決闘





   * * *




 ナイトが制止するのも構わず、決闘の準備は着々と進められていった。


「えー、それでは、この私、第七戦装レリウーリア保持者・カアスの立ち合いの下、両者合意における決闘をおこないたいと思います」


 もはや完全に諦観ていかんの域に達しているカアスは、ナイトを後方に下がらせつつ、決闘の音頭おんどをとる。


「ルールとして、相手の頭部装甲を破損させた方の勝利とする。双方よろしいですか?」

「ああ」

「勿論」


 すでに漆黒と純白の〈第八戦装ミソパエス〉をパワードスーツ形態に換装している女性陣たちが、同時に首肯する。


「あのー」

「なんだよ、ナイト」

「カ、カナイさん。やっぱり決闘なんて」

「心配すんなって。私が負けるわけねえ」


 いやそういうことじゃないと言いたいナイトであったが、もはや聞く耳を持たぬ様子で煙草を吐き捨て踏みにじるカナイの様子に辟易へきえきする。


「少しはナイト様の言うことに耳をかたむけて差し上げたら? それで聖女サマのつもり?」


 蜂蜜はちみつのように甘くとろけた声色に、若干刺々とげとげしいものを含ませるツァーカブは、まだ話が通じそうな雰囲気があったが、


「そんなに負けるのが怖いのか?」

「──言いやがったな、テメエ?」


 話し合えるムードは刹那の内に雲散霧消うんさんむしょうする。

 金髪のロングヘアが結い上げられ、褐色の肌と共に漆黒の頭部装甲の内に秘される。

 純白の縦ロールヘアも同色の頭部装甲の中に格納され、その狂暴凶悪な笑みと共にナイトの前から遮断される。


「このわたくしが、負けるわけねえでありますわよ」

「口調が乱れてるぞ、エセお嬢様」

「カアス! 早く合図を!」


 先輩二人にかされる形で、カアスは右手に握る紅玉の小銃──空砲を天に向けて構える。


「えー、では用意────はじめ」


 渇いた音が大気を貫くと共に、黒と白の機体はブースターを噴かせて空へのぼる。

 それを見送るしかなかったナイトは、カアスの影から二人の機影を見つめ、呟く。


「決闘、って。本当に、大丈夫なの?」

「あの二人にとっては日常茶飯事です」


 もはや慣れの境地にいるらしいカアスは、オアシスの岩場に腰掛け足を組んだ。艶めく太腿がスリットの隙間からチラリと見える。

 銀髪紅眼の少年は両手を広げ、心底あきれたように両者の戦歴を告げてみせた。


「修行相手として。良き競争相手として。それはもうさんざん──自分が記憶している限りですが、三百戦も互いに決闘しているなんていうのは、あの二人以外に聞いたことがありません」

「さ、三百っ……」


 上空では凄まじい衝撃音と射撃音、金属音と飛翔音の応酬が繰り広げられる。

 が、攻防は一進一退。どちらが有利不利とも見えぬ状況だった。


「……ちなみに、二人の、その、戦績は?」

「カナイ先輩が百勝、ツアー先輩が百勝、引き分けが百という感じですね」


 まさしく互角。

 その戦績を体現するかのように、二人のデッドヒートは加熱の度合いを増していく。





   * * *




『ちょっと見ない間に、いくらかなまったんじゃねえか!』

『は! その言葉、そっくりそのまま返して差し上げますわ!』


 オアシス上空で行われる決闘に、カナイとツァーカブは一切、手心を加えるつもりはなかった。二機の航跡に薄い雲が引かれる。

 機関銃がうなりをあげて薬莢やっきょうを吐き出し、ビームソードの交錯こうさく幾合いくごう火花スパークを散らしていく。

 二人は互いの強化装甲で銃弾をはじき、急激な姿勢制御で火線から逃れ、幾度も空中を錐揉きりもみしひねむのを繰り返して、相手の頭部装甲のみを正確に狙う。

 ふと、カナイが下にいるナイトの様子をモニターで確認した隙に、純白の機体が持つ六連砲身が軽快に火を噴いた。漆黒の機体は滑るように敵射線上から離れていく。


『おっと』

『あ~ん、惜しい!』

『そう簡単にやられるかよ!』


 互いに百一勝目がかかった決闘。

 カナイはあらためて純白の機体に接近すべく各部バーニアスラスターを操作する。





   * * *




「……それにしても。二人とも、よく続けられるな」


 ナイトのあきれ声が虚空こくうに響く。

 決闘開始から一時間は経過したが、青空に溶け込む黒と白の機影、どちらも疲労の色が見られない。

 ただ頭部装甲に一撃をあてる──その程度のことができずに、これほどの時間が立つとは。ナイトは決闘前の危惧きぐや不安を忘れ、ただただ魅入みいる。


「あの、ナイトさま」

「うん? どうかした、カアスさん?」

「こんな時にとは思いますが。本当に、元の世界へ帰りたいですか?」


 意外な質問をされて面食らうナイト。

 岩場の隣に座る銀髪紅眼の乙女(に見えるが少年)は、割と本気な瞳の色で問いただしてくる。


「え、何、急に?」

「いえ、その……こちらの世界で生きていくというのは、ダメなのでしょうか。ナイトさまの御力は、我々にとって得難えがたいものですし」

「それは──」


 難しい問題だった。

 以前ほど、この世界に対する拒否感はなくなってきている。

 共に旅してくれるカナイ、カアスの存在は、本当にありがたいものであった。

 それでも。


「俺は帰りたい。帰って、両親に……あやまりたいんだ」

「謝る? それは何故?」

「俺、この名前で、小さな時からさんざんからかわれてさ。それで両親に言ったままのことがあるんだ……『こんな家に生まれてこなきゃよかった』って」


 今でも後悔される、最悪の喧嘩別れだ。

 まさかこんな形で、家が恋しいと思わされる日が来るとは、夢にも思わなかった。

 しかし、だからこそ。


「俺はやりなおしたい。俺の生活を。俺の関係を。俺の世界を。だから、カアスさん達には悪いけど」

「いいえ。ナイトさまのお気持ちは、十分以上に理解できました。こちらこそ差し出がましいことを口にしてしまい、申し訳ありません」

「いや、こちらこそしょうもない話を」


 とんでもございませんと首を振るカアス。銀髪がさらさらと木陰の下で揺れるのを見ると、本当に男性なのか疑わしいほど女性的な所作だ。


「小腹もすいてきましたね、先輩方には悪いですが、少しばかり昼食を……」

「どうかした? カアスさん?」


 カアスは紅の瞳を見開き、こめかみに手を当てる。


「新たに近づく、機影? ですが、機属の反応ではない──この速度──この機体反応は!」


 通信回線に雑音が混じったと思ったのも束の間、幼い声が決闘の仲裁ちゅうさいに入る。


『喧嘩はそこまでだよ、二人とも』

『なっ! その声は!』

『ちょ、マジですの!』


 決闘の場に闖入ちんにゅうしてきたのは、黄金のパワードスーツ。

 二人の黒と白の機体の間に割って入り、攻撃のビームソードを受け止める者の名を、カナイとツァーカブは同時に叫んだ。


『『ハムダン先輩ッ!』』






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