第41話 夕暮さんは表紙に載せたい

 通話を切って、夕暮さんに先を促す。


「とりあえず、これを食べ終わるまで、なるべくオレからは話を切らないようにします」


 熱い鉄板の上で脂を跳ねさせているハンバーグをつつく。


「ありがとうございます!」

「あと今は七星と呼んでください」

「承知しました」


 学生御用達のファミレスでお値段以上の味覚を楽しみつつ、オファーの話を伺う。


「さて、今回は夏に向けて需要の高まる浴衣を含む形で特集を組みたいと考えています」

「それはマネージャーからも伺いました。個人的には興味のある分野です」

「……七星さんには表紙を含め、和服特集のメインをご担当いただきたい。『TRIBAL』にも打診をするつもりですが、七星さんの了承が得られれば、二誌合同企画として女性向けを『stay teen』で、男性向けを『TRIBAL』で紹介していきたく」


 オレは話を聞きながら付け合わせのにんじんを食べた。もうしわけ程度のグラッセ感。

 企画には興味があるが、夕暮さんの話にはすでに興味を失いつつある。


「あの、何でオレなんですか。オレである必要はないですよね?」


 早速前言をひっくり返して質問など飛ばしてみる。

 和服の特集がしたいだけなら、よほど似合いの人がいるだろうし、オレでなくてはならない理由が見つからない。


 やる気の無さを隠そうともしないオレに、夕暮さんは慌てず騒がず自身のスマホをいじりテーブルの上に滑らせた。


「私が七星さんのファンである――というのはさておき、こちらの写真を拝見した時に閃きが奔りまして」


 表示されていたのはオレの――熾光のポートレイト。

 先日、アップしたばかりの、対比を意識した写真であった。


「全く同じ服で、男性誌と女性誌の表紙を同時に飾ったら、面白いと思いませんか?」


 それは――、


「――面白い、ですね……」

「七星さんを『TRIBAL』では男性として、『stay teen』では女性として。はっきりと分かる形で掲載させていただきたいんです」


 本来的にターゲットが違えば、提示する商品が重なることは無い。性別が違えばなおさらだ。

 同じ服を男女兼用ユニセックスではなく、それぞれ男性用・女性用と明確に分別して紹介してしまうというひねくれかたが面白い。


「面白い……ただ、難しい話ですね」


 当然の話ではある。

 それぞれ明確に男性と女性、ターゲットが違うのだから。


 『TRIBAL』では男性が着ていなければならないし、『stay teen』では女性が登場すべきだ。自己投影の対象として、あるいはシンボルとして共通項が無ければならない。


 夕暮さんは小さく頷き、身を乗り出しかねない勢いで言う。


「私は幸いにも、性別の垣根を頻繁に乗り越えてみせる方を知っていて、その方にしかこの仕事はこなせないと考えております」

「…………。そこまで評価いただけるのはありがたいです。しかし、オレだけなんてのは言い過ぎでは?」


 両性を感じさせる女性や男性は少なかれど存在する。モデルのように美を基調とした世界ではなおさらだ。


 大多数の人間が美しさを感じる要素、それは調和にある。対称性、バランスの良さ、あるいは黄金比……。


 性別を超えた美しさは調和の先に存在し、奇跡的なバランスを整えた人はこの世代にもいる。オレとは比較にならない有名人だ。


「そちらで何度も表紙を飾っている、飾利透花かざり とうかさん、とか」


 同年代ながらも大活躍中の彼女を知らない人は、この日本では少数派に入る。


 その名の通りに透明感のある花のような女性で、その場にいるだけで場が華やかになったような気がする、楚々とした美しさがある。

 女優業も努める彼女はボーイッシュな少女の役柄もこなしていた記憶がある。やろうと思えば少年の役割もこなせるだろう。


「いえ、彼女では力不足です。今回については」


 しかし夕暮さんはそう飾利透花の配役を否定した。


「飾利さんには女性であることの強いイメージがすでにあります。男性の振りは出来るでしょうが、そこにはどうしても男性の服を着た女性である、そういう認識を切ることが付いてまわる」

「それではダメだと」

「ええ。どちらにでも転んでしまいそうな不確かな対称性――それは今の七星さんにしか持ち得ない、そう認識しています」


 ここまで言われるとは思ってもおらず、なんだか座りが悪い。骨盤がそわそわしてしまう。


「私は七星さんを表紙にした『stay teen』と『TRIBAL』を本屋に並べて置いてみたい。わくわくしてきませんか?」


 正直、する。


 雑誌の表紙を飾るのはすごく光栄な話だし、その企画自体も楽しそう。

 表紙を見た人の脳をバグらせる試みなんて、仕掛ける側は面白いに決まっている。


「七星さん、いかがでしょう。受けてはいただけませんか?」

「…………あくまでも女装は、趣味なので」


 面白いとは思うのだが――


「オレは趣味で楽しむ程度でしかなくて……」


「――じゃあさ、どっから趣味の範囲を超えるの?」


 オレの言葉を遮ったのは、隣のテーブルでパフェを啄んでいた奏だった。


「奏ちゃん、お仕事の話に口を挟むのはよくないよ」

「えー? でもさ、なぎさも観たいでしょ。――趣味を超えたはるかをさ」

「それは……」


 問われた凪沙はティラミスをぱくりと食べて回答を濁した。


 凪沙を沈黙させたところで奏は再び質問をオレに投げた。


「あたしみたいな素人が言うことじゃないかもしれないけどさ、はるかの写真は良いと思うよ。写真集を出してくれたら買うもん」

「それは何度も打診しているのですが断られています」

「プロの人もこう言ってる出来なのに、はるかとしてはどのへんが趣味レベルだって言うのさ?」

「出来の話じゃない」


 そんなことは俎上にも乗らない要素だ。


「単純な話で、仕事にしたくないだけだ。趣味だから好き勝手にやれる。趣味じゃなきゃ妥協も出来ないだろ」

「仕事にしたら妥協出来なくなるからやらないの?」

「ある程度は妥協しないと、どんな好きなことも嫌いになる」


 現実を受け入れること、短い生涯で得た教訓の一つだ。


 人生は妥協の連続である。

 オレはその現実を受け入れたのだ。


 悟りを得たオレに、話を聞いていた凪沙は首を傾げた。


「妥協したことないけど、私は料理好きなままだよ?」

「それは……人に依るだろ」

「遙くんは嫌いになりそうなほど、突き詰めたことがあるんだ……それは見たかったな」


 凪沙の呟きにオレは返事をしなかった。


 そこまで根を詰めたことはなかったからだ。突き詰める前に「こんなもんだろ」と妥協してしまっている。

 でも趣味なんて、手の届く狭い範囲でやるものだから。


 本気を出したところで……、やれるところまでやって、また否定されたらオレは立ち直れない……。

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