第36話 調子の良い熾光は女泣かせ?

「……劇場? それってどういう……」

「あぁー、それ、分かりますわぁ。たーしかに光くんはそーいうトコあるなァ」


 烏丸さんもウンウンと頷いている。

 どうやらオレだけが理解していないようだ。


「要は、やな。キミの場合は“舞台”が必要なんや。日頃はそーでもないけど、条件が整うと本性を発揮しちゃうタイプよ」

「舞台って言われても、オレはさっきそこでミスを連発してたんですが?」


 オレたちモデルが一番目立つのはカメラの前だ。

 そこが舞台だと思えないのであれば向いていない。ショーモデルとかはまた違うのだろうが……。


「物理的な話じゃあらへんよ、精神的なモンじゃなきゃ大変すぎるやろ」

「イメージ……だろうね。熾くんには自分の規則で創られた世界があって、その世界観で役割に没頭する自分が好きなタイプじゃないかな。自分が好きだって自覚もないかもしれないけど。熾くんの撮影は、いつも一人だけ違うルールで現実に描写されているように感じるからね」

「そう、なんでしょうか……。全然自覚が無いんですけど、今のオレは感覚で“舞台”から降りている状態なんですか?」


 覚えたばかりの言葉を使って尋ねると、二人は揃って頷いた。


「そうですね。荻野目さんも及第は出すでしょうが、いつもの熾光を知っているとイマイチ」

「俺たちにこんなこと訊いとる時点で調子悪いモンな。調子の良い熾光は、調子に乗って景気の良い台詞をバラ撒いとるで」

「えぇ……オレってそんな風に観えてるんですか……」

「女の子に気ィ持たすようなコト言って袖にする酷いヤツやで。ま、俺が色々と慰めてやっとるから気にせんでええよ」


 オレはここ最近抱える回数の増えた頭を再び抱えた。


 そんな気はなかったが、烏丸さんの言う事になんとなく心当たりがあった。

 もしかしなくても景気の良い台詞とやらのせいで、オレは自らにトラブルを招いているのではないか?


「……ははーん、さてはついに痛い目に遭うたか?」


 少し嬉しそうに言う烏丸さんに、オレは苦しげに頷いた。


「悩みの根源であることは間違いないですね……」

「人に痛みをバラ撒いてきたんやから、たまには痛い目を見るべきやな。甘んじて受け入れたまえ、レイメン」


 絶対にお昼は冷麺を食べたいだけのくせに十字を切る烏丸さんを睨みつけると、彼は「おー、こわっ」と缶コーヒーを啜った。


 「烏丸くん」と再度諌めてくれた瑞江さんは、しかし中立の立場を取られてしまった。


「そういう人間関係についてはね、なるべく熾くん自身で答えを出すべきだ。他人の決定に乗ると、絶対に後悔する時が来ます。もちろん決断するにあたっての意見を出すくらいならお手伝い出来るけどね」

「……じゃあ、一つ……。デートのやり方について教えてもらえませんか」

「やり方も何も、光くん、いっつもスタッフの女の子とお茶しとるやん」


 混迷極まるオレの質問に、烏丸さんが呆れ返った様子で口を挟む。


 そうは言うが、オレの認識ではあれはデートではない。喫茶店で休憩をしているだけだ。

 だが、あれと同じでいいのならなんとかなる。


「しっかし、光くんからそういう話題が出んのは珍しいなぁ。なんや、冗談のつもりやったけど、ガチで捕まったんか?」

「捕まった……。そうですね……、捕まってしまった、が正しい表現なのかな……」

「ヒューゥ、涙を流す娘が大勢出るで。どんな娘なん?」


 そんな大層なことでもないだろうに。

 ともかく、烏丸さんの質問に答えることは容易い。

 百聞は一見にしかず、という回答を返すことが可能だからだ。


「撮影が終わったら駅で待ち合わせ、って話になってるんです。会っていきます?」

「難攻不落の熾光を落とした娘か……ちょいと見てみたいな。賢治さんも気になりません?」

「気にはなるけれど……、その彼女に悪いんじゃないかな」


 大人らしい配慮を見せる瑞江さんだが、そんな配慮は不要だ。


「はは……、デートらしいんで、気が重くて。オレを助けると思って、二人に挨拶でもしてもらえれば」

「待ちぃや」


 ビシッ、と腕を伸ばした烏丸さんが恐ろしいことを聞いたかのように尋ねた。


「二人って、誰や?」

「オレのデートの相手ですけど」

「二人同時に?」


 瑞江さんも入ってきた問いに、やはり重々しく頷く。

 ちょっとばかり呆然として、烏丸さんが呟いた。


「光くん……やるなァ……」

「違いますよ!? オレもおかしいとは思ってるんですけど、相手がそう来るんです!」

「いやでも受け入れとるワケやろ?」

「それは……」


 そうなんだけども……。


「俄然楽しみになってきたな、三人目とかおるん?」

「おりません!」

「三人目、四人目は時間の問題だとして――」

「瑞江さん!?」


 グッ、と缶コーヒーを飲み干すと、瑞江さんは立ち上がった。


「この後に用事があるなら、さっさと撮影を終わらせなければね。熾くん、調子はどうだい?」

「調子はまあ、さっきよりは良いですね。はぁ……、いつも通りに頑張れるよう、頑張りますよ」

「グッド」


 オレと烏丸さんも一息に缶コーヒーを飲み干すと、休憩所を後にした。

 悩みの一分を吐露出来たおかげか、休憩を終えてからの撮影は順調だった。

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