第37話 遊びがちな良い人たち

 夕日が見える前に担当分の撮影を終えたオレたちは、早速待ち合わせ場所に向かった。

 事前に連絡は入れてあるので、さほど待たせることにはならないだろう。


 烏丸さんはサングラス、瑞江さんは中折れ帽と簡単にバレそうな一応の変装をしている。この人たちは実際にバレても問題ないのだろうけど。


 駅前が見えてくるとオレが気付くよりも早く烏丸さんが言った。


「あの娘ちゃうか? めっちゃ手ぇ振っとるけど」


 確かに小さな人影がこちらに向かって手を振っている。あの動きは比良さ……奏っぽさがある。

 遠目に人相がよくも判別できるものだ。


 ずっと手を振っている少女に近づくと、奏が頬を膨らませた。


「なんで振り返してくれないのさ〜!?」

「そこまで元気じゃないから……二人ともお待たせ」

「お仕事おつかれさま。そちらの方たちはお友達?」


 奏の隣で小さく手を振っていた七海さん、いや凪沙がオレの後ろに視線を走らせる。


 烏丸さんはキザに指二本を揃えて顔の横で空を切り、瑞江さんは取った帽子を胸元に寄せて挨拶とする。

 身振りだけでどのような人間か分かりそうなお手本。凪沙も瑞江さんを見てよく「お友達」だなんて言葉が捻り出せるもんだ。


「こちらの二人は仕事の先輩だよ。瑞江賢治さんと烏丸ツバサさん。ここがスタジオの最寄り駅だからさ」

「そうそ、邪魔はせえへんから安心してな。俺が烏丸ツバサ、セカンド写真集好評発売中」

「私は瑞江賢治と申します。それにしても……なるほど」


 帽子を頭に乗せた瑞江さんは、両手の人差し指と親指を上下に合わせてフレームを作ると、凪沙、奏と順番にシャッターを切った。


 突然の品定めに、奏の機嫌が一段悪くなる。


「ちょっと、やめてください。何が、なるほど、なんですか!?」

「いや、失敬。面食いな熾くんの眼鏡に適う女の子と聞いていたのでね。きみを見て納得したもので、つい言葉を零してしまった」

「瑞江さん!?」

「へ、へぇ〜……、それなら許してあげなくもないですけども……。はる……熾くんはメンクイなんですか?」

「知っての通り、彼は様々な女性からも人気だけれど、私の知る限りではデートという単語を使うのは今日が初めてだね」

「いや何を言ってるんですかちょっと!?」


 思わず二人の間に割って入ると、スススと擦り寄ってきた奏が肘でつんつんと脇腹を突いてきた。


「この人、すごーく良い人だね」

「チョロすぎない!?」


 激甘すぎる判定に慄いていると、瑞江さんが顎でクイと脇を示す。


「熾くん、あっちはいいのかい?」

「あっち?」


 振り向くと、いつの間にか距離を取った凪沙と烏丸さんが何かを話し込んでいるではないか。

 絶対に良からぬことを吹き込まれている。慌てて駆け寄った。


「えぇ……、それは本当なんですか?」

「ホンマやって。信じられんなら本人に聞いてみたらどうや」


 ほらほらほらほらほら!

 良からぬことを吹き込まれたであろう凪沙がキリッと顔を引き締めて、オレの方を向いた。


「熾くん……」

「分かった、何を吹き込まれた? 小さな声で教えてくれ」

「大丈夫。おしりの巨大なホクロがコンプレックスでも、私は気にしないよ」

「何にも大丈夫じゃない! 烏丸さん!!! あんたなんつーことを言っとるんだ!?」

「はっは、かわいらしいジョークやで」


 ジョークで人の尊厳に関わる部位を触れないでくれ!


「光くんのホクロは目元とおへその横にしかないもんな。おへその位置はセクシャルすぎて教えられへん」

「そうなんですね、良かった。ホクロの悩みは私じゃ病院を一緒に探すくらいしか出来ませんから」


 凪沙はホッとしているが、オレの心労はすでに倍ほど増している。

 気の重さこそ確かに消えたけど、疲労感が半端ない。瑞江さんと烏丸さんを連れてきたのも間違いなのでは?


 別種のダメージに肩を落としていると、そこに烏丸さんが腕を引っ掛けた。「ちょっと待っとってなー」などと女子を置いて、オレを道の反対側まで引っ張り出す。瑞江さんも追従してきた。


「……ったく、何なんですか。ほんとに……」

「まあまあ。ちょっとしたお茶目やん。そんで、どっちが本命なん?」


 ぐきり、とオレは足を挫いた。


「ぐおおおおお……っ!」

「あー、決められんから悩んどるんやっけ。そんなら俺は黒い髪の娘を推しとくで」

「私は断然、最初に手を振っていた娘かな」

「なおさらやん。賢治さんの好みは大抵ヤバい性癖持っとるでしょ」

「個性の輝く瞬間が他の人と少し違うだけだよ。それに烏丸くんも人のことは言えないだろう?」

「二人してやめてくださいよ、不安になることを言うのは! あと痛がってるオレを無視しないでもらっていいですか!?」


 直角に捻った足首を抑えるオレを、烏丸さんは鼻で笑った。


「都合の悪い時に身体を張るのは光くんの十八番やん。付き合うには今のやつ、わざとらしすぎるわ」

「ぐっ……」

「実際に折れていたりするのなら、私たちも焦りはするがね。この後にデートがある熾くんは、そんなヘマしないだろう?」

「く、ぐぅ……」


 完全に論破されたオレは、わざとズラした足首の骨を直すとまっすぐに立つ。それを見て、二人はオレの腰に添えていた手を外した。


 なんだかんだ言いつつもオレが体勢を崩した瞬間、二人して支えてくれていた。

 悪い人ではないし、むしろ良い人たちなのだが……。どうにも玩具にされている感が否めない。


「ま、ああいうオトモダチだかカノジョがおるなら、なかなかおもろそうな高校生活になりそうやないか。どこの高校やっけ? 遊びに行こかな」

「烏丸さんは絶対来ないでくださいね」

「それなら私が行こうかな。職業選択を考える授業っていうのが今はあるんだろう?」

「瑞江さんも絶対来ないでくださいね。そんな授業があってもなんとかして別の人を呼ぶようにしてもらいますから」


 二人で恐ろしいことを言い始めた。

 オレの穏やかな高校生活に危機が訪れようとして……いや、もう穏やかではないか……。


「さて、熾くんの興味深い彼女たちにも会えたし、私はそろそろ帰るよ。夜から別の現場もあるからね」

「せやなー。賢治さん、車でしょ? 途中まで乗せてもろてええですか?」


 そして烏丸さんと瑞江さんは女子二人に手を振ると、あっさり駅チカの有料駐車場に向かって去っていく。

 散々かき回してくれた後、何の後片付けもせずに帰りやがった。


 オレは疲れを大きな溜め息で吐き出すと、空元気を肺に詰め込んで二人のところに戻った。


「……それじゃ、早速だけど伊達メガネ、探しに行こうか」


 ブチまけられた玩具箱を前に、オレもまた片付けをせずに予定表を進めて、さっさと流してしまう。


 疲労を隠せずにいるオレが選んだのは全てを後にブン投げてしまうことであった。――ああ、まるで成長していない……。

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