事実





   * * *




人造人間アンドロイド


 ナイトは忘我ぼうがの呟きをらした。

 聞かされていた──カナイを治療施設に運び入れる際に。

 聞かされていた──バロンとタホール、そして機属王ウルティマの口から。


 彼女は、彼女たちの正体は、人間じゃないことを。


 それでも、ナイトは実際に本人の口から告げられるまで信じなかった──そして、今。

 カナイは胸の開閉機構を閉じ、円卓に置いた左腕を付け直して、半機半人サイボーグとなった少年に謝罪する。


「──今まで隠していて、黙っていて、ごめん」

「──いえ。でも、どうして黙っている必要が」

「それは……」

「そういう慣習、というか信仰上の問題さ」


 黙りこくるカナイに代わり、あっさりと答えたのはバロンだった。


天使マルアフ教団は、機属を征伐する・機械の化け物から民衆を救うことをお題目だいもくとする組織だ。そんな連中が、対機属きぞく用に、機械で出来た人型兵器ひとがたへいきを増産しているというのは、実に矛盾むじゅんしているだろう? 目には目を、歯には歯を、機械には機械をもって対抗する。だから、聖女や使徒たちは自分たちの正体を隠し、偽って行動することが、身に染みているわけだ」


 どこかの誰かを思い出すように虚空こくうを眺めるバロン。

 しかし、ナイトは疑問をていする。


「それだと、貧民街の人々が使っている“戦装”なんかは?」

「あれは完全に“別枠”扱いなんだよ。そこのところはうまく誤魔化している。必要な技術であり、神からの慈悲や奇跡って感じでな。実際、適合率の問題で扱えない民衆の方が多いって、ウツ地区でも言ったろ?」


 そういえばウツ地区ではじめて会った際、護送バスの中でそんな話を老人に擬態ぎたいしたバロンはしていた。

 彼はよどみない語調で説明を続ける。


「もっとも。高位の戦装、第八戦装ミソパエスおよび第七戦装レリウーリアは、完全に戦闘用アンドロイドのために存在しているものに過ぎない。第一から第六戦装は、対機属兵器というより、一般生活向上のための道具ツールって側面の方が強い」

『まぁ、その戦装とやらも、もとをたどればわしらから派生した技術なんじゃがな』

「──どういうことです?」


 カナイはたずねた。

 機属王ウルティマは指を組んで話し出す。


『うむ。ナイトにも話したことじゃが、事の発端ほったんは一万年前にさかのぼる。

 とある異世界転移者が、この世界に流れ着き、それまでこの大地を取り巻いていた法則を書き変えた・・・・・。そうして、それまで隆盛を誇っていた大国を次々に滅亡へと追いやった。“彼”は、機械の帝国を創りあげ、世界を統一。わしら機属の祖にして王となる三体──ウルティマ、シュレムート、ブリアーを創りあげた。ここまではよいか?』

「ちょ、ちょっと待ってください」


 カナイは唐突過ぎる話に、完全に置いてけぼりをくらう。


「一万年前って……というか、教団の歴史書では」

『世界創生が行われたのは五千年前、というのじゃろう。じゃが、儂ら機属王の歴史はそれよりもさらに古い。これは事実じゃ』


 ウルティマは一呼吸おいて話を戻す。


『“彼”が築き上げた統一帝国は隆盛りゅうせいを誇った。数多くの同胞、機属たちによって、その版図はんとは世界全土にあまねくおよんだ。だが、その治世は五千年前に変容を余儀なくされる。──何故だかわかるか、カナイ?』

「まさか……教皇聖下の、誕生?」

『そうじゃ。正確には「創造」と呼ぶべきじゃがな』


 忌々いまいましげに顔をしかめるウルティマは、腕を組んで言い募る。


『とにかく、奴の、教皇の出現によって、“彼”と儂らが創りあげた帝国は分断された。教皇は「教団」を率いて独立を宣言し、現在今日こんにちの砂漠地帯を己の領土にくだした』


 それが五千年前の出来事。


「じゃあ、教団の歴史や、教皇の予言というのは」

『まぁ、噓っぱちじゃな。機属は外敵だの、世界の終末だの、奴が己の支配を円滑に進めるための虚偽虚飾じゃよ』


 カナイは頭を抱え込んだ。

 無理もないとナイトはカナイに寄り添いつつ思う。自分が信仰していた事実が、こうも真っ向から否定されては。

 ウルティマは話を続けるべきかカナイに問いかける。

 金髪褐色の修道女は、なんとか頷くことができた。


『教皇は“高位戦装”と“人造人間”の技術を統合した“十字架”や、支配権を奪った静止衛星レーザー砲・通称“天使マルアフの主砲”によって、儂ら機属の領土を切り取ることに成功した。儂らが砂漠地帯に機属を派兵しているのも、もとをたどれば儂らの領地を奪還するために行っていたことなんじゃ』

「なるほど、そういうこと……か」


 カナイの内にあった最大の謎が解けた。しかし、膨大ぼうだいな情報で目が回りそうになっている。

 その様子を見て、ウルティマは『ここまでじゃな』と裁定を下す。


『今日の語らいはこの辺にしておくかの。連中が何故「機神ジズ」を狙うのか、話しておくべきことはまだまだあるからな。が、カナイも復調して時が浅い。しっかり養生ようじょうするがよい』


 鋼鉄の円卓が床下に戻り、四人が立ち上がると玉座と三脚の椅子も格納される。


『ああ、それと、バロンは残れ。少し話したいことがあるのでな』

「はいはい。仰せの通りに」


 数度頷く焦茶色の髪の青年。


「機属王。最後にひとつだけ教えてください」


 カナイは立ち去ろうとする赤毛に銀瞳の女性を引き止めた。


「機属王の……あなた方の最終的な目的は、なんですか?」


 ウルティマは笑みを消し去り、そらおそろしいほど静かな声で断言する。


『あやつを、教皇を、たおす──儂らを裏切り、“彼”と“彼女”を亡き者にし、まんまと国を割ってみせたあやつめを、儂らは、一日たりとも許したことがない──』


 機属王ウルティマはそれだけを告げてきびすを返した。

 彼女の雪色のドレスが植物の園に消えていくのを、ナイトとカナイはもくして見送った。





   * * *




 ナイトとカナイが、タホールに送られたのを確認してから、バロンはウルティマを追って玉座の間の奥へ。

 機属王は見晴らしの良いバルコニーで、赤毛をエアコンディションの風に遊ばせていた。

 バロンは気安く王に話しかける。


「何用ですか、王陛下」

『決まっておる。ウツ地区で、おまえがやらかした失態、と言っては語弊ごへいがあるか? なにはともあれ、内藤ナイトを回収し損ねた件だ』


 ウルティマは怒っているわけでもなく、ただ釈然としない様子で半機半人の青年に振り返る。


「その件につきましては、自分でもなんとも言えないとしか」

『儂の、“機属王の側近”という称号を持つおまえが、万に一つも機属に襲われるはずがない。だが』

「シスター・カナイの犯行と見るのも、今では正直どうかと思えます。彼女は本当に、何も知らない様子でした」

『うむ。儂の読心機関──相手の思考を読み取る機能でも、カナイがおぬしの邪魔をした事実は一切なかった』


 だからこそ不可解であった。

 カナイは本気でナイトを安全圏に逃がすつもりで護送バスへと送った。

 100体の義体──別の身体を同時並列で運用派遣できるバロンが、一体の義体をウツ地区に潜伏させ、老人に擬態ぎたいし、首尾よく異世界転移者たるナイトを確保する寸前で、事は「ご破算」になった。


「自分が考えるに、おそらく第三者による攻撃で、護送バスは破壊されたものかと。そこへ機属が偶然やってきたとしか」

『うむ。だが、そうなると一体だれが、ウツ地区にいたバロンの義体を破壊したのか……』


 二人は大きな懸念を残しつつ、王宮を去っていくナイトとカナイを乗せた車をバルコニーから見送った。




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