三章
死闘
* * *
『始まりましたわね』
通信回線越しに、ツァーカブは平然と事実を告げる。
闘技場の外で待機し、平静に煙草をふかすカナイは、黙ってそれを聞く。
次に通信回線聞こえた声は、紅玉の十字架を背負う銀髪紅眼の後輩のものだった。
『ものすごい音というか、声、でしたね』
『そっか。そっちはいま映像モニターでしか見れないんだよね?』
黄金の十字架を背負うハムダンの姿のみ、闘技場の地下に残されていた。
今回、彼女は闘技場の防壁生成を主に担いつつ、戦場の探査と観測を同時並行で行う。
『スタンピードモード……故意に暴走状態にさせた機神二体の絶叫よ』
前の時とは段違いに決まっている、と蒼氷色の十字架を背負うヤヒールの声が聞こえる。
『──
ほぼ全員が背筋を伸ばす声が回線に飛び込んでも、カナイは煙草の白煙を目で追い続ける。
大司教シホンは命じる。
『機神三体が暴れ出すこの状況を嗅ぎ付け、近隣の機属共が群れを成して行軍してくることは明白。場合によっては聖騎士団や
シホンは一方的に通信を切った。
闘技場の四方に散るツァーカブ、カアス、ヤヒールがパワードスーツを展開し、迎撃準備を整える。
「はぁ……」
苛立ちの溜息がカナイのやる気を削ぎ落としていくが、もはや悠長に少年の安否を考えている場合ではない。
彼女の目の前──丘の下に下等機属の群れが続々と集結しつつあった。
煙草を吸ってないとやってられない状況というわけだ。
「──死ぬなよ、ナイト」
望みは薄いだろうが、カナイは漆黒の十字架に祈りを捧げ、パワードスーツを展開した。
闘技場から、暴虐に染まり果てた獣声が轟き、聞こえる……
* * *
闘技場内は既に、興奮と熱狂の嵐であった。
二体の獣──
「どうする、どうする、どうする、どうするッ!?」
コクピット内で意味もなく叫び続けるナイト。
ジズの機動力を生かし、なんとか回避に専念することはできるが、闘技場内という閉鎖空間では、逃げ場などないに等しい。
おまけに、
「痛っ!」
鋼鉄の壁に貼られた防壁は、触れるだけでジズの装甲を焼き、ナイトの退路を容易に塞ぐ。実に邪魔くさい。
「なにか、武器はないのか!」
『報告。オプション兵装の類は現在』
「装備積載されてないんだろう! そんなことは分かってる!」
こんなことならば、どうやってオプション兵装を増やせるのか研究しておくべきだった。これまで必要を感じてこなかったことが本気で悔やまれる。いつも戦闘では、カナイたちがサポートしてくれていたから。
「くそ、言い訳なんてしてる場合か!」
ナイトは己に憤慨しつつ、とにかく逃げに徹する。観客席から「しっかり戦え!」「逃げるな!」という野次が飛ぶが、コクピットの中にまではいっさい届かない。
(生き残る──なんとしても──なにをしても!)
そうでなければ、何のために自分はこんなクソみたいな世界へ転移させられたのか。
あの事故はどうなったのか。少女は無事なのか。両親は今どうしてるのか──知りたいことが山のようにあった。
全身を冷や汗が伝う。涙と汗が目に染みて痛みを発するが、目を閉じる一瞬が命取りとなる。
「ジズ! むこうの強さは! 俺たちは勝てるのか?!」
すがるような問いかけだった。
せめて何か、逆転のヒントとなる何かを掴めないかと思考を回転させるナイト。
だが、帰ってきたのは非情な回答だった。
『計測。ベヒモス、レヴィアタン、共にレベル“100”オーバー。現在の当機体の勝率
「う、嘘だろ!」
数パーセントもないなんてことがありえるのかと本気で問うナイトであったが、ジズの明晰な機械音声は変わらない事実を突きつける。
『報告。現在の当機のレベルは“5”。また、強化装甲・外部武装なども未入手のため』
「くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそ、くそッ!」
ジズの説明を遮るように罵声を浴びせるナイト。
涙が両目をふさぎかけてしようがない。今になって、選択を致命的に誤った事実を突きつけられる。
(昨日、カナイさんの言う通り、逃げ出す選択をしておけば!)
こんな目に遭わずに済んだのではあるまいか。“たられば”の話など無意味だと理解していても、ナイトは考えずにはいられない。
だが、現実はそうはならなかった。
あのとき、カナイを囮にして逃げ出すなどという恩知らずな行為行動は、ナイトには選択不可能だった事実。
(馬鹿か俺は!)
モニターを殴りつけたい衝動に抗えなかった。
カナイさえ犠牲にしていれば、あるいは助かったのではあるまいか──そう思念する自己を本気で呪いかけるナイト。
(今、最も優先すべきなのは!)
勝って、生き残ること。
それが単純なようでいて難しい。
ベヒモスとレヴィアタンの攻撃は、血に飢えた肉食獣のように
闘技場を走り回り、転げ回り、装甲を砂塵まみれにさせながら、なんとか活路を見出そうとするが、うまくいかない。
それもそのはず。
追ってくる青銅と常盤の獣。
ジズと同型とは思えない性能を発揮する二機。
あの両腕の魔手に掴まれれば、即座に強靭な顎と牙によって噛み千切られ咬み殺されるイメージしか湧いてこない。
「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ!」
呼吸が苦しくなるほどの畏怖に溺れ、思考が空転するほどに脳髄を酷使する。
武器になるものを探すべく、ステータスウィンドウを開きアイテム項目を一覧する余裕すらない。
退路を失い、ベヒモスの腕が、レヴィアタンの腕が、ジズのコクピットがある胸部めがけて殺到する。
「ひっ」
ナイトは反射的にレバーを操作し、機体を前転させるように動かす。奇跡的に攻撃を
「た、助かった」
しかし、ほんの一撃を
「え」
互いを攻撃し合うベヒモスとレヴィアタンの姿に
* * *
「ああ、これは良くない流れですな」
特別観覧席で“儀式”を見守っていたシホン大司教は丸眼鏡の位置を整えつつ、教皇に説明する。
「出来ればジズを早期に排除し、ベヒモスとレヴィアタン同士の争いは、儀式の終盤まで取っておきたかったのですが──」
「致し方あるまい。双方ともに暴走状態なのだから、こうなることもあろう。対策を講じておらぬ大司教でもあるまいに」
「
大司教は闘技場地下にいる使徒に通信回線を開く。
「ベヒモスとレヴィアタンの意識を、ジズへ強制的に向けさせろ──徹底的にな」
『……承知しました』
通信終了から数秒後、互いを殴り合い掴み合い咬み合い続けていた二匹の獣が、真紅の機体の存在を思い出したように振り返る。
「……む?」
だが、その間に機神ジズは、なんとか迎撃態勢を整えようとしていた。
その様を見て大司教は、狂暴かつ
「無駄な、足掻きを!」
闘技場を見渡した教皇の声は、興味が尽きないとばかりに驚嘆の色に染まる。
「存外に、やる少年かもしれぬな、あのジズの持ち主は」
* * *
ベヒモスとレヴィアタンが取っ組み合っている僅かの隙に、ナイトはジズを闘技場中央に退避させ、汗と涙を顔面から
「よし」
落ち着いて、ステータスウィンドウを開く。
アイテム一覧を総覧し、最近ジズ内部に格納したばかりのアイテムを、機体の両腕に顕現させる。
「──三等機属〈スィムハー〉の残骸」
その中から槍のような鋼材と盾になりそうな鋼材を選んで、さながら古代の剣闘士のごとく、ジズに構えさせる。
それ見た観客たちはおもしろい
だが、
「……くそっ」
その中にいる少年は、緊張と不安で吐気が止まらない。レバーを握る手が、ペダルを踏む足が、ウィンドウを操作する指が、震えてきてしようがなかった。
こんなスクラップも同然の装備で、どれほど抵抗できるものか判ったものではない。
それでもナイトに残された最後の手段が、これだった。
「やってやる──ああ、やってやるさ!」
取っ組み合っていた二機が、不自然なほど急に真紅の機体へと向き直った。
血のしたたる生肉にでも見えているのだろうか、再度の
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