断言
* * *
「おもしろい状況じゃねえか。なぁ、おい」
「あ、え、あ」
「いや、その」
十字架を担ぎ煙草をくわえる金瞳金髪の修道女の凶悪な笑みに、悪党どもは一様に委縮し震えあがっている。
そんな中で。
「…………」
ナイトは自分が危機的状況にあったにもかかわらず、彼女に見惚れた。
金髪を隠す貞淑な白ヴェール。
褐色の体躯を覆う漆黒の衣服。
それでも隠し切れない女体美。
そして、夕日を背にしてまっすぐに輝く、黄金の瞳。
修道女は、スラムの悪党共にも物怖じすることなく、むしろ逆に相手を威圧して
悪党どもの首魁が、言い訳するように言明する。
「せ、聖女さま、いや、シ、シスター・カナイ。これには深い訳が」
「黙ってろ三下ァ!」
修道女の一喝が男たちを委縮させた。
黄金の瞳がジロリと悪党どもの親玉を睨み据える。
聖女と呼ばれた女性は、細い紙巻の煙草を口から吐き出して喚き散らす。
「大人数でたった一人を囲んでいる時点で、言い訳の余地なんてないぞ!?」
「いやしかし」
「それとも全員。
「ぐ、ぬぬ……」
巨大な棍棒を持つスラムの顔役を押しのけるように、修道女は威風堂々と歩を刻む。
悪党どもは借りてきた猫のようにおとなしくなり、女性の行く道を開けていくだけ。
「大丈夫か?」
手を差し伸べられる。
たったそれだけのことなのに。ナイトは心の底から満たされたような涙を落とす。
「す、すいません」
「大丈夫。さ、手を」
掴まれた。
まるで迷子を導くような力強さで。
ナイトは棒を持っていない左手を引かれるまま、修道女のあとについていく。悪党どもは、誰一人として、追ってはこなかった。
独特な香りの紫煙をくゆらす修道女に手をひかれるまま、ナイトは表通りに出る。雑踏の音が耳に心地よい。
「危ないところだったな」
「い、いえ……はい」
とりつくろう意味もないため、ナイトは涙声で答える。
「あんたもだが、あいつらも、だ」
「?」
修道女は冷厳な声音で断言する。
「その特殊な衣服……あんたは“異世界転移者”だ」
「……異世界、転移者?」
現実味のない言葉を
「あんたは、こことは違う世界から渡り来た異邦人だ。その力を
「……」
ナイトは無言のうちに混乱しながらも、これがアニメやマンガで語られる異世界転移であるという実感を得始めた。言葉が通じることに多少の違和感を覚えたが、それよりも真っ先に確認すべきことが、ひとつ。
「か」
「か?」
「かえ、帰る方法はないんですか?」
絞り出すような声色と共に、大通りに明かりがともりだす。
紫煙を吐き出す修道女は、残念そうに首を横に振る。
「大概の奴がそれを聞くが──私が知る限り──『帰れた』って奴がいたという伝承は聞いたことがないね」
「そんな!」
そう言える程度の執着が、ナイトには残っていた。残されていた。
録りためていたアニメ。気になるマンガの続き。
そして、両親。
(そんな……)
こんな形での別離など想定していなかった。
こんなにも急激な展開を、予期しろという方が無理というものだ。
押し黙るナイトの様子に同情したのか、修道女はあらためて向き直る。
「挨拶が遅れたな。私の名はシスター・カナイ。以後よろしく。──あんたの名前は?」
「……内藤ナイト」
からかわれるだろうかと一瞬緊張するナイトだったが、
「いい名前だな」
意外なことにからかわれることはなかった。
ナイトは言い添える。
「あの……ナイト、ですけど」
「? それがどうかしたか?」
思わず涙ぐみかけるナイト。
異世界であるのなら騎士階級ぐらいありそうにも感じたが、とりあえず、この名前で
涙を拭おうと少しだけ俯く。
そして、異変に気づく。
「あ、あれ?」
「どうかしたか?」
「あの……、これ?」
ナイトは指を突きつける。
気が付いたとき、視界の端に何らかのアイコン──風景に溶け込むほど希薄で矮小な、灰色の正四角形があった。
ナイトは目をこするが、ぼんやりと明滅するアイコンは消えやしない。
「どうしたんだよ?」
「い、いえ。なんでも……」
ないと言ってよいのだろうか。
言い淀む異世界人のナイトの様子に小首を傾げる修道女。彼女にはなにも言えないまま、修道女の住まう神の
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