激闘





   * * *




 大司教シホンは頭を振った。


「まったく。この私を投入せねばならぬほどの戦況とは──」


 よほどの難敵・難関に見舞われたものと推定することはできる。

 が、大司教の戦力投入は、あくまで最後の手段であるべきなのだ。


「手始めに。このわずらわしい球体から破壊すべきか──いや


 彼の眼には戦局がよく見えている。

 まず何よりも優先すべきは、ただひとつ。


「ジズの鹵獲ろかくに向かうとしよう」


 シホンは生命反応をひとつの戦闘端末──ボール型の戦闘機内に発見し、即断して動いた。





   * * *




《ナイト気を付けろ! 大司教の狙いは間違いなく》


 そこで通信は途切れた。

 衝撃波の風圧音圧で、ナイトは一時的に聴覚を失いかけた。


「な」


 土柱が高々と上がる。

 彼の機体の傍近くを浮遊していたバロンが、シホンの飛び蹴りを受けて大地を貫いたのだ。


《デク人形に用はない。ヤヒール、ハムダン、デク人形の追撃に行け。ジズは私自らが鹵獲ろかくする。そのほかの使徒は〈タホール〉を狩れ》

「あ、ああ……」


 ナイトはじけた声を絞り出す。

 直感で理解した──空を舞う大司教シホンは、人間ではない事実を。


《久しぶりだね、転移者殿》

「来るなァアアアアアアアアアアアアアアアッ!」


 ナイトは操縦桿を振るった。

 荷電粒子砲をシホンの方角に向けて、発射。

 すべてが光の内に消えたかに見えた──だが。


《ぬるい》


 光の内側から伸びる両腕。

 火力の本流を吐き出す荷電粒子砲の砲身を、シホンは素手で掴み潰した。


《しかし、これは間違いなく我等が十字架の砲戦モード──いかようにして、我等の技術を窃取せっしゅしたのかは知らんが。そんな攻撃では私は小動こゆるぎもせんぞ》

「チィっ!」


 ナイトはステータスウィンドウを開いた。

 この三日の間、ナイトは徹底的に研究していた。

 神速で空中のコンソールを叩き、ジズの顕現コードにアクセス。

 結果、ナイトは二秒ほどで、“ジズの右腕”のみを顕現させるという離れ業をやってのけた。


《ほう?》


 微かに感心したかのごとく瞠目どうもくするシホン大司教に、ジズの巨拳を防ぐ手段はない。彼の身体は見事に機神の一撃によって弾き飛ばされる。

 即座に下へと落下・墜落を余儀なくされた先達に安否を問う。


「バロンさん! 無事ですか、バロンさんッ!」

《……かはッ……だいじょうぶ。なんともねぇ》


 なんともない声量ではなかった。急いで救援に行くべきか迷う。

 しかし、ナイトはナイトで目まぐるしく変転する戦局に、思考が混沌化していた。

 そこへ、大量の戦闘端末を殴り壊す轟音が弾け来る。


《ナイトは自分の心配をしていろ、こっちはこっちで、なんとかする》

「本当に大丈夫なんですかっ?!」


 バロンは皮肉屋っぽい口調で即答した。


《俺の身体はほとんど全部が鋼鉄、アダマンティンの“義体”だぞ? これくらいの墜落わけもねえ。おまえは使徒と大司教の攻撃に集中しろ、いいな?》


 そう言って、通信回線を閉ざしたバロン。

 彼の状況は気になるが、ナイトは目の前の戦闘に集中するしかない。


「荷電粒子砲、復元開始。その間は」


 ジズの右腕でしのぐしかない。真紅の装甲が戦闘端末を覆い、防御を厚くする。

〈タホール〉を墜とさせるわけにはいかない──あの中にいるカナイを、守るためにも。


「邪魔を!」


 ジズの左腕も顕現させる。

 ナイトは心の底から吼えて、〈タホール〉に砲撃を加える使徒たちの機体を睨んだ。


「するなああああああああああああああああああぁ!」





   * * *




《あらららら、大司教猊下が吹っ飛ばされるとか》

《へぇ。あれが機神、ジズの能力チカラってわけね》


 アフランとアツランは〈タホール〉の表層にとりつき、機銃掃射やミサイル発射で鋼鉄の要塞を侵攻する橋頭保きょうとうほを築きつつあった。

 掘削機械のようにビームソードを打ち込み、自己修復しようとする鋼鉄の壁を斬り払い、防壁を展開する。


《私たちは〈タホール〉の攻略に尽力しましょう。カアスは我々と共に雑魚ざこ狩りをお願いします》

《りょ、了解しました。ヤゴン先輩》

《大司教があの程度で停止するわけないしね……本気でご愁傷様だわ》


 ヤゴン、カアス、ディカオンが会話する輪の中、機関砲とミサイルランチャーを満載した敵戦闘端末が飛来・集中砲火を浴びせる。

 それに追随するように真紅の右腕を備えた戦闘端末が飛翔して来るが、


《!》


 打撃音が真紅の装甲を貫かん勢いで飛び込んでくる。


《ああ、お早い御帰りだこと》

《私らは私らの仕事に専念するよ、とっととこのデカブツ墜としちゃえ》

《──ナイトさま》


 二等機属〈タホール〉は、徐々に使徒たちの手によって攻略されつつあった。





   * * *




「邪魔するなってんだ!」


 ナイトは暴言と共に、ボール型戦闘端末に積載されていたミサルランチャーを全開にして、全弾をシホン大司教に叩き込む。

 自動追尾するミサイル群をシホンは回避する素振りすら見せず、その手足で殴り蹴り墜とすが、すべてを叩き落とせる数ではなかった。

 大司教の生身の肉体に、ミサイルが鉄杭のごとく殺到し爆炎の業火を生む。


「どうだ!」


 ナイトが見つめる先で黒煙が晴れていく。しかし、


「無傷だとっ!」


 法衣には焼け焦げひとつ確認できない。それどころか、両目を覆う丸眼鏡も罅割れていなかった。


《無駄な足掻きだ。大人しく降伏した方が賢明だぞ》

「誰がそんなことを!」

《そうか、それでは──聖騎士団》

「なに!」


 ナイトは目を疑った。

 西の方角、砂漠の丘の上に、高射砲を設置した聖騎士団の群れがモニターで視認できた。

 大司教は冷徹に命ずる。


《ありとあらゆる手段を講じて〈タホール〉を撃墜せよ》


 その命令に則し、聖騎士団は砲火をあげる。

 規則的な爆音が群れをなし、〈タホール〉の戦闘端末を撃墜させ、防壁に負担を強いる。


「くそ!」

《君の相手は私が務める──だまって機属が誅戮ちゅうりくされるのを見ているがいい》





   * * *




〈タホール〉下部では、上半身の鋼鉄を剥き出しにして戦うバロンが、必死に二人の使徒と対峙していた。

 しかし、戦況はバロン側の不利に働いている。


《そんな身体で、私たち二人と拮抗できるわけがないよ、バロンくん》


 ハムダンの指摘する通りだった。

 現在のバロンは、シホンの蹴りによって右腕を粉砕され、続く墜落のショックで反重力機関に過大な負担を強いられている。

 それでも、バロンはステータスウィンドウを開き、アイテムボックスから重火器を左腕に取り出して果敢に応戦してみせる。


《どうして──どうして、そんなになってまで》


 秘匿通信の中で、ヤヒールは声を詰まらせた。


「どうしてだと? おまえらが俺に──はは──俺とベヒモスにしたことを忘れたか?」


 明るい声に憎悪まみれの音色が響き、ヤヒールとハムダンは沈黙を余儀なくされる。


「おまえら教団の存在を。俺は絶対に認めない──そのためにも、ジズを渡すわけには、いかねえんだよ!」


 バロンの鋼の脇腹が六つに開く。

 そこに仕込まれていた小型ミサイル群が、弾幕を張る二人の使徒に襲い掛かる。

 同時に、反重力機関で二人のブースターをイジるバロン。

 体制を大いに崩した二人を捨て置いて、バロンは上空──ナイトの支援に飛ぼうとするが、


「いかせない!」


 頭部装甲を破損し脱ぎ捨てたヤヒールが、ビームソードで斬りかかる。

 バロンは舌打ちをひとつついて、左手指五本に仕込んでいたビームソードで切り結ぶ──





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