟したナイトであったが、





「……え?」





 彼は突如──真っ白い空間に、いた。

 そして、

 一瞬、

 そこで誰かの気配を感じかけたとき。



「な!」



 また景色が変わった。

 見たこともない風景だった。

 充分に舗装されてない道路。

 行きかう人の髪色や顔立ち。

 砂とほこりっぽい乾燥した空気。

 そして、

 鈍色にびいろの装甲車。


「道を開けろ!」


 徹塊の搭乗者に大声で怒鳴られ、慌ててナイトは道の端へと転ぶように駆け出していく。無限軌道の車輪により泥が盛大に跳ねた。

 その泥をかぶったナイトは震える指先で眼鏡をおさえて、現実を直視する。


「え? え……? ──あれ?」


 事故は?

 女の子は?

 トラックは?

 いや、そもそも。




「どこだ、ここは?」




 これが、内藤ナイトの異世界転移──すべてのはじまりであった。




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