王宮





   * * *




 ナイトとカナイたち一行がたどりついたのは、一片の長さが一キロメートルはあろう正四角錐──巨大なピラミッド状の建造物であった。


「これが王宮?」


 カナイが感嘆の声をもらした。


「機属王たちが保有している王宮の内のひとつだ」


 この王都で最も重要な建物だとバロンは語る。一行は車に乗ったまま王宮の中に入り込み、一階部分の駐車場で下車する。


「あの。今さらなんだけど──教団に属していた私が、王宮なんかに入ってもいいわけ? しかも機属王、様と謁見えっけんなんて」


 半壊状態の十字架を車のトランクから担ぎあげる修道女が問いを投げる。

 真っ先に答えたのはタホールであった。


『カナイ様の行状は、我々が把握しております。ナイト様のために教団を裏切ったほどの武勇を、王陛下たちは高く買っておいでなのです』

「だから、現在のカナイの立場は、機属王の賓客ひんきゃく待遇ってことだ。側近レベルの俺たちが口出しする案件じゃない」


 バロンもまた、カナイを客人としてぐうすることに不満や警戒の色を見せない。

 そして、ナイトにしてもそれは同じ。


「大丈夫ですよ、カナイさん」


 ナイトを振り返るカナイ。


「俺も初めは緊張して心臓が飛び出しそうでしたけど、今から会うウルティマ様、じゃなくて陛下は、とても気さくな方です。カナイさんのことも、こころよく受け入れてくれますよ」

「──ナイト。前から言おうと思ってたんだが」

「なんですか?」

「……いや、今はいい」

「おーい、二人とも急げよー」


 バロンにかされ、二人は王宮内に足を踏み入れる。

 近衛兵らしき機属──機人らの鎮護する自動廊下を進み、建物の奥へ。

 そうして、ほどなくして、四人は終着地にたどりつく。


『この先が王の間──通称・玉座の間となります』


 タホールが最も巨大な扉の前に立つと、扉は自らの意思でも持っているように、重く静かに左右へと割れる。


「こ、これが、王の間?」


 カナイが疑問符を浮かべたのも無理はない。

 そこは植物園もかくやというほどに草花が生い茂り、樹木が壁に天井に固く根を張った空間であった。おまけに鳥や獣の姿まであり、鬱蒼うっそうとしたジャングルを彷彿ほうふつとさせる。噴水から川のように流れる水のせせらぎまで聞こえてきて心地よい。清々すがすがしいほど澄んだ空気が、ナイトたち一行を迎え入れてくれた。


『おう、来たか』


 そんな植物まみれの玉座の間の奥から、王の機械音声がりんとどろく。


『待っていたぞ、ナイト。そして、カナイ』


 一行は植物園の奥から、小鳥や猛禽を肩に留まらせた女性が現れるのを視認した。

 まずバロンとタホールが即座に片膝をつき、ついでナイトが、遅れてカナイがそれに続く。


『ははっ。そうかしこまるでない』


 機属王ウルティマは、初じめてあった時の白いライダースーツ姿ではなく、いかにも正装らしい優美な雪色のドレス姿で一行に『楽にせい』と命じる。

 命じた瞬間、植物園の真下から、丸い鋼鉄の円卓が現れ、三人分の椅子と玉座が現れた。

 小鳥と猛金を木の枝に飛翔させた女王は、玉座に腰掛けつつ声を発する。


『ブリアーやシュレムートの前ではいざ知らず、わしの前で遠慮だの礼儀だのを重んじる必要はないぞ』

「わかってはいますが。そういう慣習なのでね」


 バロンが一脚の椅子に座るのに合わせて、ナイト、カナイがタホールの引く椅子へ順に腰を下ろす。タホールはそのまま侍従のごとく直立不動の姿勢を保って見せる。

 機属王は一人の少年──半機半人を見すえた。


『息災そうで何よりじゃわ、ナイト』

「それ、昨日もおっしゃってましたよね?」

『称号の数も増えておる。喜ばしいことじゃ』

「王陛下や、バロンさんの修練のおかげですよ」

『うむ──それで、シスター・カナイとやら』

「は、はい!」


 声をかけられるとは夢にも思っていなかったらしいカナイが、椅子の上で居住まいを正す。


『タホールから連絡を受けてはいたが、無事に回復して何よりじゃ』

「あ、りがとう、ございます?」

『だが、十字架が半壊状態──ナイトの左半身に部品供与を行った段階では、戦うこともままならんじゃろう。しばらくは無理をせんことじゃな』

「……お気遣い痛み入ります。ですが……」

『ですが、なんじゃ?』

「私はこうしたことを、悔いてはいません。なので、気遣っていただく必要のないことです」


 それは事実であった。

 カナイは半壊した状態の十字架を撫でる。

 ナイトを救うために供した力は確実に損なわれているが、そのことに対して一切の躊躇も後悔もないと言明するカナイ。


「カナイさん」


 ナイトはカナイと視線を交わした。

 彼女のまっすぐなありさまに深い感慨を覚える。

 バロンが口笛を吹いてはやし立てる風を見せねば、二人はしばし見つめ合い続けていたことだろう。


『その意気やよし、じゃ。だが、これから先の戦いで、十字架が半壊したままでは、己の命もあやういだろう』

「これからの、戦い?」


 カナイの疑念の声に、ウルティマは足を組んで深く頷く。


『おそらく。ジズ奪還のために、教団連中はありとあらゆる手段を講じるじゃろう。使徒の潜入工作、聖騎士団の拡充配備、司教たちの戦線投入』

「それは、つまり、機属領への侵攻が始まるってことですか!?」


 そんな馬鹿なとカナイは絶句する。

 当事者の一人であるナイトも、言葉もなくうつむくしかない。

 機属王は悠揚ゆうようと告げる。


『即座に開戦とはいくまいよ。だが、連中はジズを諦めない──場合によっては、暴走させたベヒモスとレヴィアタンを投じてでも、この領内を踏み荒らす算段だろう。そうなった時、十字架が半壊したままでは、おぬしの命がもたんぞ』


 機属王は二本の指を突き出す。


『選択肢は“二つ”じゃ。

 ひとつ。おぬしは機属領の奥深く・安全地帯へと避難するか。

 ひとつ。おぬしの十字架を戦闘可能な状態に復元改修するか』

「そ──そんなことが、できるんですか?」


 カナイは愕然と機属王を見つめる。

 ナイトのために十字架を壊すと決めた時から、元の戦闘能力は失われるものと覚悟していた。

 それが機属王の言葉を信じるならば。


『可能じゃわい』


 ウルティマはあっけらかんと述べ立てる。


『ここは機属領じゃぞ? おぬしらの“十字架”の修繕くらい、わけもなく行えるわ』

「そんなことが」


 本当に可能なのかと当惑し、呆然と呟くカナイ。


『“十字架”は教団の秘匿技術──神の秘蹟ひせきなどと教え込まれたのだろうが、それは事実とは異なる』

「どういう、意味です?」


 眩暈さえ覚えそうなカナイに対し、ウルティマは粛然と両手を組んで、告げた。


『“十字架”は、もともと我々“機属の技術”ということじゃわい──おぬしらの正体も含めてな』

「正体って……そ、それは!」


 カナイはナイトを反射的に見る。

 ナイトは申し訳なさそうに顔を背けることをしなかった。

 まっすぐに修道女の黄金の瞳を見据えるナイトは、懇願する。


「カナイさん。

 俺は、あなたの口から聞くまで信じません──だから──教えてください」


 ──“使徒”の正体を。


「なんだよ、もう……ああ、もう。わかったよ」


 カナイは諦めたように頭を振った。

 そうして、自分の正体をナイトに明かす。


「ナイト。おそらくご存じの通り、私は人間じゃない・・・・・・


 カナイは自分の左肩にあるボタンを操作し、自分の腕を“外してみせる”。

 左腕の断面は生体と金属の混合体で構築されており、これは、半機半人サイボーグとは似て非なる技術の成せる業であった。

 さらに、カナイは修道服のボタンを外し、胸の中心部を露わにすると、そこを軽く叩いて肉の表皮を“開放”してみせる。

 ハッチのように開かれたそこにあるものは、鋼の骨格に護られた、鋼の心臓部。

 驚きを隠せない少年に、聖女は明言する。


「私は、125年を駆動する人造人間アンドロイド。戦闘用アンドロイド・“狂信者”カナイだ」






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