第31話 【比良奏のターン】2nd-2
話の流れを無視するような、その申し出は寝耳に水と言ってもよかった。
力を合わせる……?
仲良くなる?
あたしは七海凪沙の言葉の意味を邪推する。
確かにあたしは七海凪沙とのやり取りをフックにして、はるかに認知してもらった。それはすでに確定した過去だ。
ゆえに正直なところを言えば、もはやこれ以上に仲を深める必要はない。
むしろ、七海凪沙には早急に席替えかクラス替えか学校替えで離れていただきたいと思っている。
親交を深めることは相手の情報を得ることであり、そしてまた自身のことを詳らかにするチャンスを与える。
頭が良いとは形容できないあたしにとって、百害あって一理なし。
ここまで考えて、問題はそこではないことにも気付いた。
七海凪沙はあたしの表面積だけ広げたやり取りを察しており、それを是として受け入れていた。
であれば、あたしの目的が最初からはるかにあることも気付いているはず。それにも関わらずあたしを受け入れたのはなぜ?
七海凪沙の目的が最初からはるかにあるのなら、あたしの介入を良しとはしなかっただろう。現に今は強い反発を顕わにしている。
このわずかな期間で心変わりしたということ?
ダメだ、分からない。
あたしが七海凪沙を知るよりも、七海凪沙があたしを知っている量の方が多い。そんな気がする。
「……もちろん、条件とか期限があるんでしょ?」
短いながらも煙が出そうなほど頭脳を酷使してあたしの出した結論は――七海凪沙の提案を一時的にでも受け入れる。
敵に回ると分かった以上、思考回路だけでも知っておくべきだ。今はまだ本格的に敵対すべきではない。
七海凪沙はしっとりと頷いた。
「今、私には目標があって、それを達成するまでで構わないよ。もちろんそのまま続けてくれてもいいし」
友達百人作るのも目標の一つだから、などと嘯いてみせる。
「その達成すべき目標って? なぎさのお手伝いをしろってだけならあたしは頷けないよ」
「ううん。奏ちゃんにもメリットはあるはず」
それは一体何なのだ。
さんざん焦らしてから、七海凪沙はぼそりと言った。
「奏ちゃんも、遙くんに名前で呼ばれたいとは思わない?」
思う。
先日、電話口で呼ばれた時はあまりの衝撃に心臓が止まりかけた。
スマホを落として通話を切ってしまったのは痛恨であった。なぜ録音しておかなかったのか。
あれから結局、比良さん呼びに戻ってしまって残念でならない。
しかし、
「それが一体どういう意味であたしと仲良くだなんて話に繋がるのさ」
「私一人で遙くんに迫っても難しそうだから。二人ならなんとかなるかもしれないでしょ?」
「そんなに難しいこと?」
名前を呼んでもらうことぐらいは……、うっ、想像しただけで動悸が……。
あたしの疑問に七海凪沙は重く頷いた。
「遙くんは私たちに興味持ってないでしょう。席が近いクラスメイトだから相手をしてくれている、そんな気がする」
「それは……」
その意見には頷けるところがあった。
はるかにはあたしから話しかけることばかりだし、プライベートのことについて何も聞かれたことがない。
ちょっとしたお洒落には気付いてくれるけど、本当にちょろっと触るだけ触っておくか、という感じから一歩踏み込んだ感想は得られない。可愛いよ、って言われるだけでも嬉しいけど、いつも同じトーンで言われていることにも気付いていた。
あたしのこと、本当にちゃんと見てくれている?
内緒にしたがっているモデルのことだって、そんなに言うほど隠しているようには見えない。ちょっとしたトラウマは抱えているみたいだが……。
「他人に入り込ませない……というよりは、最終的には離れていくように仕向けてるのかな、って。遙くんは言葉が上っ面だけだから信頼するな、なんて言ってたけど、そんな無責任なこと、私は許せないの」
――上っ面の言葉で人を救っておいて無関心なんて。
「そんな無責任なことは許せない。結果はどうあれ、ちゃんと最後まで見届けてもらわなきゃ」
――人を一人、二人、救っておいて、それで放置だなんて。
七海凪沙は冷たい美貌の奥底に、情熱で燃える蒼い炎を宿していた。
いつの間にか、あたしの知らないところで物語を進めているヒロインにはお似合いの性根。
あたしとは真反対で、心根を映す瞳は水底を煌めく光線のように綺麗だ。
事あるごとに思い知らされる。役者が違う。どうせお前は引き立て役にすぎないのだと、身の程を思い知らされる。
だけど――
「それはあたしだって許せない。運命を感じているのがあたしだけだなんて、そんなことは許せない」
はっきりさせておく。
あたしは身の程知らずだ。頭も悪い。勝ち目がなくても、アンサーが存在しないのだとしても、あたしに出来るのは全力で求めることだけだ。
七海凪沙は情熱で輝く。
あたしは……、比良奏は違う。
情欲でしか燃えない濁った何かで満たされている。あたしにも理解できない不解の何か。
おどろおどろしい何かは、かつてちょろりと火花が散っただけで大火を招いた。触れてはならぬ、見てはならぬと封印したはずのそれは、気付けば再びあたしの肚の底から滾々と湧き出している。
昏く淀み、粘つき剥がれぬ、おそらくは悪しき何か。
それが七星遙を求めて止まない。
敵の有無も、興味の有無も関係がない。
だって、あたしがほしいと思ったのだ。ならば、どんな手段を使っても手に入れる。
「なるほど……責任ね」
ああ、取ってもらおう。
あたしを狂わせた責任を。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます