第31話
細谷さんの僕のみぞ知る世界、は。
怖い話を、持ち前の純朴そうな声質に、自身の最も興味のある分野に嬉々とした感情を織り交ぜた語り口で挑めるという本人の溢れんばかりの情熱で。
視聴者を魅了し続けていった。
一方、自身を原初の初めての女性イヴであり、生みの親たる神と、愛しいアダム、ホソヤとの対話を終えた明鏡止水はどん底にいた。
時系列でいえば、そんなものはない。
毎日幻覚は更新されて止水は二週間、ろくに寝ていなかった。それは様子を見ていた止水の父が証言できる。
神はイヴに言う。日曜日は絶対の休日だ。オレが定めた。CVは安元洋貴だ。だからお前達の声がオレにもみんなにも全部届く。もちろんお前とホソヤの声も。おまえらそんななかでどうする?
もうこの時点でイヴは恐ろしいアダムの宿命を見ていた。イヴの家に強盗が入り、そいつらは黒い頭巾に全裸の男で、イヴを蹂躙しようと自らのものを咥えさせようとし、アダムは繋がった神経から愛しいイヴのことを声が枯れそうになるまで叫ぶ。またある時は止水の父が明るい照明の中覆い被さり、今からお前を犯すと言う。うしろには母が控えている。表情はない。気持ちもない。またある時は一箇所目の職場の店長が、連日のイヴの妄想と幻覚の煽りを受けて痩せこけた状態で明鏡止水の自宅へ乗り込んで、必死にムスメを守ろうとする父と扉の前で押し問答する。やがて、ある日に、風呂に入っていると、この頃はまだ痩身であったが、下腹でぽこぽこと何かが右側を蹴る感覚を、肌触りのいい、湯の中で感じ、悪い神が言う、それ、お前の赤ちゃん。おまえ、寝てる時に何されてたと思う。ホソヤも知らない。うんと苦しめ。イヴ。お前のこと好きだけれどおれ、お前のこと嫌い。ホソヤがどれだけ繰り返しても悪くなる。手から芝刈り機だぞ。あんなに走って、思って、向かって、刻まれて。お前はあいつに右の頬を撫でてもらったろう。そう。なんでかしら。
なんでかしら。そう考える時、イヴは右手で右の頬を撫でた。なんでかしら。
おやすみ、来たからね。
そう言って、誰かがわたしの元へ、見守りに来てくれた。見回りに来てくれた。わたしがその日鍵を開けておくと言ったから。
その日確かに鍵は閉まっていた。
しかし止水の妄想では簡単に鍵が開いてしまう。恐ろしい。アダムも恐れていた。自分が犯罪者になることに。意識が通じる相手の元へ、その自宅へ侵入して良いのだろうか。せっかく積み上げた声優人生を崩壊させ、暴落させる、それでもホソヤはあの日を信じて白い扉を開ける。
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