敗北





   * * *




『儀式は、まだ続いているようですわね』

『す、すごいです……ナイトさま……』

『ああ。だけど、時間の問題だろう』


 ツァーカブ、カアス、ヤヒールが通信回線越しにやりとりするのを、カナイはどこか遠く聞いている気がする。

 頭部装甲を開け、小休憩に白煙をくゆらせる彼女の目の前には、

 巨大節足類型機属〈オメツ〉

 巨大四足獣型機属〈ホフマー〉

 巨大浮遊魚類型機属〈アハヴァ〉

 巨大多脚戦車型機属〈ツェデック〉

 その屍の山が築かれつつある。

 ウツ地区ではまともな補給も滞っていたせいで難敵だった連中も、六等機属カヴォート三等機属スィムハーの“摂取”で、こんなにも楽勝できる状態にある。正確には、これが元来の〈第八戦装ミソパエス〉の性能に近い、というべきか。

 すべてはナイトとの、彼との旅のおかげである。


〈まぁ、そのナイトのせい・・で、機属が集まっちまうのは、内緒の話だけどね〉


 機属共は、機神の存在にかれている。それも強く。

 どういう理屈でかは分からないが、とにかくそういう法則で機属共は動いており、メギドの丘は戦場の惨憺たる有様を露呈していた。これが、聖地エブスにベヒモスとレヴィアタンを封じておかなかった理由でもある。


(いざって時は闘技場にいる観客も巻き添えを食っちまう。実に合理的な“儀式”だよ)


 無論、そうならないための使徒たちの招集であるわけだが、さすがに三機の機神が互いに殺し合い暴走する状況となると、機属共の集まり具合は「行軍」じみた規模にまで増強される。

 おまけに、


「七等機属〈ラツォン〉を確認、迎撃に出──ッ!」


 新手が姿を見せた瞬間、全身が総毛立つ。

 カナイは全速力でその場を離れた、まさに刹那。

 巨大な光が、カナイがいた一帯を粉微塵に吹き飛ばしていた。


『何事ですの!』

『先輩!』

『カナイ、無事?』

「ッ、全使徒へ! 十二時方向に、敵!」


 第八戦装の強靭な装甲をぎ取らんばかりの一撃を浴びかけて、全身から冷や汗が湧き出る。

 頭部装甲を閉めたカナイが見つめる先、はるか遠くに砂嵐を伴いながらうごめく──巨大な球形。

 探査反応を調べ、凝然とモニターを見る。何度も間違いがないか確認する。

 通信回線内でも困惑と動揺の声が拡散していく。


『これは……まさか!』

『そんな。想定よりも早すぎますわ!』

『ハムダン先輩!』

『確認したよ、ヤヒールちゃん、皆──間違いない』


 通信・探査・防御のかなめを担う存在、闘技場地下にいる最古参の使徒が、確定情報をもたらした。


『“大砂嵐”の“浮遊要塞”──二等機属〈タホール〉のお出ましだよ』





   * * *




「そうか──あいわかった」


 ハムダンからの通信を切った大司教シホンは、沈鬱ちんうつな面持ちで教皇席の傍に片膝をつく。


「我が聖下。これより御前を離れます許しを頂きたく」

「よい、大司教。苦労を掛ける」

「出来るだけ早く仕留めて参る所存ですが、相手は二等機属でありますれば」

「よいと申しておろう。好きに暴れて参れ。吉報きっぽうを待っておるぞ」

「御意──」


 シホンは特別観覧席から離れ、別の戦場となっている闘技場外周部を目指す。

 その去り際。彼は教皇直属の護衛、帯剣した聖騎士団長に声をかける。


「騎士団長・シュミラー。ここは君らに任せる。聖下の御身を御守りいたせ」

「はっ──承知いたしました」


 聖騎士団長は大司教の精悍な背中を見送ると、自分が仕える最上位者の方へ視線を転じる。


「ふふふ。それに、だ」


 幼い声が響く。

 聖杖を持ち、頭から聖衣をまとう教皇は、無垢な瞳を儀式の場へと向けて言い放つ。


たのしいたのしい遊戯ミスハクも、もはや大詰めだ」


 童姿わらべすがたの教皇が見やる眼下で、真紅の機体がまたしても、鋼材の槍と盾を打ち砕かれている。





   * * *





「ぐぅ、くそっ」


 ナイトは歯噛はがみする。

 三等機属〈スィムハー〉の鋼材で武装し奮闘してみせるが、ベヒモスとレヴィアタンには文字通り、手も足も出なかった。

 元々が残骸であることを考慮しても、三等機属──その硬く重厚な鋼材を、二匹の獣は紙細工の玩具オモチャでも潰し壊すように蹂躙じゅうりんしていく。

 槍は突き出す端から砕かれ、盾は一撃を受けた途端に崩れ、投擲とうてきした小剣(に見立てた破片)は、ことごとく敵の装甲に弾かれるだけ。

 敢闘精神かんとうせいしんだけでどうにかなるような実力差ではない。


「これで、五十八個目……」


 残りの鋼材は少ない。

 冷たい汗が背筋を濡らす。

 勝利など、もはや欠片も望めはしない。

 どうしようもない敗北感と絶望感が、臓腑の底を這いまわる。


(敗ける──負ける──)


 そうなればどうなるか。

 機神ジズが、その中にいるナイトごと、二体の獣に殺戮されるのは、必定ひつじょうの未来。

 予言とやらが嫌でも脳裏のうりをよぎる。


むくろとなり、にえとなる)


 その言葉が現実味を帯びていく。


「いやだ……」


 かすれた声が、コクピットの内に反響する。


「いやだ、いやだ──」


 無様な涙声が、ナイトの歪んだ唇から漏れ聞こえる。


「いやだ、いやだ、いやだッ!」


 わめき散らし、涙で視界をグシャグシャにらしながら、ナイトは果敢かかんに次の鋼材で武装する。


「俺は、帰るんだァあああああッ!」


 こんなわけのわからない世界で、生贄いけにえとなって死んでいくなど、まっぴらごめんだ。

 ナイトなんてふざけた名前をつけてくれた、家で待つ両親の姿が目に浮かぶ。

 母さんの作ってくれたハンバーグがまた食べたい。

 父さんともう一度キャンプに行って──それから。

 二人に、ちゃんと、あやま




《ゴアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!》

《ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!》




 ジズの武装していた鋼材が敵の腕によって払いのけられ、内ひとつが、コクピットブロックのある胸部を衝き貫く──




 ついで、真紅の左腕と右太腿に、獣の指がかかった。

 決着は一瞬だった。

 ジズの左腕と右脚が、グシャリと音を立てた刹那──真紅の装甲ごと完全に破壊された。





   * * *




「いよいよ、か」


 客席がこれまでにない高揚感と絶頂感の只中にあった。

 機神ジズの完全破壊──その中の少年の「死」を望んで渾然一体こんぜんいったいとなるのを、立見席の老人は静かに見ていた。


「どうか生きていろよ、少年」


 世紀の瞬間を一目ひとめ見ようと、闘技場中心、儀式の殺し合いに狂奔きょうほんしている人波のなかで、黒衣の老人が消えたことに気づく者はいなかった。








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