第19話 清楚とは穢れなきえっちな形容詞
オレがよく使うスタジオは人気の少ない街角にあった。
支払いは事前に済ませているが、毎回の恒例としてスタジオの前で待っているスタッフとの打ち合わせがある。
打ち合わせというより事前説明か。
もはやスタッフとも顔馴染みなのだが、あちらも仕事なので「あーはいはい、いつもありがとうございます、分かってるとは思いますが」って感じになっている。
本来なら複数人でシェアして借りるような場所だと思うが、オレの場合は一人か二人で来ることしかないから特に覚えられている気がする。
シェア出来ないんだからしょうがない。その分高価く付くけど、自由に使えるからな。
今日は昼の一時から六時間ほど借りている。一人で二人分の撮影をしようとすると、どうしても時間がかかってしまう。メイクとかもあるし。
それとオレは基本的にはあんまりストロボを使わない。というか使えない。
家にはあるが、どーにも上手いこと光が扱えなくて、最終的には顔が暗くなってももういいや、って放り投げてしまった。
全て後の加工修正で何とかしている。
一応毎回持ってきて練習してはいるのだが、なかなか上手い写真にならない。難しいものだ。ここのスタジオはちょっとした機材も貸してくれるので、荷物が嵩張らない分チャレンジする余裕がある。
悩みはしたが、今日もストロボ用の機材をレンタルする。
スタッフと別れて、ようやく今日の撮影開始だ。
スタジオは一般家庭の家を模していて、生活も可能なセットが入っている。ソファとかレザーでお高そうだ。
荷物を端に置いて、本日の撮影予定を考える。
まずは清楚大学生を昼の内に撮る。今着ているし。清楚は明るい方がいいだろう。ついでに気力のある内にストロボの練習もする。
それから昼から夕方にかけて『リンテンシア』のコスをする。時間の変わり目が銀髪によく映えるはず。
そして日が落ちたら奔放高校生をやろう。
よしオッケー。一人だしスケジュールは大体でいい。
本格的に撮影を始める前に、部屋の入口に立って自撮りをパシャリ。
部屋の内部が分かるような形で撮ったそれを『燠光』アカウントで投稿する。
【これからいつものとこで自撮りします。<アップになった顔と背景に立派なリビングダイニングの写真>】
→【有難き幸せ】
→【光を浴びて病気が治りました】
→【親の顔より見た顔】
ありがたいことに、投稿から間もなくいくつかのリアクションがあった。良かったかもしれない時に押す『いいかも』と投稿を別の人が広めてくれる『アド』の数がみるみる増えていく。
……というか真っ先に反応をくれたこの人、比良さんじゃん。あれからずっとスマホに張り付いてるのかな。
いつもモデルの知人からは「燠くんのコメント欄って面白いよね」って言われるけど、良い人ばかりだと思う。
確かになんかウィットが効いているというか、自覚しているからぶっちゃけてしまうとネットミームに汚染されたコメントが多いけど。他のモデルの人とコメントを見比べると毛色が違うんだよ。
さーて、自己顕示欲も満たされたところで、早速メイクでもしますかね。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
清楚大学生とは何か。
穢れなきえっちなお姉さんである。
一見えっちさを感じさせない楚々とした動作の中からのみ摂取可能なえっちさがある。オレは肉体には詳しくてよく知ってるんだ。
服のスタイルはシンプルで影の少ない、白色矮星の如き白さが大事だ。
移動中はカーディガンを羽織っていたが、撮影には白いブラウスで臨む。身体の線にぴったりと合っていて、ボタンの合わせ目を申し訳程度のレースが隠している。
首元、長袖のボタンもきっちり留めて、服装からは一部の隙も認められない。
下はタイトなスカートにしようかと思ったが、そうすると大学生というよりは教師感が出てしまう。
そこで今回は足首まであるベージュのフレアスカートを採用した。
スーツケースからメイクボックスを取り出して、首から上の加工を行う。
髪の毛は後ろを編み込んでアップにする。前は簡単に真ん中で分けてサイドに流す。スプレーで固定してやればオーケー。
メイクはしているかしていないか分からないぐらいのもの。
想像上の清楚な大学生はメイクしないから。でもオレは印象変えたいから、陰影だけはっきりつけて「ワタシベンキョウスコシデキル」感を出した。
荷物で壊れないようにショルダーバッグで持ってきていたカメラのセット一式も準備する。
改めて考えると、スーツケースにガーメントにショルダーと夜逃げするみたいな格好だ。仕方ないんだけど。リュックじゃなくてよかった。
カメラは最近お母さんがハマっているお下がりのミラーレス一眼。レンズはタダでついてきた汎用のズームレンズ。他のレンズは使い切れないので、素直に人に頼む。
アンブレラと呼ばれるストロボ用の機材も設置。見たまんま傘なんだけど、この内側が反射するようになっていて、ストロボの光を当てると広い範囲を柔らかく照らしてくれる。
初心者向けだが、光源という題材自体の奥が深くて難しい。
この設置したストロボの位置を窓際にしたり、廊下の方に置いたり、あえて使わなかったり、色々な構図とシチュエーションで撮ってみる。
基本はセルフタイマーをセットして、カウントゼロと同時に連射する設定にしている。なるべく瞬きとかしないようにしているが、人間にはしてしまう時もある。連射で一連の場面を補うのが丸い。
シャッタースピード等のカメラ設定は多少教えてもらった程度では使いきれず、カメラに備わっているポートレイトモードを利用している。マニュアル操作もいずれ覚えたい。
全身を写さず、バストアップや表情を詳細に撮りたい時は、セルフタイマーではなくてレリーズ……シャッターを遠隔操作できる装置を使う。
オレが持ってるやつは手に保持していると外から見えてしまうから、全身撮影の時は使わないようにしている。
一通りの角度や距離で撮影し、次の衣装に移るか……とその前に。ふと思いついた構図を脳裏に浮かべながら、部屋の中央にカメラをセットして一枚撮った。
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