第7話 オールシーズンスキンヘッドマンの誕生

「ハルカー、言い忘れるとこだったけど、凪沙ちゃんと奏ちゃんの写真できたわよ」


 翌朝、登校する間際にお母さんが言った。


「ありがと。データはいつものとこ?」

「いつものストレージにフォルダ分けしてあるから。あと、はいコレ」


 茶封筒を二つ渡される。

 そこそこ分厚いのと、薄めのやつ。


「印刷もしたけど、ウチでやったからそんなに質は高くないわよ。厚い方が凪沙ちゃんのやつね」

「ウチ以上の質は業者に頼むしかないじゃん」


 一応、中身を確認する。

 校門前で撮った写真と、七海さんには入学式で退出する時の写真も。


 改めて入学式の写真を見ると、オレは完全に目を背けていたが、オレの前後にいる人たちはみんなカメラ目線だった。お母さん、目立ちすぎだろ。

 七海さんが比較的大きく写ったものを切り抜き加工してある写真もあって、これならきっと満足してくれるだろう。満足できなくてもコレ以上は無理だけど。


「大丈夫だと思う、ありがとね」

「御礼はハルカちゃんの撮影会でいいわよ」

「それはやだ。行ってきます」


 いけず〜! という鳴き声を背にオレは家を出た。

 比良さんと話をする名目は得たが、どんな顔をすればいいのかは未だに解明していない。


 どうしたものかと深い悩みに頭脳を苦しめていると、何も考えていない負荷ゼロの男、加地が鼻唄を携えてやってきた。

 金髪は消え去り、スキンヘッドになっていた。


「よー、セブン。相変わらずはえーな」

「おはよう。朝走るとその後暇だからな」


 体力作りも兼ねて早朝ランニングをしている。でも服作りとかしてない時はスキマ時間の消化が課題だ。

 家にいるとだらだらしてしまってもったいない気がするので、早めに登校することになる。やることがあるわけでもないのに。


「てか、加地も早いだろ。もう朝練あるのか?」

「体験期間は来なくていいらしいけど、行ってもいいらしいからさ」

「そうなのか。まあ、がんばってくれたまえよ」


 運動部は大変だなあ。オレにはとても朝から集団行動できない。疲れそうだ。


「今日の午後に部活紹介のオリエンテーションあるじゃん。セブンは目当てとかあんの?」

「いや……」


 そういえばそんなのあったな。

 初日からトラブルが起こってすっかり忘れていた。


「どんな部活があるのかも知らないから、とりあえず全部見てからだな。安定の帰宅部かも」

「なるほど。じゃあさ、暇だったらでいいけど体験期間の最終日にサッカー部来てくれね?」

「オレ、サッカー部には入るつもりないぞ。前も言ったけど」


 加地は「違うんよ」と手をひらひらと振った。


「最終日に体験者チームとスタメンでミニゲームやってくれるらしいんだよな。そこでアシストしてほしいワケ。ミラクルシュートで一躍注目の的ってやつよ」


 サッカーのミニゲーム。そういうこともやってくれるのか。

 加地が目立つためのアシストをしてくれ、っていうのは釈然とはしないが、たまにはボールを思いっきり蹴るのもストレス発散にいいかもしれない。


「でも突然オレが参加したら他の一年は良い顔しないんじゃないか」

「大丈夫だろ。今んとこ二チーム作るのに届かないぐらいの人数なんだわ。体験期間で増えても、今度は余りが出ちまうし。あとセンターライン希望のやつが多くて、サイドは狙い目だしな。俺とセブンで左サイドの覇者になろうぜ」

「ふーん……なら参加してもいいけど、部活には入らないからな」


 念を押しておくと、加地は笑って答えた。


「わーってるって。サッカーやろうぜ、って誘うぐらいならいいだろ?」

「まあ、たまにはな」

「よしよし。あ、ミニゲームの時間とか詳細は分かったら送るから頼むわ」

「はいよー」


 車両のどこかで、誰かがくしゃみを連続でして、ついそちらに視線を向ける。マスクをしたおじさんが、忙しなく鼻をかんでいた。

 花粉症だろうか、かわいそうに。

 オレは流行病やアレルギーとも無関係だ。かなり大変だが対策を打てるのは『メタモルフォーゼ』がヤバいってことよ。格を下げてコレなんだから、元のはどんだけヤバいんだって話だ。


 ちょうど間が空いたところで加地が話題を変える。


「そういやセブンのクラスに可愛い子いた?」

「そういう話題は困るんだよな……」


 オレの主観で答えると、後々に影響が出てくる可能性が否めない。中学時代は色々な問題があったのだ。

 それに、誰かにどうこう言えるほどクラスメイトをまだ把握していない。


「まー、オレの知る限りでは加地の好みに合いそうな人はいなかったよ」


 こいつはお姉さん系が好きだ。姉さん女房っていうのか、頼りがいのある女性。

 初恋は中学のサッカー部先輩マネージャーだったが、すでに付き合っている人がいて、告白も出来ずに卒業していくのを見送った過去がある。

 加地は夜中の三時とかに相談の電話とか掛けてくるバカヤローだったので、こいつの恋愛遍歴を望んでもいないのに知ってしまっている。


 オレのクラスには優等生タイプと小悪魔タイプがいて、他にどんなタイプがいるかは現状不明なので間違った答えではない。


「加地のクラスはどうだったんだよ」

「辛い」

「はぁ? どういうことだよ」

「ギャルと文系しかいない」


 ああ……、とオレは口を濁した。

 運動部に入っていても加地はパーリーピーポーの気持ちを理解できない。かと言って本を友とする資質もない。

 中間存在の人間としては居心地悪いかもしれない。


「可愛い子がいないわけじゃないんだろ?」

「ギャルの中心人物とかめっちゃ可愛いけど、目力が強すぎて怖いんだよな……。窓際の文学少女も可愛いけど話しかけるなオーラすごいし」

「色物が集まったクラスみたいだな」


 初日金髪、翌日ハゲもいるし。

 ウチのクラスを見習えよ。平穏そのものだぞ。


「とにかくサッカーを頑張って先輩を狙うしかないんじゃないか」

「サッカー上手けりゃモテるかな、俺も」

「金髪にしなけりゃなんとかなるだろ」

「ハゲよりは金髪の方がいいだろ?」

「お前、ハゲの方がいいよ。すげー綺麗に頭が丸いから」


 テキトーなことを言って褒めたら、加地は「そうかあ」と呟いて自分の頭を撫でていた。

 もしかしたらオールシーズンスキンヘッドマンを産んでしまったのかもしれない。

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