第6話 カリスマと思っている男子高校生モデルについて

 モデル『熾光おき ひかり』の歴史はその活躍の割にまだ短いものだ。


 初出は後に専属モデルを務めることになるメンズファッション雑誌『TRIBAL』のジーンズ特集。

 『TRIBAL』は主に青年層をターゲットにした雑誌だが、そのタイトル通りに民族文化に着目した取り組みを行うことが多く、そういう意味で幅広い年齢に読まれている。服なんて何年も前の流行が繰り返し流行ることも珍しくない。ターゲット層と一回り上の世代で流行が被っていたりする。

 そういった事情から、かどうかは知らないが、『TRIBAL』のモデルも結構幅広く集められている。ロマンスグレーのおじさんから、オレより小さな子供もいるぐらいだ。オレは中高生枠の一人になる。


 オレが『TRIBAL』のモデルをすることになったのはスカウト、ではなくコネが全てだ。


 簡単に説明をすると『TRIBAL』編集部に複数いるチーフマネージャーの一人がオレのお父さんなのだ。

 どこの雑誌も似たようなものだと思うが、『TRIBAL』はいくつかのチームで協力して作り上げる体制だ。編集長の下に副編集長がいて、それから下にチーフマネージャーの統制するチームが複数ある。


 お父さんは同率三位で偉い人ということになる。

 とはいえ、お父さんがオレをねじこんだってワケでもない。


 お母さんがオレの写真を山のように撮ってるのは周知だろう。その撮った写真の行き先は家中にあるアルバムやデジタルフォトフレーム、そしてお父さんの職場のデスクである。お父さんは自分のデスクに家族の写真を飾っている。

 それを目敏くチェックしていた副編集長が使ってみたらどうだとか言い出したのがきっかけだ。

 職業カメラマンのお母さんがオレの写真を撮るなら格安で受けるとか言い始めて、なんだかオレ以外の人たちが乗り気になってしまって断りきれなかったのがモデル人生の始まり。


 やってみたら自分では買えないような服とかも触らせてもらえるし、メイクも教えてもらえたりして楽しかったので続けている。ファッションはある意味、前世から引き継いだ趣味でもあるし、性に合ったのだろう。


 幸い評判が良かったそうで、お父さんが懇意のモデル事務所に所属して専属契約する形で続いている。

 『メタモルフォーゼ』でオレの趣味に合わせているから、どこまで世間に受け入れられるか分からなかったが世間的にもオッケーな容姿になれたとそこで初めて認識した次第だ。


 ちなみにオレの元の顔も別にそんな悪くない。お父さんに似てると思う。一人で遠出する時とかは元の顔を使っている。『メタモルフォーゼ』で成長に合わせて少しずつ変えてたら、いつの間にか元の顔とは似ても似つかない顔になってしまったが、成長と共に見られてきたから普段使いには今更もう戻せない。これは失敗だった。

 まあ今の顔で過ごさなければならないことを後悔しているわけではない。オレが丹精込めて自分で作った顔なんだから愛着はある。


 どんな顔か。

 ここまで引っ張ってきたが、説明するにも順序がある。


 大事なのは“テーマ”だ。


 クオリティオブライフを高めるためには、目的とそれに沿ったテーマを設定することが必須。

 もちろん『メタモルフォーゼ』は都度都度修正をかけることが可能だから、その時々で調整をすればいい……のだがやっぱりそれは面倒なのだ。

 訓練の過程で色々な妄想の産物に変化してみたが、その場その場で変化するとどうしてもバラつきが発生する。


 『メタモルフォーゼ』の使用条件は、変化する対象を思考しながら念じること。

 つまり、オレは詳細に、明確にしっかりと対象を即興で描き切れない。記憶力とか想像力とか、空間感覚の問題だと思う。絵も下手だし。

 いちいち確認しながら修正していく他になかった。


 そうなるとハイスペックの基本形を作っておくのが一番楽だと結論づけた。

 この基本形を作るにあたって目的とテーマが必要なワケ。

 当時は『形の記憶』が原型しか出来なかったから、解除して忘れたら全部パァだし。記憶の紐付けを強化するためにも必須だった。

 幸いにも『形の記憶』は原型の他にも設定可能になったので、今は『熾光』も含め複数の気に入った形を保存している。


 『熾光』の目的は元々、オレのやりたいことをやるために作り上げた顔だ。結果的に日常生活とモデルを担うことになったが。


 そのやりたいこととは――女装である。

 いや、厳密にはウィメンズを着こなしたい、ということだ。


 前世のオレと違って『男の娘』や可愛い女の子になりたいのではない。

 間違いなく精神的性別は男だし、性的嗜好は女性に向いている。

 性癖なんかはいたってノーマルだと思っているし、前世のオレから悪い影響を受けたとは考えていない。


 ただ、一つ。


 オレの美的感覚・趣味嗜好にだけは、強い衝撃を与えていった。

 あのビデオレターを受け取ってから、アニメやマンガ・ゲームに留まらず、リアルでもウィメンズに興味を惹かれて仕方がなくなった。なんで魔法少女の服はあんなに可愛いんだろうな。

 メンズの服にも視線が行くようになったので、服への興味がとても強くなった、って認識をしている。


 前世のオレが言っていた。


『お前は、何にでもなれる。お前は世界中のあらゆる服を着こなせる可能性があるんだぜ』


 その台詞が、オレに強い影響を与えている。


 メンズもウィメンズも関係なく、色々な服を着てみたい。

 この世に存在する全ての服を着こなしてやりたい。


 オールクロース・ドレッサーになる。


 気が付いた時にはこれがオレの夢になっていた。


 となると、必然的にテーマは決まってくる。

 『ウィメンズも着こなせる男』だ。


 昨今、ユニセックスが流行っていて男女兼用の服は流通している。

 しかし、服の世界に性差は絶対に存在する。だって男も女もお互いに違うものを持ってるし、骨格とかも違うし。

 細かいことを言うとオレもそこまで詳しくないからあんまし言わないけど。


 男だけで括っても同じサイズのメンズの服を用意したところで男全員が着れはしない。だから一人ひとりに合わせるオーダーメイドが存在して、それが商売になっているんだろう。

 その原理から、普通に考えたら男のオレが着られる服はメンズの一部だけになる。


 それはあまりにももったいないではないか。

 グルメが世界の美食を制覇したいと思うように、オレも世界の服を制覇したいのだ。


 ウィメンズを着こなすのはその第一歩になる。

 オレは考えた。どうすれば一つの身体でウィメンズを上手いこと着こなせるか。


 名案は浮かばず、諦めたオレは開き直った。


「服の下はどうせ見えないんだから『メタモルフォーゼ』すりゃいいや」と。


 趣味でしかウィメンズを着ることは無いのだし、適度な運動でカバーできるバランスの良い体格を標準装備にして、ウィメンズ着る時だけ『メタモルフォーゼ』で調整することにした。

 そもそも『メタモルフォーゼ』があるからこその着こなし術なんだし、別にいいだろ。胸は詰め物をしてるとか言い訳すればいい。ちょっとぐらい盛ったところでバレへんバレへん。

 ともかく、服のバラエティを如何に網羅するかは後々のひらめきに期待する。


 その路線で行くと、表に見える部分は男らしさと女性らしさを両立する必要がある。


 身長は男性の平均値より少し低め、女性の平均値より少し高めのところに設定。

 肌はどちらかと言えば白めにするが、イエローベース? とかで明るく見えるやつ。正直分からなかったから、テレビに出てた肌の綺麗な人を何人も真似して間の子にしている。

 手や足の骨が目立つところについては女性に寄せることにした。少しだけ肉を厚くして骨を隠し、その分だけ指を長く、全体の大きさと合わせて調整。女性としては大きいが、男性としては小さめの手足になった。


 肉体の造りは色々と勉強したのだが、結局のところタイプ分類やらを基に考えてみたところで、やっぱり個人の資質によって特徴が変わってくるから個人に合った物を探そう、という結論に帰結してしまう。

 なのでウィメンズを着こなせる男『燠光』としては、主に骨格の部分を可能な限り女性に寄せることにした。

 鎖骨の角度をなだらかにしたり、肋骨の膨らみを薄くしたり、後は骨盤を浅く広く。身長と同様に、男女の中央値ぐらいはこのへんかな、というところだ。


 そして最も力を入れた顔面は調整に調整を繰り返した。


 鼻や瞳の一要素が美しいだけでは人体は完成しない。

 方向性として必要なのはやはりテーマ、そして物理的に必須の要素は“バランス”だと想定する。パーツとしてクオリティの高い物を用意して、最終的にはバランスを取ってクオリティをより高めたり逆に低くする。

 全てが完璧であるよりも、はっきりしたウィークポイントを用意することでバランスが取れる。存在が安定する。

 光には影があった方が、より明暗くっきり把握できるのだ。


 女性的要素を取り入れるのはこれまでと同様。骨格というよりは、骨がどこまで見た目から取れるか。

 顎と頬が目立ちすぎない絶妙のバランスに設定し、その上にふっくらと肉を乗せる。細身のシルエットながら、どことなく柔らかさを感じるカタチ。

 唇は小さく薄めだ。これはオレの好み。丼ものをかっこみにくいのが悩み。

 鼻も口に合わせて小さいが、高さはそこそこ確保した。伊達メガネをかけるのに鼻が低いと辛いからな。

 逆に目は切れ長で大きめだ。創作物だと目力の描写が作者の力入りがちだからな。機能的だとネットに書いてあった二重、色素薄め設定でゲットしたグレイの虹彩を合わせて、かなりパワーのある目になった。なお睫毛と眉毛はしっかり生えている。

 髪の毛もかなり魔改造をした。男性の髭の如き強靭さを持ちながら、女性の産毛のように細く柔らかく、それでいてしなやかで癖がない。少しぐらい雑に扱っても傷みにくい。色は瞳の虹彩と同じグレイを黒寄りに調整したところ、部屋で見るときちんと黒いが、太陽に当てると透けるように光る。


 これらをバランスよく配置し、顔という小型キャンバスの中でシンメトリーを表現した。それから右目の目尻の方にホクロを追加して、あえて対称性を崩す。がんばって調整したから各パーツのクオリティを落とすのが惜しくなった苦肉の策だ。バランスとは……。


 こうして完成したのが女性に間違えられることが多発するクールな男『熾光』である。


 前世のオレが理想に挙げた『男の娘』の影響を受けまくっとるやんけ! と思うかもしれないが、なんかもうこれはしょうがないのだ。

 男らしさとは詰まるところ、大きさにあるとオレは考える。


 身長や筋肉量に代表される肉体の大きさ。


 そういった部分を削ることでしか、女性への近づき方が分からなかったのだ。だってオレ男だし。

 男の肉体から男らしい部分を削ったら、そりゃ女の子に見えるよな。

 声変わり自体はしているし、所作や動作を意識することで男らしさも身に着けたから問題はない。


 ……大分、話が寄り道してしまったが、オレは人生を男として生きていることを話しておきたかった。


 あくまでウィメンズを着こなすのは趣味の範囲であり、それを仕事にしようとか、身内以外に言いふらすつもりはなかった。

 マイノリティな分野であることは認識していたし、名前も知らないような相手ならともかく知人に『メタモルフォーゼ』でごまかす部分を詮索されても嫌だし。

 両親には趣味で女装することは伝えている。女装したいのではなくて、ウィメンズを纏いたいってことをちゃんと話して理解してもらったつもりだ。そうでないと服を保管する場所に大変困る。お母さんが興奮で鼻血出しながら撮影しようとしてくるのも大変困った。


 長々とモデル『熾光』の生まれについて説明してきたが、なぜ改めてオレが自画自賛していたかと言うと、極めて深刻な問題が発生していることに気付いたからだ。


 仕事にする気はないと散々こぼしてきた女装について。


 着こなしとは第三者の視点を得て完成するものだ。

 つまり、自分で可愛い・綺麗なウィメンズを着るだけでは満足できなかった。

 絵のど下手くそなオレが苦労してデザイン画描いたりして、アニメやゲームのコスチューム再現したんだぞ。最初は着るだけで満足してたけど、服の評価も欲しくなるだろ。裁縫はスポーツほどじゃないけど、身体操作の分野だからかそこそこ上手くいって助かった。


 オレにはモデル『熾光』のアカウントがあり、お母さん以外のカメラマンにもモデル業でコネがあった。


 趣味レベルで付き合ってくれる人にお金を払って、ウィメンズを着たポートレイトを撮ってもらうようになったのだ。

 少し教えてもらって、自分でも撮るようになったしな。

 カメラならお母さんのお下がりが使えるし。


 ここまで言えば、大体察してもらえると思う。

 オレは比良さんに身バレした『熾光』アカウントに、自前でポートレイトを投稿している。

 どんな顔して比良さんに会えばいいのか、オレには全く分からなかった。

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