第10話
わたしが乗り物恐怖症の中で、電車に乗車している時の状態を先に語ろう。いつ来るかもわからない、目が回りそうな緊張のなか、ふいあれがやってくる。不安だ。どんな不安か。それなら良い例がある。いじめを自慰行為に喩えてしまった罰はのちに待つ。ひとが、たえられずに、氷漬けされ、その美しい裸体をアイスファイアで燃やさなければならないくらいに、してはいけない喩えなのだから。自分には文章を書く資格がない。なぜなら死体を一度しか見たことがないからだ。もう一回は、開けないように、そっとその子はそこに横たわっていたはずであろう形だったかだ。
天下のどこにも安心がないような、せめてトイレ付きの車両を選びたいが、都心の電車はお手洗いがついていない。不安は出たり引っ込んだりし、わたしを車内で遭難させてを繰り返す。わたしはながい引きこもりと中学生時代の友人のおかげで読書の癖を身に付けられていた。本の虫、がわたしの夢である。実際の本から出てくる虫は小さければ潰せるし、何かの映画で見た時はたくさんの卵形の蛆虫がページの中央で蠢いていて、とても素手で潰したり、本を閉じて絶命させるのは難しそうだ。
電車でのわたしをもっと語っておこう。お金もなく、授業料無償化までまだ到達していなかった十九歳のわたしはいざとなった時、助けてくれそうな女の人の乗った車両を選び、そこで古典の教科書などを開いていた。通信制にもいろいろな先生がおり、前の学校で習っていて当然だろうと思うものは教えてくれてなかったりするのだ。たとえば科学だったか、みじんこをかけ、と言われれば。通常の普通科生徒はその複雑な器官を細かくかいて、みじんこ、という生き物の身体を理解していることを、証明することを理解して、レポートを提出する。
そうレポート。その書き方すらわたしは知らない、全未受講単位零。前高留年後、乗り物恐怖症で車でやはり半年ごとの受講も二年通えず。先述の通り華の十五、六歳から十九歳になっていた。電車もヒヤリと駆け巡る不安、動揺、呼吸の荒さをなんとか不安・緊張を抑える薬とやらで抑えていた。相変わらず体の体温は上がらなかった。家は貧しいが、きょうだいはたくましく、まかないがでる飲食店でアルバイトをし、専門学校へと学資を使い進んでいた。そんな中通信制の高校まで都心に近づくにつれ満員になる中で、本物の女子高生の、当時はやっていた煌めくビーズのポシェットの反射が、わたしの古典の教科書に降り注ぐ。女子高生は当然、そう当然三人くらいの複数人だ。
迷惑じゃん!
迷惑ではなかった。
電車の中ではダイエット雑誌を読む初老の男性や、ドラマ、アンフェアにでてくる篠崎涼子のような、ロングコート、うんちくさかんべ?だからおれもくさいんや、なあ?!と一人漫才をしているものまで卒業までの、通信制にいた二二歳までたくさん出会ってきたのだ。だれも服装がダサいだの、毛がテンパだの、眉毛をそっていないだの、引っ越してきた地からすれば本当にそこから来たのかずっと疑問というだけで嘲笑されることも無くなった。年を得るごとに、町で、外で、無関心でいてもらえると思ったが違う。昔が容姿にダサいとうレッテルを引きまくっていたのだ。
いじめを、とあることに喩えたのをどうか許してほしい。初めは手や指、考えることすらいけないことだと思っていたのに、いつのまにか、それは自分の器官を確かめるためや、好きなモノを思った時、あるいは成長したらこうするものなんだと手を伸ばす。男なら、そう、想像がつく。
女の場合も表面を最初はこすったり、つよくおしてみたりする。いじめと似かよう、と最低なことを思った。初めは最低ではなかった。読んでいるうちに嫌になった人もいるだろう。
詳しく自慰行為やオーガニズムについて語るのは、わたしが二四歳くらいになってからだろう。
ただ、何が伝えたいだろう。
戯(あそび)ではある。しかし遊びではないのだ。
人が人を虐げるな。気持ちよくなるな。しちゃった後に笑いながら、自己嫌悪に陥りながら嗤うことに、わたしは敵意が湧く。
そう、女子高生のポシェットの反射は迷惑ではない。男子高校生の成長期特有の壊れたラッパのような声は耳障りではある。しかし。
普通に学校に行けて、
行けてるんだろう。
行けていいなと書きたかったが。二〇〇〇年代という時期はわたしにとって嘲笑と、友情と、不登校であった。
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