第33話 たった一つのできること
年頃の女子二人を抱えて、嬉しいよりも疑問の方が先に立つ。
そして疑問の答えは未だに導き出せない。オレは頭が良くないんだ……数学の副教材は別紙の解答を見てしまうタイプ。
オレに採れる手段はもはや一つ。
「なんでオレなんかにこんなことするわけ?」
問いかけること、それしか頭に浮かばなかった。
「オレたち、会ってから一ヶ月も経ってないし、こんな仲になるような出来事もなかったと思ってて……オレはすごく困惑しています」
正直にオレは自分の所感を述べた。
今まで出逢ってきた女性はみんなオレのモデルという肩書きであったり、オレが『メタモルフォーゼ』で作り上げたこの顔であったり……表向きの部分に釣られた人がほとんどであった。
七海さんと比良さんは、七星遙として出逢い、モデルの『熾光』であることを知っても態度の変わらない貴重な相手だと認識していたのだ。
だから今は少し残ね――
「時間なんて関係ないよ。あたしは一目惚れだったから」
――んずわっべっちゃら、?!。!?
比良さんの告白にオレの脳みそが一瞬バグった。
彼女の発した言葉を機械的に戻す。
「ひ、ひとめぼれ……? どこに……?」
「一目、とはちょっと違うかもしれないけど。入学式ではるかとすれ違った時に気付いたの。はるかの匂いが好き。一生くんくんしたい」
そう言う比良さんはオレの首元に鼻を押し付けて、すぅっ、と深く息を吸った。背中にぞくぞくと冷たいものが走る。
「私は奏ちゃんほど振り切れてはいないけど」
七海さんは言いながら伸ばした指先で、オレの背骨をつつつ……となぞった。
「パパを説得してくれたこと。私の悩みに明確な助言をくれたこと。あとは……そうね、遙くんの後姿がとても美しく見えたこと」
そして再び彼女は上目遣いで微笑んだ。
「奏ちゃんに譲れるほどではない、という程度にはきみのことが好きだと思う。だから、こんなことをしてる」
「そうだよ! なんならあたしは入学式で挨拶した時からしたかったからね。はるかの匂い、芳しすぎることを自覚して?」
う、うろたえるなオレ。うろたえるんじゃあない!
「い、いやでも昨日までは全然……!」
「遙くんが言ったんだよ。やれることは全部やれ、ってさ」
「んぐぅ……!」
思わずぐぅの音を出してしまった。確かに言ったけど、こういう方向性の話だったのアレ!?
……えっ? これ、何をどうしたら事態は解消に進むの?
問いを発しても何の進展も……。
混乱に頭が爆発しかける直前。
比良さんがキツく抱き締めている腕を解いた。先程までの言葉に反する行為に、視線が向く。
「って、女の子用の武器を使って迫ってるけどさ。はるかがあたしを……きら、き……嫌いだって、言うなら。受け入れられない、って言うならさ……すぐに消えるから。言ってよ」
言いにくい言葉を口にして、比良さんの眦にじわりと浮かぶ雫が動揺を誘う。
反対側の七海さんもまた、そっと離れた。
「私も遙くんの嫌がることをしたいわけじゃないから」
そう言う彼女の声は寂しさに錆びれている。
途端に、オレは窮地に立たされた。
第一声で全てが決まってしまいそうな雰囲気。いや、事実、彼女たちとの関係はここで決定的になるのだろう。
心がキュウと締め付けられる。
オレの――七星遙のメンタルはあんまり強くない。
頭がアガってしまって吐きそうだ。
目眩がする。なぜオレはこんな思いをしているんだ。
このぐらぐらと地面が揺れるような感覚は、二人との関係を断てば無くなるはず。
ここから逃れられるその選択は魅力的で――
「……イヤ、じゃあ……ない」
しかし、限界を迎えつつあるオレの頭が弾き出した答えは、そちらであった。
嫌じゃない。
嫌なはずがあるか。
まんべんなく装飾を輝かせた『熾光』ではなく、本質に近い七星遙を好いてくれるという女の子が二人も現れて、嫌なはずがなかった。
二人に振り回されるのを楽しんでいる部分があったのは、どうあっても否定できない。
嫌ではないのに、なぜ素直に彼女たちの好意を受け止められないのか――。
「けど、ダメだ」
――ダメなのはオレ自身だ。
ついのついまで考えて、ついに気付いてしまった。
上っ面だけを整えて『メタモルフォーゼ』に頼りきってきたオレが、二人には相応しくない。産みの親さえ裏切っているオレには釣り合わない。
いや、言い訳はやめよう。
相手にも非があるかのような言い方はやめよう。
何もかも本当のことだが、今、オレがどうして二人をまともに見られないのかは根本的な別の要因がある。
その理由。
あまりにも簡単なことだった。
オレが自分に自信を持てない、ただそれだけ。
ヘタレだってことだ。
「二人に好かれる自信がない」
なんて面倒くさい人間なんだと自分でも思う。
上っ面に惹かれる相手はお断りだと言いながら、本質が好きだと告白されてみればビビってしまう。
こんなヘタレを好きになってくれる相手なんてオレはいないと思う。だって、オレが好きになれないんだから。
あまりにも恥ずかしすぎて、尻の穴から怖気が喉の奥まで登ってくる。
布団でも被りたいところだったが、満足に隠れる場所もない。
羞恥に震える身体を丸め――
「分からないな。どうしてそんなに自己評価が低いの? それに……自信も何も、すでに私はきみを好きだって言ってるじゃない」
――逃げようとしたオレを七海さんが捉えた。
肩に手を付き、顔を覗き込んでくる彼女の姿に、喉の全周がカラカラに干上がる。ひりついて痛い。
逃げる理由を考える内に、もう一つ、気付いてしまった。
七海さんは、『メタモルフォーゼ』のことを知らない。比良さんは、オレが何もかもを嘘で固めてきたことを知らない。
それを知られたくないのだ。
嘘で固めてきた良い顔の裏に、そうではないモノがあることを知られたくない。
自ら嘘を塗りたくり隠した本質を見つけられることを求めておきながら、いざ嘘を暴かれる可能性を目の当たりにしてみれば見たくないとは、なんて浅ましい人間なのか。
「私の言ってること、信じられない?」
「オレが……。オレが信じられないのは、……オレ自身だ。本当のオレを知ったら、二人はどう思うか」
なんだかもう、口から言葉に出来るのは意味の繋がらない単語ばかりだ。
頭の中で文章を考えても、違う単語ばかりが出てしまう。
「それじゃー、さ」
精一杯逃れるべく俯いていたオレの顎に比良さんが指を添え、抗えない優しさでそっと持ち上げる。
「いいよ、別に。はるかがはるかを信じられないのはさ、それはしょーがないよ。あたしたちには干渉できないところだからさ」
頭上から目を合わせてきた彼女は、花がほころぶような微笑みを浮かべた。
「――でも、あたしにも出来ること。一つあるんだ」
「えっ、……っ」
瞬く間に降りてきた比良さんの唇がオレの言葉を塞いだ。
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