第13話 比良さんは習得したい

「いやあ、今日は恥ずかしいところを見せてしまった」

「ほんとだよ」


 店がディナーで忙しくなる前に、オレと比良さんはお暇することにした。

 お見送りに出てきてくれた七海さんと七海父さんがはっはっはと笑いながら言う。


「七星くんの忠告には従って病院に行くようにするよ。きみには写真の件とで借りっぱなしだな」

「今日ごちそうになった分をお返ししただけなので。それに余計なことを言って、すみません」

「取り返しがつかなくなる前に教えてくれてありがたいよ。僕も変に意固地になって、バレるまでは頑張ろうなんて思ってたから」


 デキた人だなあと思う。

 自分の半分も生きていないような若造の、あんな乱暴な言葉を受け入れようとしてくれる。

 付き合いのある大人の中でもトップクラスに良い人だ。


「何を言ってるんだか……バレてたのに認めなかっただけじゃない!」

「結局は僕の言い分を凪沙たちは信じてたじゃないか。バレてないよ」


 ちょっと子供っぽいところもあるのかもしれない。

 涼しい顔をしてこういうことを嘯くあたりは、確かに七海さんのお父さんなのかと思った。


「七星くんも、比良さんも凪沙をよろしく頼むよ。この子は僕に似て不器用なところがあるからさ」

「きゃっ、パパ、もう何するの!」


 ぐしゃぐしゃと七海さんの頭を雑に撫でる七海父さん。

 言葉では嫌がっていてもその手を払わないのだから内心は分からない。


「もう……それじゃあ二人とも、また明日」

「うん、またね」

「今日はごちそうさまでした。また来ます」


 大きく右手を振る七海父さんと小さく手を振る七海さんに別れを告げて、オレと比良さんは店を後にした。


 ナポリタンを二皿に加え、デザートのティラミスに食後のコーヒーまで出てきて、ちょっとサービスされすぎ感がある。今度はちゃんと財布役の人を連れてくることにしよう。


 それにしても美味かった。

 色々な人に教えたいような、他の人には秘密にしておきたいような。ウズウズする良い店だった。


 幸せな味を思い返している途中で、そういえば比良さんが静かだなと気付く。

 比良さんは横を歩きながら、オレを見上げていた。


「どっかトマトソースでも付いてる?」

「……んーん」


 首を振って、比良さんは一歩前に出る。


「同じ高校生なのに、あたしと違ってはるかはすごいなあ、って」

「単なる環境の違いじゃない?」


 オレが表向きすごい部分については否定しない。

 すごくなければオレの仕事は成り立たないし、関係者にも失礼だ。

 ただオレがすごく見えるようになれたのは、育てられた環境のおかげでもある。


「早熟であっても良し悪しだよ。伸び代はもうないかもしれないし、大器晩成な人の方が能力は高いかも」

「そういうコトじゃなくて!」


 比良さんは振り返って、オレの手を取った。風邪かと勘違いするほど、熱い。


「正直、さっきまではモデルさんなのは分かってたけど、本人を前にしてもあんまり実感がないっていうか……。写真は良かったけど、はるかがそうだっていう本物感? が分かんなかったっていうか」

「一応隠してるつもりだし、学校で本物感出しちゃマズいでしょうが」

「でもさっきのはるかはね、すごかったの! 存在感? なんだか目が離せなくなって、息が詰まりそうになっちゃった。すごいコトを体験しちゃった、って! あんなに空気がぎゅ〜ってなるの、初めて!」


 何十分も前のことを、今見てきたみたいに興奮している。口数が少なかったのは、それを考えていたせい?

 ビー玉みたいな瞳を輝かせて、比良さんが訊く。


「アレがはるかが言ってた想像の、イメージの力なの?」

「その側面もあるかな」


 オレの【強さ】はまだ集中力を要する上に、持続時間が短い。あくまで写真撮影の一瞬に使用する目的であるし。

 ただしレンズの向こう側まで届けなくてはならないため、強度だけはある。

 威圧のような効果が出るのは副次的なものだった。

 比良さんは興奮のままに尋ねた。


「世界観が変わっちゃった……。本当にアレがあたしにもできるようになる?」

「なる、かもしれない。七海さんのお父さんも言ってたけど、どれだけ強いイメージを持てて、それを自分に降ろせるかって経験と感性が大事だから」


 しかし、一般人がそこまで高める必要はない。

 メディアを挟むオレたちと違って、一般の方々は概ね相手がすぐそこにいるのだから。

 テレビ通話とか写真撮影のように機械を通すなら、やはりある程度の強度は必要になってしまうが。


「自意識を制御するぐらいなら、練習すれば出来る人は多いよ。バイトとか面接みたいな時に役立つと思うから、練習して損はないかな?」


 緊張しがちな人には是非とも修めていただきたい技術だ。

 そう言うと、比良さんは腕を組んで「うーん……」と何かを悩み始めた。胸の下で腕を組むのはやめたまえ、あんまり見せびらかすとオレが鼻から出血するぞ。


 たっぷり五分も足を止めて考えこんでいた比良さんが、おもむろに顔を上げる。


「決めた!」

「何をさ」

「あたし、はるかに弟子入りする!」

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