第42話 その原石には意志がある
「趣味レベル、ってはるかは言うけどさ、じゃあ例えばこの写真のどこが趣味のレベルだって思ってるの?」
深く落ち込みかけた思考を、奏のあっけらかんとした言葉が掬いあげる。
彼女が示した写真は、例の奏と凪沙を参考に撮ったやつだ。
どこが趣味レベルか、なんていくらでも挙げられる。
「カメラマンがいないから構図が限られてるし、写真に息吹がない」
定点撮影や自撮りにも、もちろん良いところはある。だが、オレにはやはり撮影の技術が不足している。プロが撮ったのであれば、もっと素晴らしいものになる。
「役作りが稚拙。ニクとガワに乖離がある」
これは人物とその他について。
メイクもやはり初心者に手垢がついたレベルであるし、衣装や小物の選択も、こうして見るとどこか合わない。
被写体の発する力に対して、浮いている。
結果として、想定している役になりきれていない。
「だけど一番酷いのオレだね」
「えっ?」
「全然集中出来てない。改めて見ると酷いね……ちゃんと加工しておかないと出せないや」
スケジュールや構図を考えながら撮影を進めていたせいか、輪郭がボヤッとしている。
被写体としての解像度が、悪い。
「いや、これ趣味にしても悪い気がしてきた。後で消しておこう……」
「それはダメ!」
「オレの写真なのでオレの自由です」
「消したらはるかの消しゴムに毎日一文字ずつ恨みの言葉を増やしていくから」
「地味に怖いんだが!?」
やいのやいのと言ったところで、一瞬の間隙が置かれた。
場にあった感情がフラットになる。
「ともかく――」
「……七星さん、その趣味レベルだと言われる箇所において、私はプロをご用意できます」
冷静に断ろうとするオレの言葉に、夕暮さんが割り込んだ。
「粘りますね。周りがプロでもオレは趣味ですよ?」
「であれば、なってください、プロフェッショナルに」
その言い草に息を呑んだ。
「私はすでに通用すると思いますが――七星さんが納得出来ないというのであれば、私たちは七星さんが納得するまでお手伝いすることが可能です。撮影の最中に、プロフェッショナルへと成長いただければ問題はありませんね?」
「…………もう一度訊きますけど、何でそこまでオレを?」
「スカウトやオファーというのは、そういうものです」
夕暮さんはアイスティーで口を湿らせた。
「誰もを虜にする煌めき輝く宝石も、適切なカットをして、似合いの台座を用意し、しかるべき場所に配置しなければただの石ころと変わりない。ちょっと汚れを取っただけで人を魅了する原石を見つけたのなら、どうにかして磨いてみたくなるのが、私たちの性です」
熱を帯びた瞳で見つめられ、オレはそこから視線を外すことが出来ない。
「七星さん、私にあなたを磨かせてください」
「……………………ふぅーっ」
オレはその告白に、過分な二酸化炭素を排気した。新鮮な、肉や揚げ物の匂いが染み付いた酸素を補給する。
またエネルギーをも欲してフォークを刺したが、鉄板がカツンと硬い音を残すのみ。
気が付けば皿の上はまっさらになっていた。
「……今日はこのへんで終わりにしましょう」
「あ……っ、七星さ……!」
言葉の途中で、夕暮さんが唇を噛む。
約束は、オレがハンバーグを食べ終わるまで。
こんな歳下の仕事を選ぶクソ生意気な高校生に対しても、夕暮さんは律儀に、誠実に対応しようとしている。
隣の二人を見ると、テーブルを埋め尽くしていた料理は全て消えていた。三人で席を立つ。
夕暮さんは何も言わず、座ったままだ。
唇から血が出るほどに噛み締めてまで、自身を律することが出来る彼女もまた尊敬すべき仕事人に値すると思う。
「失礼しますね」
机上の紙ナプキンを何枚か取ると、夕暮さんの薄い唇をそっと撫でるように触れ、浮いた血の玉を拭う。
「……ぁ、み、見苦しいものを……申し訳ありません」
「いえ、見苦しくなんかは」
赤く染みた側を折り込んで、ちょっと迷ってから紙ナプキンをポケットに入れる。夕暮さんの前に放り出すのも違うかなと。
オレを見上げて口をやわやわと動かし、夕暮さんは台詞を探していた。けれど、オレには今日、話すことなどない。
「……あとは事務所で話しましょう」
これ以上に話を進めるのなら、マネージャーを交える必要があるのだから。
「っ、は、はいっ! ありがとうございます!」
言葉の意味を正確に巻き取った夕暮さんは、雷を受けたかのようにピシッと起立し、頭を下げた。
恥ずかしいので、小走りに逃げる。
夕暮さんは追ってこなかった。
「結局やるんだ」
「……キミたちもプッシュしたでしょうが」
どこか不満げにぽつりと呟く奏に、オレはげっそりとして答えた。
話を進めることにしてしまったが、やっぱりちょっと気後れするのだ。
「むぅ……」
「なんなんだよ、やっぱ止めといた方がよかったか?」
「そうじゃなくてさあ……」
「遙くんって、夕暮さんみたいな大人の女性が好きなの?」
オレは足を挫いた。
「っだああああっ!」
「すごい優しく扱ってたけど」
前置き無しにブッ込まれた凪沙のジャブは威力が高い。
よろめくオレに、奏がそっと寄り添って支えてくれる。
「大丈夫? 支えるからこのままお家まで行こっか」
「いやそこまではしなくても」
「足も折れたみたいだし、お世話が必要だと思う」
「折れてない、折れてないから」
オレが慌てて足の無事をアピールすると、奏はにっこりと微笑んで引き下がった。何の微笑みなんだ……。
凪沙にもオレの言い分を話す。
「夕暮さんにはむしろ冷たく当たってただろ」
「冷たくしてる人の口を拭いたりはしないよ、普通。だから仕事がデキる綺麗なお姉さんが好みなのかな、って」
「いやいやいやそういう風には見てないって、そんなのは」
「あたしたちがいるのに……。やっぱり他の女に手を出して……」
「違うから! そういうつもりじゃないから!」
「じゃあ、どういうつもりなの!?」
奏も参戦して詰め寄られるとオレには成す術がない。
「単に……、これから一緒に仕事をする相手と悪印象のままじゃキツいだろ。軽い触れ合いだよ」
「軽い……?」
「触れ合い?」
「人間、言葉も大事だけど、体温を感じる触れ合いの方が親近感を得られるらしいから。嫌われてなければの話だけど」
「その知識はどこから拾ったの?」
「『アドセル』でタイムラインに流れてきた」
「それ、やっていいのはあたしにだけだから」
「私にもやっていいけど、初対面の女性にするようなことではないから注意した方がいいよ」
「インターネットの情報を鵜呑みにしないように」
「ええ……そこまで言われるような」
「そこまで言うコトだからね!」
二人にスゴまれて、オレはいまいち納得いかないものの渋々と頷いた。
怒っているのではないが、機嫌の悪そうな二人を見て、今後は止めておこうと思った。他の人も本当は嫌だったのだろうか。
「夕暮さんが好みじゃないなら、なんでお仕事する気になったの? 奏ちゃんが見たい、って言ったから?」
「……それは、ちょっとある」
身近な人と、そうではない人が、同時に存在を許してくれた――大きな部分はそこなのだと感じている。オレがほんの少し前向きな考えになれたのは。
「まあ、あとは夕暮さんの熱意に負けたんだよ」
わずかながら、そうなのかもしれないと思っていたが、オレはどうやら熱のある押しには弱いみたいだ。
ここまで言うのなら……。
そう絆されてしまう自分がいる。
期待してしまったのだ。
オレが何度拒否しようとも、オレを求めてくれる人がいる事実。そして、オレを未だ原石だと言い切る姿に。
「もう一度だけ……ガチでやってみようと思う。それでダメなら、二度と仕事にはしない」
オレは誰にでもなく、自身に宣言した。
仕事として受ける以上、中途半端は許さない。許せない。本気でやって、それが世界に受け入れられないのであれば、すっぱりと諦めて隠れ住むことにする。
どこかスッキリとした気持ちで、堺土マネージャーに通話をかけた。
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