対立





   * * *




 ユダ地区にて。

 三等機属〈スィムハー〉十三基を撃破したナイトとカナイたちだったが、


「モアブ地区を担当してるはずのあんたが、なんでこんなトコにいんだよ!」

「どうぞご心配なく! モアブ地区は向こう半年ほど質素に暮らしていける蓄えをもたらしてきましたから!」


 青筋の浮かぶ額を突きつけあわせて、二人の修道女──カナイとツァーカブが、口論の真っ最中であった。

 機属の残骸を背にして、二人は腕を組んで唾を飛ばし合う。


「はっ。そりゃあ結構なことで! でもさ、そこは質素にとは言わず豪勢に暮らさせろよ、みみっちいったらないわね!」

「し、仕方ないでしょ! 質素倹約、清貧こそ美徳です! 教義にだってそう書いてありますわ!」

「はん。行き過ぎた倹約なんて何が楽しいのよ? 人生エンジョイさせてこその聖徒ってもんでしょー?」

「まー。“狂信”という名からは程遠い有様ですこと! いっそ洗礼名を返上なさってはいかがかしら?」

「あ~そ~、なんにせよ、もう用は済んだだろ? 聖地へ巡礼報告しに帰れば?」

「あ~ら~、御挨拶ですこと。わたくしは大司教猊下げいかめいを受けて、転移者様をお迎えに上がった次第でしてよ?」

「……ナイトを迎えにだとー?」


 カナイはナイトの方をチラ見する。

 二人の険悪なムードにハラハラドキドキしている黒髪の少年の様子は実に愛嬌があるが、今は思考の隅に置いておく。


「カアスは偶然だったけど。おまえまでつかいに回す相手?」

「それほどの人物人材だということですわよ、かの少年は」


 もう少し自覚なさいとうながすツァーカブ。


「いずれにせよ、かの方・・・を聖地に送り届けることは絶対の義務です。あなたも承知の上、でしょう?」

「──まぁね」


 聖徒に与えられた役割。

 それに則して行動するしかないカナイは、頭を掻いてツァーカブの合流を受け入れた。


「ナイト、こっちに来な」


 呼べば子犬のように従う少年のいじらしさに目をつむり、カナイは仲間を紹介する。


「こいつは淫売いんばいのツアー。私の同期」

「だ、誰が淫売ですか! わたくし“はじめて”だって“まだ”ですのよ!」


 いつもの調子で抗議の声をあげるツァーカブに、ナイトはおもいきり噴き出してみせた。

 それを見て、私は笑う。

 大いに大いに笑う。

 心の底から笑みを浮かべることができていた──


 



   * * *




 今回の自分は役立たずだったなと、ナイトは大いに自省してしまう。

 出来たのは、思い付きの足止め役程度。敵をほふったのは、カナイたちの砲撃があればこそだった。


(ジズに、いいや、俺にもっと力があれば)


 ナイトは切実に思う。

 ステータスウィンドウを確認して称号ノーブルランクを確認するが、ジズが言っていた“魔力”とやらを扱える称号獲得には至れていない。

 本当に不甲斐ない。ビームキャノンとまでは言わない。だが巨大ロボなのだから、せめて機関砲などの銃火器を積載し装備しても、おかしくもなんともないとは思う。否──こんな人型兵器が他に存在しない世界である以上、弾薬などを装填することができないから、この初期装備も同然な状態なのかもしれない。現状の機神ジズに出来ることは「殴る」「蹴る」などの直接攻撃のみ。だが、それではダメな敵の存在が、今回のことで理解できた。


(どうすれば強くなれる?)


 そうすれば、カナイを“自爆”などという最終手段に、追い込まずに済んだのではないか。

 ツァーカブの砲撃が間に合わなかったらと思うと、本気でぞっとする。

 もう二度と、あのようなヘマはゴメンだった。

 そのためにも、強くなりたい。

 しかし、どうやって?


「四人の皆様のおかげで、街は救われました。街の者一同、伏して御礼を申し上げます」


 街の中央塔にて。

 長老ジフをはじめとした街の住人達に感謝の限りを尽くされつつ、三等機属の残骸──鋼材や燃料の半分を置き土産に(残り半分はナイトが格納し)、四人はユダ地区を旅立った。

 オフロードバイクは三台に増えた。


「さぁ。聖地エブスまでは一日といったところですわ。それまでの間、ナイト様には一機たりとも機属を近づけさせたりしませんので、ご安心を!」


 勢い込んで先陣を切る白髪縦ロールのお嬢様なツァーカブとは対照的に、カナイやカアスは心なしか活気が失われつつあるように見える。

 カナイは沈黙し煙草をふかす本数が増え、カアスもまた目を伏せる回数が異様に多い気がする。

 オアシスを見つけ、小休憩を取る際に、ナイトは思い切って声をかけてみる。


「あの、どうかしました、二人とも?」

「え?」

「──何が?」

「いや、べつに何がというわけじゃないですけど。そういえば、カアスさん」

「はい。なんでしょう、ナイトさま?」

「ずっと聞こうと思ってたんだけど。俺と初めて会った時のこと覚えてる?」

「ナイトさまが私の格好に絶叫された時ですか?」


 それは忘れてください、とナイトは早口で言う。

 思い出しただけで赤面物のハプニングだったが、いまはそこではない。


「あのとき、俺のこと予言の体現者とか何とか、って言ってましたよね? あれってどういうことです?」


 あるいは称号ノーブルランク獲得にかかわる重要な情報かもしれない、聞いておいて損はないと思っての発言であり質問であったが、


「それは…………」


 口をつぐんでカナイを見やる銀髪紅眼の修道女、ではなく修道士の姿に、ナイトは小首を傾げる。


「えと、ナイトさまには関係のない話でして」

「関係がないとは、どういうことかしら、カアス?」


 白髪縦ロールの修道女・ツァーカブが、居丈高に問いただす。


「ナイト様が異世界転移者であり、機神ジズという御力を備える以上、予言は完全に一致しておりましてよ? それを歪曲わいきょくするような発言は」

「やめな、ツアー」


 カアスを訊問じんもんする口調でまくしたてる同輩の前に、金髪褐色の修道女が立ちふさがった。

 その様子を見て、白髪の乙女は即座に理解した。


「ああ、なるほど。あなたが、とめていたわけね。カナイ?」

「ナイトに予言の話をするだけ無駄だ。ナイトは元の世界に帰りたがってるんだぞ?」

「ええ、それはそうでしょう。けれど、話だけでも聞かせてやったらどうなのです?」


 バチはあたらないでしょうに、とのたまうツァーカブ。


「ナイト様。我等が教団には古くからの“予言”がございますの」

「おい。やめろツアー」


 本気の口調で十字架から漆黒の銃口をのぞかせるカナイ。

 そんな彼女の様子に懐疑的な視線を向けるツァーカブも、純白の十字架から銃口を差し向ける。


「本気かしら?」

「そう受け取ってもいい」

「ちょ、二人とも! なんで!」


 一触即発な空気が、一瞬のうちに醸成じょうせいされた。


「ならば、“決闘”と参りましょうか?」

「望むところだ」





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