予言
* * *
天にまで届く柱“
カナイと離れることに、
部屋の主は「ようこそ」と言って振り返る。
「お初にお目にかかります、異世界転移者──内藤ナイト殿。どうか、そちらにお掛け下さい」
太陽の光を
ナイトは
喫茶店のものとは柔らかさが違う一級品であった。
男は胸に教典を添えて告げる。
「
お見知りおきを、そう唱える法衣の男に、ナイトは並々ならぬ存在感を感じる。
シホンは年相応の渋い低声で、慈愛のこもった言葉を吐き連ねた。
「ここまでの長旅、さぞやご苦労ご不便をおかけしたことでしょう。望むのであれば、今すぐ休息できる手筈を整えさせますが」
「いえ、それよりも先に、お
「訊きたいこと、とは?」
ナイトはひとつ深呼吸する。
ほんの一瞬、胸の中で渦巻く
訊いてよいことなのか、否か、ナイトには判断がつかないこと。
ここまでの旅路で、カナイが隠し、カアスもそれに同調し、ツアーは話そうとし、ハムダンは教団上位者に聞いた方が良いと言った、一個の問い。
ナイトは
「単刀直入にお
「……」
シホンは、丸眼鏡を押さえ込んだ。
ナイトは長い沈黙に耐えきれず、もう一度同じ質問ぶつけてみる。
「予言って、いったい何のことです?」
「…………ああ、どうやら聖徒たちが教えそびれていたようですね」
大司教シホンは笑みを浮かべ、分厚い教典を机の上に置く。
「転移者殿。君は、天地がいかにして創造されたか、知っているかね?」
「……は? ──えと?」
機械の怪物が
「俺──自分が知っているのはビッグバン、いや、宗教的な話だと、『光あれ』だったっけ?」
「そのとおりだ、転移者殿!」
やおら大声を放つ大司教の様子に、ナイトは本気で驚愕しかけた。
利発な子供を見つけた教師のごとく機嫌よい歩調で、大司教はナイトに語りかける。
「おっと。これは失敬。しかし『光あれ』とは、実にその通りだ!
神が天地を創造された際のこと──
一日目に光と闇が分けられ、二日目に空の上と下に水が分けられ、三日目に空の下の水を海とし、乾いたところは陸として植物を根付かせた。四日目には太陽と月と星が創造され、天空に配置されると四季ができ、太陽は昼を、月は夜を司るようになった」
「は、はぁ……」
「そして、五日目。
神は予言の核──最高傑作となる『三匹の
「三匹の獣?」
出来の良い生徒を褒めるように大きく首肯する大司教は、指を折って順に、獣の名を教える。
「最高の獣と称されるベヒモス──
最強の獣と称されるレヴィアタン──
そして、最大の獣と呼ぶべき、
「ジ、──ジズ、って」
それは、ナイトの保有する機神の名前。
少年の動揺に気づいた様子もなく、ナイトの
「ジズは、地に降り立つ時には天に頭が届き、その巨大な翼を広げると太陽を覆い隠すとも言われるほどの巨鳥であり、他の二匹の獣と共に並び称されて当然の
「そ、それが、一体、俺と何の関係があるっていうんです?」
ナイトは声を荒げかけたが無理やりに抑え込んだ。
まだ話の核心──予言とやらの根底には至っていなかったからだ。
「予言とは、
「……死?」
「そして『三匹の獣の
ナイトは、
自分で自分の身体を押さえつけないと震える体を止められない、それほどの寒気に
根源的恐怖に
「喜ぶがいい、転移者殿!
君に与えられた神からの機体──“
「…………へ?」
一瞬だが、本気でパニックを起こしかけた脳内に、大司教の低い声域は
シホンは笑い声と共に少年の肩を叩く。
「我々はずっと探していたのだよ。世界の終末期に必要とされる
ほがらかに笑って肩を軽く叩かれ続けるナイトは、縋るような眼差しで大司教の精悍な体つきを、表情を
「本当に感謝してもしきれないよ。儀式までには多少時間を有するが、それまでの
「は……はい」
涙がポロポロと
止められるわけがなかった。
ナイトが彼の瞳の奥に見たものは、大司教と呼ばれる男の浮かべる笑みの奥底にある、薄暗い影の温度だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます