懊悩
* * *
教団本部“
地下修練場。
白亜の城郭をイメージさせる地表部分とは違い、この地下修練場には、鋼鉄と硝煙と泥土の臭いに、むせかえるほど濃い血の臭いが織り交ざっているようだった。
そこで先に修練に励んでいた先達が、スパーリングを止めて振り返る。
「ふぅ──おかえり、ハムダン先輩、ツアー、カアス」
「うん。ただいま」
「お久しぶりですわ、ヤヒール先輩」
「御無沙汰しております」
天井高い修練場で汗水を垂らし、ボクシンググローブをはめて一人鍛錬に励んでいた黒髪褐色の麗人──“傲慢”のヤヒールが一行を迎え入れた。
そのなかでも、特に
「お手柄だったわね、カナイ」
「……ッ、なにが」
お手柄なものかと言いかけて、カナイは口をつぐんだ。
かわりに語を継ぐように、カアスが修練場を見渡して言った。
「あの、ヤヒール先輩、他の四人は?」
「巡礼の真っ最中だよ。そもそも
「それもそうですが。今回は、あの予言にあった“ジズ”ですよ? 終末期の
「それは、私の知ったことじゃないね。お
そういって超重量のサンドバッグに向き直り、拳と蹴りを叩きこみまくるヤヒール。
彼女の実直な鍛錬姿勢にならおうと、カナイ以外の使徒たちは各々の修道服をスポーツウェアの軽装に転換する。
軽くストレッチを行うツァーカブが口を開いた。
「そういえば聞きそびれていらしたわね、カアス、ミディアン地区の様子はどうだったの?」
「ああ、大丈夫そうでしたよ。皆さん機属の侵攻にもめげず、力強く生きていける様子でした」
「ミディアンなんて、
「そう言わないの、ヤヒールちゃん。どこも大変なことに変わりないんだから」
「そういえばカナイ先輩。さきほど誰かと通信していたみたいですけど、どちらに?」
「あー? それな……間に合えばいいんだけど」
「間に合う?」
カナイ以外の皆が戦装たる十字架をおいて、鍛錬に励もうとしたその時、
「シスターァ・カナイィッ!」
その声の主は、地下修練場の扉を蹴破り、そのままの勢いで、ずかずかと金髪褐色の修道女のもとへと歩み寄る。
カナイを除くほとんど全員が、訳も分からずその場で片膝を屈した。
カナイは予想はしていた。
だからカナイは、可能な限り平静を
「……なんでございましょう、シホン大司教猊下」
一撃が来た。
来ると分かっていたから十字架を盾にすることができた、が、そこまでだった。
続く二撃目の手刀に首根をしたたか打ち据えられ、カナイはその場に倒れ伏す。
咳き込みえづく同輩を、しかし周りの僚友は、なす術もなく見守るしかない。
シホン大司教は呆れ声というには加熱され過ぎた
「“狂信”もとい“
「ゲ、あ──なんの、ハナシ」
「とぼけても、無駄ァ!」
「グホッ!」
体が十字架ごと宙に浮く──どころか岩の天井に激突させられ、そのまま落下するほど蹴たぐられる。防護服代わりの修道服を貫くほどの衝撃と威力。使徒であるカナイを一方的に打ちのめす大司教の体術体力は、文字通り出力の
シホンは、厳正な司法官めいた語調で言い渡す。
「異世界転移者、内藤ナイトへの説明をおろそかにしたな? 罰として、貴様は五十日間、地下最下層への“収監”を命じる」
「な! お待ちください、大司教猊下!」
真っ先に反対票を投じたのはカアスであった。
彼は大司教の足元へ駆け寄ると、紅玉の十字架を脇に置いて膝をつく。抵抗する意思がないことを表明するために。
「説明の義務を果たさなかった責任は自分にもあります! どうか罰するのであれば自分も!」
「ばっ、か──やめろ──カア、ス」
「そうかそうか、それがのぞみというのであれば」
「──お待ちください、大司教猊下」
血と汗がにじむ地下修練場には似つかわしくない、清廉に過ぎる声音が降り注いだ。
大司教は扉の方を
「聖騎士団長──教皇直属の君が、何用か?」
聖騎士団長と呼ばれた女性は、
彼女は五体投地のありさまのカナイに一瞬だけ白曜石の瞳を向けるが、すぐさま
「
「……なにぃ?」
言葉だけでは信用できないシホンではあったが、団長が示した聖印──教団の
「こ、これは! まぎれもなく教皇聖下の!」
シホンは身を
粛々と、
使徒たちは、聖騎士たちの代表者たる人物を仰ぎ見る。
その声音は理知的かつ堅実で、なにより
「聖下いわく『シスター・カナイは、転移者殿の内面が
「はっ。──だが──しかし」
「儀式には使徒たちの参加が不可欠。ここで参加人数を
「ぬぅ──致し方あるまい。聖下が、お望みとあれば、そのように」
納得の首肯を落とす聖騎士団長が立ち去っていくのを、大司教と使徒たちは伏して見送るしかない。
ただひとり、カナイだけは聖騎士団長の目配せに対し、ミリ単位で頷きを返した。
教皇の威光が去った後、大司教は粛然と立ち上がり、告げる。
「儀式は五日後だ。それまでに、各自万全の態勢で
それだけを言い置いて、大司教シホンは
「チっ……ふざけやがって」
全員が肩から脱力する中、ひとりだけ血を吐き捨て、重傷の身を引きずりつつ、一人
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